アストン・マーティン ラピードS(FR/6AT)【海外試乗記】
正真正銘のスポーツカー 2013.04.16 試乗記 アストン・マーティン ラピードS(FR/6AT)アストン・マーティンの4ドア4シーターモデル「ラピード」が、次世代モデル「ラピードS」へと進化。その走りは、どう変わったのか? スペインのワインディングロードで試した。
単なる追加グレードにあらず
「新しい技術って、何だろうね。素晴らしいエンジンに、素晴らしいスタイル、素晴らしいボディーとシャシー……ほかに何が、スポーツカーに必要だっていうんだ?」
試乗前夜、自らもレーシングドライバーとしてニュルブルクリンク24時間レースなどに出場しているアストン・マーティンのボス、ウルリッヒ・ベッツ氏は、カタルーニャの郷土料理と地元自慢のワインを堪能するわれわれに、そう語りかけた。今年のジュネーブショーに登場した“馬力自慢”たちの話題になった際、無粋な誰かがドクター・ベッツに「アストン・マーティンはハイブリッドのような新技術で対抗しないのか?」と質問したからだ。
応えて彼は、こうも言った。
「1000馬力なんて、いったいどこの誰が操れるっていうんだ? スポーツカーに最も必要なのは、自分で運転して楽しいという感覚だろう? なあ、君たちもそうは思わないか!?」
「ラピードS」は、2009年のフランクフルトショーでデビューした「ラピード」の“追加グレード”ではなく、その“後継モデル”として、くだんのジュネーブショーでデビューした。4ドアのアストン・マーティンは、正式名=アストン・マーティン・ラゴンダ社にとって突然変異でも何でもなく、60年代に存在した「ラゴンダ・ラパイド」にその名の起源を求めることができる。
後継モデルとはいうものの、基本的なスタイリングは従来モデルとほぼ変わらない。フロントマスクと、トランクリッドの“つまみ上げ”が大きくなった程度である(もちろん十分なダウンフォースを得るためだ)。けれども、見ためにも「なかなか変わったぞ」と思えてしまうのは、大きな、とても大きなグリルが新たに与えられたからだろう。
ショーでは、ナンバープレートのない状態で飾られていた。だから、グリルの存在が余計に強調されてしまったきらいもある。中央のやや下方にプレートを置いてみれば、過激さも少し影を潜めるし、なにより伝統の作法にのっとった形状ゆえ、大きくても不思議と下品にはならず、嫌みにも映らない。
エンジニアの創意工夫が光る
デザイナーのマレック・ライヒマンいわく、大きなマスクはハラの長さを隠す効果も見込めるのだという。なるほど、見る者の視線はまず大きなグリルに向かうはずで、それからあらためて全体のシルエットを眺めることになるから、旧型よりグッとワイドに、低く構えているように見える、という案配だ。
実を言うと、この大きなグリルには、ひと目を引くデザイン性以外に、もうひとつ、とても重要な役割が与えられている。
それは、歩行者保護。グリルそのものはアルミニウム製で、4つのピンでボディーにとめられている。グリルに一定の衝撃が伝わると、ピンが緩んでグリルが奥に押しこまれる。つまり、この巨大なグリルは一枚の“緩衝材”としても働く、というわけなのだった。
万が一、不幸にも人をはねてしまったとしよう。まずは緩衝グリルで、最初の衝撃を吸収した。次は、ボンネットが瞬時に跳ね上がり、頭部へのダメージを抑え……というシステムで対応するのが近ごろの常とう手段だけれども、ラピードSは違う。
ラピードSには、「ヴァンキッシュ」と同様に、最新のAM11型6リッターV12気筒エンジンが積まれたが、その搭載位置を従来型ラピード比で19mmも下げることにより、アルミニウム製フードとエンジンとのあいだに、十分な隙間を設けることができた。それが規定の歩行者保護機能を果たす、というわけだ。
常に対策はシンプルに、そして、作用や機能をひとつに絞らない。新たなグリルはデザインと対人安全性に、そしてエンジンの搭載位置変更は安全性ともちろん低重心化による走行性能のアップにつながる、という具合だ。インディペンデントの少量生産メーカーが生き残るためには、エンジニアの創意工夫こそが最も大事、というわけで、モータースポーツの世界で培った哲学と鍛錬が、現代のアストン・マーティンの根底に横たわっていると言っていい。
主要なメカは新世代
さほど変わったわけではない、と言いつつ“見ため”の話が長くなってしまったが、先にも記したとおり、ラピードSには新しい12気筒エンジンが積まれている。パワートレインの進化と、ボディー&シャシーの改良、すなわちパフォーマンスの大幅な向上が、やはりラピードSのハイライトである。
そう、何はともあれ、ラピードSは、スポーツカーなのだ。
翌朝。ジローナからピレネー山脈へと向かうワインディングロードで私たちがのんびりと撮影をしていると、シルバーのラピードSが、文字通り“かっ飛んで”いった。ちらっと見えたドライバーズシートには、破顔一笑のウルリッヒ・ベッツ。
ひょっとして、この変化に富んだステージを最も喜んで走っているのはベッツ氏自身じゃないか……? いや、彼にだけいい思いをさせておくのはもったいない、私たちもそろそろ与えられたラピードSにむちをくれてやる時間じゃないかとばかり、早々に撮影を切り上げてワインディングを攻めてみることにした。
強靱(きょうじん)かつ軽量な「VHアーキテクチャー」は、アルミニウムにマグネシム合金、さらにはコンポジット素材を組み合わせた第4世代のハイブリッドボディーへと進化した。そこに、従来比81psのパワーアップとなった新V12エンジンを低く積みこみ、新たにトラックモードを加えた3段階のダンピングシステムと、最適化された「タッチトロニック2」およびスタビリティーコントロールを得て、“4ドア・アストン”のスポーツカー度は、いっそう高まったと言えそうだ。
まるで小型のスポーツカー
とにかく、リズミカルに、そして思いどおりに動かせるクルマ、である。4ドアのスポーツカーという“変わり者”であるにも関わらず、まるで小型スポーツカーを操っているかのような気分で、いきなり、細く厳しいワインディングロードを攻めることができたのだ。もちろん、ダンピングのセットは「スポーツ」、そして「トラック」である。
もっとも効いているのは、エンジン搭載位置が低くなったことだろう。ブレーキングからのフロント荷重をキープしつつ、鋭く旋回姿勢に入るや、コーナリング中には常に確かな手応えをもたらし、アクセルペダルを踏み込む勇気を与えてくれる。まるで、もう何年も乗ってきた愛車のような感覚で、初めてのワインディングロードを攻め続けることができたのだった。
サウンドも素晴らしい。できれば“ドロップヘッド”でドライブしたいと思うほどだ。そして、以前に比べてよどみなく、しかもパワフルに高回転域まで回るようになったV12エンジンの極上フィールが、狂おしいまでのサウンドとともにドライバーのカラダのなかでシンフォニーを奏で始め……「4ドアのリアル“ビューティー”スポーツは、この世にラピードSしか存在しない」と確信するにいたった。
もちろん、ダンピングを「ノーマル」モードにして走れば、まぎれもないラグジュアリーサルーンの世界に浸れる。決して、ヤワな乗り心地ではない。ビシッと筋のとおった、それはむしろ硬質な部類の乗り心地ではあったけれども、意外に気分がいい。この豪華なインテリアをゆっくりとながめつつ、ディテールのフィニッシュレベルの素晴らしさを撫(な)でるように見ながら、ゆったり走らせることの気持ちよさもまた、別種の“ドライビングファン”というものだろう。
ラピードSは、創立100年を迎えたアストン・マーティンの、新たな100年のスタートを飾るにふさわしい内容で登場した。スポーツサルーンなどではない。正真正銘のスポーツカーなのである。
(文=西川淳/写真=アストン・マーティン)

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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