マクラーレンMP4-12Cスパイダー(MR/7AT)
いつまでもいつまでも 2013.06.02 試乗記 F1マシンを手掛けるマクラーレンが送り出す、最新のロードカー「MP4-12Cスパイダー」の走りを試した。何もかもがケタ外れ
3.8リッターのV8エンジンにターボチャージャーを2丁掛けし、625psもの出力を絞り出すという“常識外れ”加減。そして、これを軽量なシャシーにミドマウントして、後輪だけを駆動して走らせるという“暴挙”! しかも、そのお値段は3000万円。テスト車はオプション装備がてんこ盛りで、総額3882万2000円。
これがTVショッピングだったら、きっともう1台付いてくるに違いない。
もはやあきれるばかりのスーパーカーを、「どうぞ」と編集担当から手渡されたとき、筆者は「この人、どこまでお人よしなのだろう?」と思った。
それほどの「マクラーレンMP4-12Cスパイダー」だ。どんな条件であれ、乗っておくに越したことはない。だが案の定、当日試乗したワインディングロードは、微妙なウエット路面。クルマを前に、はっきり言って、生きた心地がしなかった。「こんな日に乗れるわけないだろ!」と逆ギレしたくなるほどのコンディションだったのである。
しかし結果的には、その緊張感は良いほうに作用した。おかげで、必要以上に体をこわばらせることなく、神経を集中させてドライブできた。蛮勇は振るわず、いわばレーシングカーを走らせる時の、予選のような気構え。そうした姿勢でステアリングを握ればこそ、アッという間に体になじんでしまったその操縦性の高さにも、えも言われぬ感動を覚えたのだと思う。
「普通に乗れる」というすごさ
走りだした瞬間から、タイヤは“路面に吸い付いて”いた。フロントは235/35ZR19、リアに至っては305/30ZR20という、エアボリュームがほとんどないようなサイズ。F1のイメージを優先したチョイスであろう「ピレリPゼロ」は、タイヤに熱が入る前から、ステアリングホイールにしっかりとした接地感を伝えてきた。柔らかいゴムが、じんわり縮む安心感。それがタイヤの性能なのか、サスペンションセッティングによるものなのかはわからない。ひとつ確かなのは、それがまだダウンフォースが得られるほどの速度レンジではないということだ。
そこから徐々にアクセルを踏み込んでいく。筆者は相当に臆病者だから、迫り来るであろうターボの洗礼に、かなりの注意を払って身構えていた。しかしその予想は、全く裏切られることになった。
二次曲線的な唐突感がない、エンジンの回転上昇フィーリング。ターボ好きのドライバーには「ブースト掛かってんの?」なんて言われそうな出力特性だが、暴力的というよりは包容力があるという印象で、速度も相応に上がっていく。その証拠に、バックミラーには、跳ね上がるウオータースクリーンの幕が映りだす。ダウンフォースを感じるか? と問われればノーだが、グリップ感は確実に上がった。ダウンフォースとは、そういうものである。
ブレーキもいい。そのタッチはレーシングカーのような“一枚岩の感触”ではないが、タイヤと同様に、低温の状態から普通に働いてくれる。しかし、この“普通”が何より大切なのだ。
最近のスポーツカーは年々スペックを進化させる一方で、実はより狭い袋小路へと自らを追いやっている。スピードを追い求めては高出力なエンジンを搭載し、それに見合った大きなタイヤを付け、内側には大きなブレーキをしまい込む。それは一見「良さそうなこと」に思えるが、そのタイヤやブレーキが“作動温度領域”に入っていない状態で飛ばせば、危険なだけだ。スポーツカーはレーシングカーじゃない。では「MP4-12Cスパイダー」は? こんなコンディションでも安全に走れる、大したスポーツカーだった。
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F1の血筋を思わせる
ターンインでは、ミドシップらしさが垣間見えた。ブレーキをリリースしてステアリングを切り始めると、自分が思った以上にノーズが入ろうとする。その動きは素早くて、ちょっと神経質かと思えるくらい。これを安定させようとスロットルを開けてノーズを水平に保つが、どうしてもブレーキからペダルを踏み換える瞬間の「空走感」が調節しにくい。
一方で、リアタイヤの接地性は非常に高い。その特性を考えると、「左足ブレーキ」による操縦に行き着く。右足と左足を上手にリンクさせて走ると、このクルマは流れるようにコーナーを後にしていくのだ。
筆者の左足ブレーキは、操作のレベルでいえば人並みである。しかし、急激には制動力が立ち上がらないコントロール性のよいブレーキと、素晴らしいペダル配置が、上手な操作を可能にする。スポーツドライビングに関心がある方ならば、一度や二度はカートを運転したことがあるだろう。例えるなら、あのピュアな感じ。あたかも最初から左足ブレーキを要求してくるかのような自然さに、マクラーレンというF1コンストラクターの血統が見えた気がした。
懐の深いスポーツカー
節度感のあるカーボン製のパドルをカチッ、カチッと上下させる。残念ながら、ギアポジションを固定するためにはトラクションコントロールもオフにする必要があるので、今回のウエット路面では「AUTOモード」で走らざるを得なかった。ただ、MP4-12Cスパイダーの性能を全て解き放つには、ドライ路面どころかサーキットが必要になるのだから、さしたる問題ではないのかもしれない。
乾燥重量1376kgという軽さは、実感としてはさほど印象に残らなかったが、それは先に述べた、空力性能がもたらす安定性のおかげだろう。走行モードを変えられる「アクティブ・ダイナミック・パネル」にせよ、一般道を走る限りは、遊び心でダイヤルを回すのがいいところ、「Nモード」でも十分スポーティーな走りをしてくれる。
ひとつだけ注文が許されるとしたら、よりホールド性の高いシートが欲しい。何もフルバケットシートにする必要はない。顧客ひとりひとりの体形に合った、ぴたりと吸い付くような――えも言われぬコーナリングフィールと、扱いやすい625psに見合うだけのフィット感を持った、例えば低反発のウレタンシート。3000万円級のスポーツカーなら、望んでも許されるはずである。
このスポーツカーをドライブすると、「上善水如(じょうぜんみずのごとし)」という言葉が思い浮かぶ。
クセというクセがまるでないその乗り味は、逆を言えばどこまでも高い次元でスポーツドライビングに応えてくれる“懐の深さ”でもある。そこにスピードそのものの、高い低いは関係ない。
だからこのクルマは、ド派手なスーパーカーを好む向きには、それほど歓迎されないかもしれない。その性格のとおり、見た目もスーパースポーツにしては迫力満点ではない。
しかしその素朴なところが僕は好きだ。本当にスポーツドライビングを愛する者ならば、絶対にわかる良さがある。実直な純イギリス製スーパースポーツ。それがマクラーレンMP4-12Cスパイダー。
「いつまでもいつまでも、乗っていたい」。そう思えるスポーツカーだ。
(文=山田弘樹/写真=小林俊樹)
テスト車のデータ
マクラーレンMP4-12Cスパイダー
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4509×2093×1203mm
ホイールベース:2670mm
車重:1376kg(乾燥重量)
駆動方式:MR
エンジン:3.8リッターV8 DOHC 32バルブターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:625ps(459kW)/7500rpm
最大トルク:61.2kgm(600Nm)/3000-7000rpm
タイヤ:(前)235/35ZR19/(後)305/30ZR20(ピレリPゼロ)
燃費:8.5km/リッター(英国国内値)
価格:3000万円/テスト車=3882万2000円
オプション装備:エリートペイント(62万2000円)/カーボンファイバースプリッター(34万6000円)/カーボンファイバーミラーケース(34万6000円)/カーボンファイバーターニングベーン(34万6000円)/カーボンファイバーディフューザー(48万4000円)/カーボンファイバーエンジンカバー(34万6000円)/スポーツエグゾースト(65万7000円)/ステルスパック(12万5000円)/ニュースタイルライトウェイト鍛造ホイール<TPMS含む>(58万8000円)/ダイヤモンドカットフィニッシュ(27万8000円)/スペシャルカラーブレーキキャリパー(13万9000円)/セミアニリンスポーツインテリア<電動メモリーシート&ヒーター付き>(138万6000円)/コントラスト・ステッチ(4万2000円)/カーボンファイバーインテリアアップグレード(48万4000円)/カーボンファイバーシートバック(48万4000円)/カーボンファイバーシルパネル(34万6000円)/カーボンファイバーホイールアーチ(34万6000円)/パーキングセンサー<リア&フロント>(24万9000円)/車両リフトシステム(55万9000円)/専用フロアマット(4万9000円)
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:4145.6km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(0)/高速道路(8)/山岳路(2)
テスト距離:347.3km
使用燃料:74.4リッター
参考燃費:4.7km/リッター(満タン法)

山田 弘樹
ワンメイクレースやスーパー耐久に参戦経験をもつ、実践派のモータージャーナリスト。動力性能や運動性能、およびそれに関連するメカニズムの批評を得意とする。愛車は1995年式「ポルシェ911カレラ」と1986年式の「トヨタ・スプリンター トレノ」(AE86)。
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