第3回:寒いのは苦手(その1)
2012.03.13 リーフタクシーの営業日誌第3回:寒いのは苦手(その1)
エアコンをつけると
朝のNHKニュースが「JR王子駅近くで発生した火災のため京浜東北線がストップしている」と伝えていた。通勤客が列をなしてタクシーを待っているかもしれない。王子駅に行ってみようか、いや、やめておこうかと思案した挙げ句、やめた。今日は土曜日。通勤客がそんなにいるとは思えない。と、悩んでいた時間は15分くらいだったはずなのである。
出庫してすぐの時点でメーターに表示された数字は98km。この状態で「あと98km走れますよ」という意味だ。フル充電で、いつもならば少なくとも“150km”と出るはずなのに、この日は違う。とにかく寒くて、こんな冷え冷えした車内に客を乗せるわけにはいかず、エアコンのスイッチを入れてある。
コタツとかドライヤーとか熱をつくる家電製品は電気代がかかるのと同じ理屈が家電製品ではないリーフにも当てはまり、そういうわけでフル充電状態でも「98km」。けれど、この数字は、さらに「話半分」に見ておかなければいけないと体験的にわかっている。
出庫するとすぐに東武東上線の「東武練馬駅」があり、線路沿いに1kmほど走ると「上板橋駅」がある。バッテリー残量を示す目盛り(要は燃料計)が1個減ったのは上板橋駅に差しかかるずっと手前で、だった。
「もう、かよ」と、びっくりした。出庫前にスイッチオン状態で「王子駅に行くかどうか」でぐずぐずしていたのは確かだけれど、時間は15分くらいだったはず。それから1km走っただけなのに、もう目盛りが1個消えてしまった。
1個の目盛りは「2kWhと数える」とタクシー会社の上司から教わった。目盛りの数は12個あるから、フル充電状態では24kWh。そのうちの2kWhがもうなくなってしまったのだから、営業にでたばかりのタクシー運転手としては、ひとりの客も乗せないうちに「今日はあかん、な」と諦めモードにも入るわな。
電気自動車に詳しいおばあちゃん
上板橋の駅を過ぎて左折したところで最初の客を発見。見た目、70歳くらいのおばあちゃん。朝っぱらからタクシーに乗る年寄りの行き先は十中八九が病院と決まっている。
「帝京大学病院までお願いします」
やっぱり、と思うと同時に、このばあちゃん、関西の人だとイントネーションでわかった。でも、ここで「私も京都で……」とか絶対に言わへん。
「今日もさぶい。タクシーのなか、暖かくてええな」
「運転手さん、このタクシー、電気自動車て書いてあるな」
「やっぱり静かや」
運転手(=矢貫隆)の返事があろうとなかろうと、そんなこと関係あらへん。関西のおばちゃんは、少なくとも私が関わり合いをもってきた関西のおばちゃんは、お構いなしに喋(しゃべ)りたいことを喋り続ける。
「補助金がでる。78万円やったかな、運転手さん」
いや、わかりません。
「なんや、あんた、知らんのかいな。補助金が78万、あとエコカー減税もや」
恥ずかしながら、このおばあちゃんに言われるまで、リーフの購入には最大78万円の補助金がでるという事実を知らなかった。
「そやけどな、電気自動車は高い」
よくご存じなんですね。
「そらテレビのコマーシャル見とったら、年寄りかて誰でも知ってるがな」
電気自動車に対する妙な知識のあるおばあちゃんの喋りは病院の玄関前に着くまで続き、と言っても時間にすれば10分ほどで、料金は1340円。
おおきに。
「運転手さん、関西やったんか?」
問いには答えず、もういちど「おおきに」と言ってドアを閉めた。
この時点でバッテリー残量を示す目盛りはさらに減り、すでに3分の1を使ってしまっていた。次の客も乗ったのは上板橋の駅の近くで、目的地は地下鉄の王子神谷駅。料金は2510円。
バッテリー残量はちょうど半分にまで減っていた。
リーフは寒いのが大の苦手なのだ。(つづく)
(文=矢貫隆/写真=郡大二郎)
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矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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