BMW M6グランクーペ(FR/7AT)
大人にとってのベストM!? 2013.09.30 試乗記 最高出力560ps、最大トルク69.3kgmの怪物「BMW M6グランクーペ」に試乗。同じ心臓を持つ「M5」とも「M6クーペ/カブリオレ」とも異なる、このクルマならではの魅力を探る。世界で一番疲れるクルマ?
今をときめく4ドアクーペが、BMWの「6シリーズ」……というか「5シリーズ」ベースで出たときに、これは容易に想定されたモデルである。「6シリーズ グランクーペ」の「M」。その名も「M6グランクーペ」。ハードウエアの順列組み合わせでは「あって当然」の存在である。
そういえば、私が初めて乗った「M5」は3世代前。マニア言葉でいうところのE34ベースのヤツ。M5(ないしはそのクーペ版たる「M6」)としては最後の直6(当時は3.6リッター)を積んでおり、もちろん仕事にかこつけての役得試乗だった。それ以降、4リッターV8の先々代にも、5リッターV10の先代にも試乗経験があるが、私のまったく個人的かつ勝手なM5/M6の印象は、とにかく「世界で一番乗って疲れるクルマ」である。まあ、こうした借り物試乗では、フェラーリやベントレーなどの超高級車もヘトヘトに気疲れしてしまうものだが、歴代M5/M6で味わった疲労感はそれとは別物である。
歴代M5/M6のエンジンはずっと自然吸気だった。しかも、4リッター、5リッターという大排気量にして8000rpmを軽々とオーバーして、リッター100psは当たり前。こういう本物のハイチューン自然吸気ユニットのレスポンスはすさまじい。過給器付きエンジンのように地の底からわき出るパンチ力はないのだが、エンジン回転に正比例して、供出されるトルクも正確に増減する。だから、スロットルペダルに乗せた足の指を意識しただけで明確にエンジンの息吹が反応した。それは加速側だけでなく減速側でも超速レスポンス。アクビしただけでクルマが明確に加減速してオットット……というのは誇張でもなんでもなかった。乗り手のテンションが高いときにはこれほど気持ちいいクルマもないが、徹夜明けでボケーッと移動したい気分のときに、これほど疲れたクルマを私は他に知らない。
というわけで、M6グランクーペなのだが、ご承知のように現行世代のM5/M6系のエンジンはターボ過給。いかに緻密かつ本格的に仕立てられた過給エンジンといえども、それと同等のレベルで世界最高のエンジン職人が調律した自然吸気エンジンのレスポンスとは別物である。正直なところ、かつての自然吸気のような右足に食いつくようなレスポンス(特に減速方向の回転落ち)はない。
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もはや可変デバイスは必要不可欠
しかも、最新のMには、スロットルレスポンスから7段ツインクラッチ式ATの変速スピード(変速ポイントの高低ではなく、変速そのものの速さ)、パワステ操舵(そうだ)力、サスペンション……にいたるまでが、数段階にセッティング可能。これらすべてを穏やかなコンフォート系に合わせると、Mの本性は見事にオブラートに包まれる。
そのときのM6グランクーペは、とにかく快適である。歴代M5/M6が世界で最も疲れを誘うクルマだったとすれば、最新のM6グランクーペは世界でも屈指の快適で疲れにくい300km/hカーといっていい(日本仕様は250km/hリミッターの基本モデルだけだが、欧州には最高305km/hのオプションもある)。とても560psという超絶ハイパワーに、70kgm近い怒涛(どとう)のトルク、20インチというほとんど空気の入ってなさそうな極悪タイヤ(ただし非ランフラット)を履くとは思えない。例えば以前ここで紹介した「640iグランクーペ」……いや「523i」あたりと比較しても、快適性はこっちのほうが上なんでは?……と思えるくらいである。
もっとも、シャシー関連のセッティングをすべて最硬派モードにしても、それほどかみつくようなものにはならない。かわりに動きが軽快になり、体感的なサイズと重量が縮小するだけだ。
ただし、パワートレインは大豹変(ひょうへん)する。スロットルを踏んだ瞬間に、地の果てまで聞こえるような咆哮(ほうこう)を上げたかと思えば、血の気が引くような加速G。この種のモンスター級FR車としては、M5/M6はメルセデス・ベンツの「E63 AMG」よりトラクションもリアグリップも優秀なはずだが、それでもトラクションコントロールのスキを突くように路面をかく。ここで調子に乗ってスタビリティー制御をOFFっていたなら、この全長5メートルにして車重2トンの巨体は間違いなく、あらぬ方向に暴れまわることだろう。
「アナログかつスパルタンで速いクルマこそエライ」という(私を含む)古臭い思考に凝り固まったマニア貴兄のなかには、この種の電子可変デバイスはあまり歓迎しない向きもあろう。しかし、はっきりいってこのレベルの超絶高性能に達してしまうと、乗る人間の肉体疲労軽減と体調管理、そして過度なストレスの緩和のためにも、この種の可変デバイスはもはや不可欠な時代になったのだ……というほかない。
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どれか1台を選ぶとしたら
ただ、この4.4リッターV8は7100rpmでレブリミッターが利く。とにかく全域で猛烈に速い。しかもトルク曲線の抑揚もほとんど体感できない。先代V10のまるで1rpmごとに少しずつトルクを積み上げるような超絶緻密フィールと、8500rpmのむせび泣きを知る者には、最新の過給Mエンジンがなんとなくドラマに欠ける気がするのは否定しない。
しかし、よくよく考えてみれば、4.4リッターのマルチシリンダーが約70kgmをこともなげに絞り出し、しかも7100rpmまでなんのドラマもなく(=よどみもためらいも引っかかりもなく)回ってしまう……という事実は、先代M5が搭載していたV10の8500rpmと同じくらいスゴイことだ。
M6グランクーペは、パワートレインその他もろもろのメカは既存のM5やM6と実質的に同じ。ホイールベースはM5と共通で、車両重量もM5とほぼ同じ(わずか10kgちがい)。そして全高はM5より低くて低重心で、前後トレッドはほかのM6と同寸……すなわちM5よりはトレッドが広い。しかも、カーボンルーフでさらなる低重心化という小技まで効いている。つまり、すでにいくつかあるM5/M6系のなかでも、このグランクーペが最も安定して快適になりやすい素性のクルマということである。
「Mはいつまでもスポーツセダンかスポーツクーペであるべし」という古臭い体育会系志向をお持ちのマニア貴兄(だから私も同類だ)には、クーペなのに4ドアで、今どき剛性に不利なサッシュレスドアで、それなのに世界最高最速メカニズムを仕込んだM6グランクーペ……はヒネリが利きすぎているかもしれない。あえて口悪く言えば「こんなの誰が乗るねん!?」である。
しかし、自分がM5/M6のどれかを買わなければならない立場になったらと妄想(あくまで妄想)すると、意外にもM6グランクーペは大人の都合と物欲と自己顕示欲をちょうどよく満たすベストMなのではないか……と、古臭いマニアの典型である私でも思えてきた。
せっかくの2000万円クラスのスポーティーカーなんだから少しでも派手でカッコ良く、どうせならちょっと遊んでいる風を気取りたいし、しかし家族や仕事の手前を考えると4ドアでなければならない。しかも、M6グランクーペには前記のカーボンルーフとか「前面投影面積の関係で0-100km/h加速タイムはM5より0.1秒速い」といった、ちょっとマニアックなウンチクもある。理屈では解決しきれない大人の欲望をあますところなく満たしてあげることもまた、この種のスーパースポーツの使命なのだ。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏)
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テスト車のデータ
BMW M6グランクーペ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5015×1900×1395mm
ホイールベース:2965mm
車重:1990kg
駆動方式:FR
エンジン:4.4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:560ps(412kW)/6000rpm
最大トルク:69.3kgm(690Nm)/1500-5750rpm
タイヤ:(前)265/35ZR20 99Y/(後)295/30ZR20 101Y(ミシュラン・パイロットスーパースポーツ)
燃費:9.0km/リッター(JC08モード)
価格:1730万円/テスト車=2148万5000円
オプション装備:イノベーションパッケージ(45万円)/Mカーボンセラミックブレーキシステム(116万円)/4ゾーンオートマチックエアコンディショナー(11万円)/バング&オルフセン・ハイエンドサラウンドシステム(60万円)/BMW Individualインテリアトリム<ピアノフィニッシュブラック>(10万円)/BMW Individualフルレザーメリノ<コイーバブラウン、ブラック>(110万円)/BMW Individualボディーカラー<フローズンシルバー>(66万5000円)
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:3075km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:678.7km
使用燃料:84.4リッター
参考燃費:8.0km/リッター(満タン法)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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