第329回:「ありがとう」仕様でさよなら 「フィアット・ウーノ」は生きていた!
2014.01.10 マッキナ あらモーダ!31年の歴史に幕
フィアットのブラジル法人はこのほど、小型車「Mille(ミッレ)」の生産を終了することを明らかにした。ミッレは、1983年から95年までイタリアで生産されていた「フィアット・ウーノ」のブラジル版。「Mille」はイタリア語で「1000」を意味するとおり、エンジンは1000ccで、ガソリンとエタノールの両仕様が販売されてきた。
今回の決定によって、誕生から31年にわたり各国で販売されてきた乗用車ウーノシリーズの歴史に幕を閉じることになる。背景には、近日ブラジルでも義務化されるエアバッグおよびABSへの対応が難しいことがある。
なお、フィアットは生産終了を機に、ブラジルでミッレの記念限定車を2000台発売する。名前はイタリア語で「ありがとう」を意味する「Grazie Mille(グラツィエ ミッレ)」で、メタリックペイント、アルミホイール、パワーステアリング、エアコン、パワーウィンドウ、そしてUSB&Bluetooth対応CD-MP3ラジオが装備されている。価格は3万1200レアル(約138万円)である。
「ウーノ」の思い出
東京でサラリーマンになりたての1990年代初め、自分の給料で初めて買ったクルマがウーノのCVT仕様「セレクタ」だったボクである。今回のニュースには感慨深いものがあった。
ウーノのAピラーは、それまで乗っていた父のお下がりの「アウディ80」からすると、頼りないくらい細かった。CVTは今日のものとは雲泥の差で、かなりのギクシャク感が伴った。リアハッチの解錠は、納車初日からワイヤーの調子が悪かった。
それでも、ボディー色に合わせた水色のシート生地はセンスが抜群だった。メーター脇のサテライトスイッチは、デザイナーであるジョルジェット・ジウジアーロのスケッチをそのまま形にしたようなモダンなデザインで感激したものだ。ヴェリア製メーターパネルに刻まれた文字の書体や線の太さ、間隔は、どんな高級車よりも繊細だった。
ホーンはウインカーレバーと兼用で、レバーの先端を押すと鳴る方式だった。大衆車とは思えぬその絶妙な感触は、今も覚えている。音色も、ちょっと間抜けな音でかわいかった。
ドアミラーは縦横比が、当時のF1風だった。今にも折れそうなプラスチック製ハンドルでぐるぐるとガラスサンルーフを開けて、春の日に青山墓地脇の道路を走ると、桜吹雪がとめどもなく舞い込んだ。そうしていると、子どもの頃、学校の制帽を裏返しにして花びらを集めたことを思い出してジーンとなったものだ。
オーディオは、もし今見たら噴飯ものの日本製カセットステレオだった。だが、その安っぽい音質が、ダリウス・ミヨーのラテンムードあふれるピアノ連弾曲「スカラムーシュ」などをかけると妙にマッチした。
これまでつきあった女子と、乗り継いだクルマで「もう二度と思い出したくない」という記憶がひとつもない能天気なボクであるが、とりわけウーノとの日々は鮮烈だった。
ジウジアーロに、つねられる!?
3年後、ボクはふとした気まぐれから、そのウーノ セレクタを手放してしまう。そしてウーノも1990年代後半になると日本の街から次第に消えていった。
しかし30歳のとき、単身イタリアに渡ってみると、ウーノはまだ街中をブンブン走り回っていた。まだ慣れぬ異国の街にもかかわらず、懐かしいウーノに囲まれていると、次第に元気づけられた。
南米工場製の3ボックス仕様や、インノチェンティブランドのワゴン仕様もいた。同じく南米製の小型フルゴーネ(バン)仕様は、郵便局の配達車として、毎日わが家の前にやってきた。まだ東京に残っていた女房の手紙を時折運んできたことから、それは天使のごとく目に映ったものだ。
ウーノといえば、ジョルジェット・ジウジアーロ本人に会ったときのことも思い出す。ボクが「東京では、ウーノに乗っていました」と習ったばかりのぎこちないイタリア語で告げると、巨匠は笑顔とともに、「うまいことを言いおって~」と言わんばかりに、いきなり両手を伸ばしてボクの頬をつねった。こんな思い出も、ウーノに乗っていたおかげだ。
父親も内緒で乗っていた
ボクが東京で乗っていた時代に話を戻せば、ドイツ車党であった父は、たびたび「こんな危なっかしいクルマ!」「造りが、ちゃちだ」などと、けなしていた。
それを聞くたび、ボクは自分のペットをばかにされたごとく意気消沈した。しかし、ある日母はその場を立ち去ってゆく父を横目で見ながら、ボクにこう囁(ささや)いた。
「あんなこと言ってるけど、本当は、あなたが会社に行っている間に、近所で面白がって乗ってるのよ!」
厳格な父が、喜々としてステアリングを操っている姿を思い浮かべると、なんともほほ笑ましかった。そして、これぞウーノの魅力、いや魔力だ、と思ったものだ。小さくも偉大なイタリア大衆車よ、永遠に!
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、FIAT Automobiles、Italdesign Giugiaro)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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