第342回:波乱のベルトーネ、トルコ企業が救済か?
2014.04.11 マッキナ あらモーダ!東方から救いの手?
「経営危機にあるイタリアのカーデザイン会社『ベルトーネ』を、トルコ企業『カーサン』が買収した」と、トルコの新聞『デイリー・ハリエット』が伝えたのは、2014年3月31日のことだ。
記事によると、カーサンはすでにトリノ郊外グルリアスコの同社ミュージアムも購入し、法的整理後のベルトーネも買収することを視野に入れているとしているが、カーサン自体は翌日の4月1日に一連の買収の事実を否定している。
ベルトーネの経営危機は、深刻さを増している。2014年3月18日付のイギリスの『ザ・テレグラフ電子版』は、法的整理の準備に入っていることを、同社の広報担当者が明らかにしたと報じた。加えて、2014年4月末までに支援する適切な企業が見つからない場合、ベルトーネは閉鎖されるとしている。
カーサンはトルコ北西部ブルサを本拠地とする商用車メーカー。1966年にメルセデス・ベンツの現地生産からスタートし、現在はプジョー製バンやヒュンダイ製トラックの現地生産を行っている。
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一難去って、また一難
ベルトーネのこれまでの経過を振り返ってみよう。
ボディー製造部門「カロッツェリア・ベルトーネ」は戦後「アルファ・ロメオ・ジュリエッタ」および「アルファ・ロメオ・ジュリア スプリント」の受託生産でスタートし、以後長年にわたって同社の屋台骨を支えてきた。1970年には従業員が1500人規模にまで成長した。
やがて2000年代に入ると、クライアントである自動車メーカーが、いわゆるニッチカーの外部委託生産を次々と取りやめたことから業績は低迷。さらに、創業2代目であるヌッチオ・ベルトーネ(1914-1997)の遺族間の確執も表面化した。
カロッツェリア・ベルトーネは、窮余の策としてキャンピングカー製作まで検討したものの、2008年倒産に追い込まれる。しかし翌2009年、故ヌッチオの夫人であるリッリが、デザイン&エンジニアリング部門を継承する権利を裁判で獲得。同じく取り戻した商標とともに「スティーレ・ベルトーネ」として再発足させた。
2012年には従業員は約200名に達し、その6月末には創立100周年式典と記念展を、政界関係者も臨席のうえ地元トリノの自動車博物館でにぎにぎしく催した。
2013年3月には、営業速度360km/hを想定するイタリアの新型特急「フレッチャロッサ1000」のデザインに関わり、同年6月にはヘリコプター製作で知られるアグスタ・ウェストランドと電動ローターによる垂直離着陸機のプロトタイプを公開するなどして、話題をよんだ。
だが、そうした華々しいプロジェクトとは裏腹に、11月になると経営状態は最悪の状態にあることが明らかになった。従業員の給与やサプライヤーへの代金支払いは数カ月にわたって滞っていたのだ。
新生ベルトーネを支えるマーケットを開拓すべく、2010年春に北京に開設された「ベルトーネ・チャイナ」は、年間2000万ユーロ(約28億2000万円)の収益を上げるまでに成長していたが、それを補填(ほてん)するに至らなかった。
スティーレ・ベルトーネは、イタリアでカッサ・インテグラツィオーネと呼ばれる一時帰休給付金を当局に申請、同時に支援企業探しに本格的に乗り出した。
筆者の記憶を加えれば、旧ベルトーネ時代から勤務していたスタッフから退職した旨の連絡があったのは、12月初旬のことだった。
2014年1月に入ると、スティーレ・ベルトーネの労働組合関係者の話として、社名は明らかにされなかったものの、トルコ企業と支援に関して交渉中であるという情報が流された。そして2014年3月に開催されたジュネーブモーターショーには、スタンドを設けるに至らなかった。これはカロッツェリア部門倒産の影響を受けた2008年、2009年に次ぐ欠場だ。
ベルトーネの功績
ベルトーネ中興の祖・故ヌッチオ・ベルトーネは、イタリアのカーデザイン界に独特のかたちで貢献した人物といえる。彼自身はデザイナーではなく、古参OBによると、社内ではラジオニェーレ(イタリア語で商業専門学校卒業者に与えられる敬称)と呼ばれていた。
いっぽうで若い才能を見いだすことに関しては、天才的ともいえる感覚を持ち合わせていた。彼に発掘された人材のなかで、“出世頭”はジョルジェット・ジウジアーロだ。彼がベルトーネのチーフデザイナーとして採用されたのは、わずか21歳のときだった。その後も、ヌッチオはさまざまなデザイナーを育ててきた。そのすべての名を記したいところだが、会社を去ったいきさつや、退職後のベルトーネとの関係は人それぞれという、大人の事情が絡むので、差し控えておく。
だが、ボクが知る彼らの大半は、自分のデザイナー人生の出発点がベルトーネであることを今も誇らしく語り、全員が古巣の近況を「極めて残念だ」と憂う。
カーデザインのみならず工業デザイン界に、逸材を送り出したという点で、ベルトーネの存在は戦後イタリア史にとって、忘れることができないものがある。
ところで、2009年の新生ベルトーネ発足とともにデザインダイレクターとして採用されたマイケル・ロビンソンは、経営危機をきっかけに2013年末ベルトーネを去り、「EDデザイン」という新会社のCEO兼デザインダイレクターとして再出発した。
アメリカ人の彼がかつて筆者に語ったところによると、学生時代シアトルの図書館でベルトーネの1970年コンセプトカー「ストラトス・ゼロ」を紹介した本を偶然見つけ、カーデザイナーを志したという。
それだけにベルトーネの再興を助けながら、去ることを決断した彼の心中は、想像に余りある。せめて、スティーレ・ベルトーネ時代のロビンソン作品に魅了された少年の誰かが、彼と同じようにカーデザイナーを志すことを願おうではないか。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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