ボルボS60ポールスター(4WD/6AT)
スポーティーボルボの白眉 2014.09.18 試乗記 ボルボがレースパートナーのポールスターと共同開発した「S60/V60ポールスター」。サーキットで培われた技術が注がれたスポーティーボルボを、箱根のワインディングロードで試した。コンプリートカーとして登場
メーカー全体のスポーツイメージを高めたり、新たに高性能車を登場させたりするには、レースと結びつけるのが手っ取り早い。トヨタとTRD、日産とニスモ、ドイツ車ならBMWにおけるMや、メルセデス・ベンツのAMGなどがその例にあたる。ボルボの場合は、昔から実直ながらも同時に地味なイメージも引きずっており、近年のデザイン面における若々しい躍進はあるにせよ、それを完全に払しょくするまでには至っていない。そこを援護射撃するのがポールスターというわけだ。
ただし、レースカーそのものは競技で勝つことを当面の目的とするため、粗野で雑な仕上がりであることも多い。ロードカーとしてはただ速いだけでは納得されにくく、それなりに洗練させることも必要となる。その辺の繊細な神経や気配りが、この手のチューニングカーを仕上げるコツでもある。
とかく雑になりがちなマスプロの生産車と比べ、手作り的に細部にわたって入念に組みなおされたクルマは、同じ材料やパーツをつかっているとは思えないほど、まったくの別モノに生まれ変わる。それがチューニングカーの世界だ。逆に言えば、量産車がいかに大ざっぱでラフに造られているかがわかる。よって量産するのはムリで、「S60/V60ポールスター」の場合には世界限定750台となり、日本への割り当ては90台のみ。価格はS60ポールスターが799万円(90台のうちの30台)、V60ポールスターが819万円(同60台)だ。
ポールスターという名前を、電子制御のエンジンマネジメントのうち、CPUロムのみを替えて、動力性能面を向上させた仕様として送り出されてきた頃から知っている人もいるだろう。今回はエンジンだけでなく、サスペンションやブレーキ、ATやAWDの駆動系、エアロダイナミクスに基づく付加物をはじめ、インテリアやエクステリアのデザイン変更など多岐にわたっており、全体に手を加えたコンプリートカーとして登場した。
スロットルコントロールは思いのまま
走り始めた第一印象は「お見事!」であった。ファインチューン程度のものだろうと思ったのは大誤算。1000万円を超えるような高価格車であっても、ちまたには「しょせん量産車」と言わざるを得ないような高性能車も何台か存在するが、コレは逆だ。一見すると平凡なファミリーセダンながら、繊細な感覚を備える洗練された乗り物であり、高級な味わいさえ感じられる。
普段使いの実用域でも、その振る舞いの一端を味わうことができるのも魅力だ。最近の電子制御技術は、ピーク時のゲインばかり追求しているようで、そこに至るレスポンスの遅れは見過ごされている例も多い。レスポンスを上げるとアブナイなどというのは言い訳で、今までダイレクトに結んでいた部分を電気で結んだがゆえの作動遅れは、かえって大きいこともある。
例えば、フッと素早くAペダルを踏んだとしよう。現代の多段ATを備えるクルマはまずキックダウンが働き、ややあってからギュイーン……と大げさに反応して、強烈な加速に移行する。こちらの意思としては、スッと即応して出てくれればそれでよく、その後の過大な加速までは要求していない。そんな風に極端な反応を示すクルマもある。
その点、このS60ポールスターはレスポンスが素直で、同じギアポジションのままスッと出る。まずそこが気持ちいい。続いてAペダルをもっと深く踏み込めば、ターボの過給圧が上がってくる。さらに強烈な加速を望む時こそ、キックダウンさせればいい。そんな段階を、意思通りに踏み分けられるのがポールスターチューンのいいところだ。
直6には直6の良さがある
日本の道路では、到底真価を発揮できないほどの高性能をウリにしているクルマもある。このポールスターも絶対的には超高速車であり、そういう意味ではそれらと“同類”ではあるが、市街地を低速で走っていても楽しい。4気筒ではなく直列6気筒3リッターエンジンをベースにしたことも正解。長いがゆえに、ねじれやすいとクランクシャフトの剛性を理由にV6にしたり、あるいは水平対向を採用したりする例もあるが、直6には直6の良さがある。
より振動の少ない静粛で滑らかな回り方はもとより、長いがゆえの利点のひとつとして、ボルボは横置きした場合には前方からの衝突に対し、緩衝材としてエンジンの受け止める領域が広いことを挙げている。
それはそうと、このエンジンは直6特有のパワーの発生感覚がいい。クランクシャフトが短ければ短いゆえの利点として、パワーが塊のように一点に集結された感覚となり、それはそれで活発さがあり、勢いも感じるが、クランクシャフトが長いとパワーが延々と後押ししてくれるような、よりマスの大きなボリューム感覚がある。特に高回転まで上り詰める時のパワーの集約感として、点の連続ではなく、線が流れるような力の連続性があり、またその時の音も直6ならではの息の長い情緒ある澄んだ快音を奏でる。
同じスウェーデンのお仲間であるオーリンズのダンパーを使ったサスペンションチューンもまた「お見事レベル」にある。スタビライザーを効かせ過ぎず、4輪が別個に上下するバネ下を、いったんは動かせておいて、しかる後にしっかりと抑えこむタイプであり、伸び方向と縮み方向の減衰力には大幅に異なる特性を持たせて、節度感を高めてある。単に固めて、動きにくくしてヨシとする安易なフリクションチューンとは異なる。したがって、フラットな乗り心地とダンピングの良さは、フランス車に通じるところもある。
一方、シートはすっぽりと腰が穴におさまるようなものではなく、自分の体重で沈んだクッションによって、座面全体で広範囲に分散してホールドしてくれるタイプだ。サイドの盛り上がりは、強い横Gによって寄せられた時に体を支えてくれる。もっとも、そこに隙間があるわけではなく、常時押されている窮屈さから救ってくれるタップリ感がある。
個人的な好みを言えば……
ステア特性としては明確なアンダーステア(US)で、スロットルを戻せば軌跡は小さくなるが、スロットルレスポンスがいいので微細な修正が利く。個人的な好みを言わせていただくならば、フロントより狭いリアトレッド(フロントトレッド:1580mm、リアトレッド:1575mm)にも、その責任の一端があると思う。現状とは逆に、フロントよりリアを5mmほど広くすることの方が、ハルデックスの後輪のトルク配分をいじるよりも先だと思う。
また、レーシングドライバーが開発に携わると思わぬ“支障”があることも指摘しておきたい。彼ら自身はアンダーステアであれ、オーバーステア(OS)であれ、自在にコントロールできてしまうから、その特性を逆手にとって利用する術を知っている。まさか彼らが一般人のレベルを過小評価するわけではないのだろうが、OSはアブナイという感覚をもっている人も多い。そこで何でもかんでもUS傾向を推奨してしまうけれども、それはちょっと違うような気がする。
イニシャルでOS傾向を持たせておけば、初期操舵(そうだ)のレスポンスがよくなり、切り始めの応答感に遅れを生じない。逆にステアリングのギア比だけ小さくして、見かけ上のクイックレスポンスを求めたような例では、遅れてくるから切り過ぎてしまう傾向があり、戻す操作とあいまってギクシャクしてしまう。
スッとノーズが素直にインに入れば、そのままOSでダーッと後輪が流れるわけではなく、広げられたリアトレッドはより踏ん張る方向にあるし、よしんばOSに対してカウンターステアを要したとしても、スロットルオフによるOSからのタックインはUS方向に作用する。だから常識として信じられているUSの安全性は、タックインによるOS化の方がアブナイ状況の方が多い。
もっとも、最近ではESPなどの安定デバイスで適宜ブレーキの片方だけつまんで姿勢をコントロールする方法が流行(はや)っている。このS60ポールスターにもそれは備わっているが、もちろん出しゃばることのないチューンがほどこされている。ハルデックスのAWD機構は十分に試すまでには至らなかったが、昔のオン/オフ式のような雑な挙動とはならず、後輪へのトルク配分も今まで以上に多く配分されているとの説明があった。
スカンジナビアンデザインは華美に走らず、シンプルな構成をもって上質な味わいを実現している。R-DESIGN仕様とはまた少し違って、本革を用いた内装やシートもスポーティーなだけでなく高級感にあふれている。ポールスターの専用プレートはブルーの四角い枠内下に「polestar」と文字がはいっただけのシンプルなものだが、ワケを知っている人にとっては大きな意味を持つし、知らない人には何だろうと興味を抱かせるだけの存在感を放つ。派手な見かけで魅了するクルマももちろんあっていいが、普通のセダンやワゴンの形のままで市井に溶け込み、量産モデルから格段に進化した快適な高性能ぶりで“連中”をカモるのもまた一興。予算が許すならば持っていていい一台だろう。柳の下にドジョーを獲りに行ったボルボは、ウナギを釣って帰ってきたようだ。
(文=笹目二朗/写真=小林俊樹)
テスト車のデータ
ボルボS60ポールスター
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4635×1865×1480mm
ホイールベース:2775mm
車重:1780kg
駆動方式:4WD
エンジン:3リッター直6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:6段AT
最高出力:350ps(258kW)/5250rpm
最大トルク:51.0kgm(500Nm)/3000-4750rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 95Y/(後)245/35ZR20 95Y(ミシュラン・パイロットスーパースポーツ)
燃費:9.6km/リッター(JC08モード)
価格:799万円/テスト車=799万円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:1008km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

笹目 二朗
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