第369回:パリサロン2014(前編)
パリであっぱれ! トヨタの「車内カラオケ」作戦
2014.10.17
マッキナ あらモーダ!
キーワードは「ヘリテージ」
今年のパリモーターショーで目立ったものといえば、欧州メーカーによる「ヘリテージ」の強調である。
フィアットは、トリノから先々代「500」の試作用木型を持ってきた。会場で発表した「500X」の源流をイメージさせるためである。
セアトは「イビーザ」の誕生30周年を記念して1984年の初代モデルを展示した。デザインはジウジアーロ、ボディー設計および生産化プロジェクトはカルマンという、当時鳴りもの入りで登場したモデルだ。
シトロエンもしかりである。同社初のイギリス人CEO、かつ女性CEOとして2014年5月に就任したリンダ・ジャクソン氏は、プロジェクターで「2CV」や初代「DS」といった歴代モデルを投影しながら、プレゼンテーションを進めた。
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フォルクスワーゲンに「やられた」
各地のモーターショーウォッチャーであるボクからすると、「ヘリテージ」の過度な強調は、「子供自動車絵画展」「休憩所」と並んで、ショー衰退のバロメーターでもある。数年前GMは、ジュネーブショーでテールフィンの生えたシボレーやキャデラックを何台も展示した。しかし同社はその後、欧州における小型車ブランドの統合を図ったため、今回のパリでは、シボレーは消えてオペルのみとなった。キャデラックも姿を消した。思えば、サーブも欧州ショーにおける最後は、たびたび歴史車両を展示していた。
それでも、プレスデイ開幕前夜に開催された「フォルクスワーゲングループナイト」で、往年の欧州におけるキャンプ場風景が映し出され、初代「フォルクスワーゲン・タイプ2」が次々と登場したときは、「やられた」と思った。自社製品によって、戦後の一文化まで形成してしまった欧州メーカーにしかできない演出である。実際、会場は大きな興奮に包まれた。
トヨタブースの一角で
そういえば何年か前、ある日本のプレミアムブランドのデザイナーが「いくら私たちが高級車を作っても、ヘリテージという点では、しょせん欧州車に勝てませんから」と呟(つぶや)いていたっけ。
そんな言葉を思い出しながら、会場を歩いていたときである。
トヨタのブースで、プレスデイにもかかわらず盛り上がっているコーナーがあった。そばにいるコンパニオンに何をやっているのか聞けば、「カラオケよ!」と教えてくれた。
「ヤリス(日本名:ヴィッツ)ハイブリッド」の室内でカラオケを歌うと、その様子が『YouTube』にアップロードされる、という企画である。同車が販売されている各国で、「Happy Driving」のキャッチのもと、車内で歌う人々のCMが放映されているのに連動したものだ。
再びコンパニオンに聞けば、選べるのはほとんど英語の曲で、フランス語は「オー・シャンゼリゼ」の1曲しかないそうだ。ミシェル・ポルナレフとか、クロード・フランソワとか、フランスの国民的歌手を入れておかなかったところは、「現地現物」を掲げるトヨタとしては、画竜点睛を欠いている。惜しい。
それでもボクの隣で曲目ノートを眺めていた女性4人組は意気揚々とヤリスハイブリッドに乗り込んだ。そして、ボクがコンパニオンの脇にあるディスプレイを見ると、「振り」も鮮やかに歌い始めた。その光景は、まるでテレビにおける自動車走行シーンのごとくで、傍観しているだけでも楽しい。
これぞクールジャパンなアトラクション
今日――いまだその意味が今ひとつわからないが――“クールジャパン”を代表するカルチャーであるカラオケ。日本を題材としたパリの恒例イベント「PARIS MANGA」で、見ず知らずの若者たちがアニメソングに合わせて合唱しているのを見ると、いかに市民権を得ているかがわかる。そのカラオケと日本ブランド車のコンビネーションは、今までありそうでなかったアイデアだ。
どんな欧州ブランドが同様の企画を用意しても、どこかぎこちないものになるに違いない。この企画をトヨタに持ち込み、採用された広告代理店と、ゴーサインを出したトヨタはあっぱれである。
しかしながら、個人的にはこのヤリスハイブリッドはフランス国内にとどまることを望む。社内親睦を大切にするトヨタ。若手社員たちが乗車させられ、上司が熱唱する「マイウェイ」を車内で聴かされる悲劇を防ぎたいからである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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