第267回:ファン・トゥ・ドライブの再定義は近し!
「BMW i8」に試乗して
2014.12.04
エディターから一言
拡大 |
早いものでもう12月。一年を振り返る時期になってしまった。「マツダ・デミオ」しかり、「メルセデス・ベンツCクラス」しかり、今年もいいクルマに恵まれた一年だった。世の中がいいクルマばかりになってくると“問題作”が恋しくなるものだが、そんなときには30年選手のクロカン四駆がいきなり再販されたり、はたまた実用前提の燃料電池車が発表されたりして、退屈になるヒマはほとんどなかった。2014年の自動車劇場は、終わってみれば結構手の込んだシナリオが用意されていたのだなあと思う。
拡大 |
拡大 |
スーパーカーの未来形……ではない
その中で、筆者にとってとりわけ“問題”だったのが「BMW i8」だった。2014年は仕事始めの翌々日に乗った「トヨタ・ハリアー」から先日乗った「ホンダ・グレイス」まで、約100台の新車のステアリングを握ったが、i8については今なお、「こういうクルマです」と明確に説明する言葉を持てないでいる。
このクルマを「上方に跳ね上がるシザードアを持つ、プラグインハイブリッドのクーペです」と説明すれば、おそらく「……ということは、スーパーカーの未来形?」という見方になるのだろうが、このクルマが示しているものは、たぶんそんなに単純なものではないはずだ。
まずは車両パッケージがすごい。全長が「4シリーズクーペ」と同等のボディーのフロントアクスル上にモーターを、センタートンネル内にリチウムイオンバッテリーを、そして“リアミッド”に1.5リッター直3エンジンを置くというきちきちな構成をとりながら後席を持ち、しかもクーペフォルムが不格好になっていないという離れ業を成し遂げている。
車重はしめて1500kg。重量のかさむプラグインハイブリッドでありながら、4シリーズクーペの中で一番軽量な「420iクーペ」より40kg軽い。実物を見せず、文字だけで説明したら、それが一体どんなクルマか想像するのは簡単ではないはずだ。
そして実際に乗れば、このクルマの“特異さ”がさらに際立ってくることになる。
直3なのにV8サウンド?
一般車両がいない、貸し切りの箱根のターンパイクが試乗の舞台だった。頂上にある大観山がベースで、与えられた時間はわずか10分間。これだけ複雑で、しかも作り手の思いがこもったクルマに試乗するにはあまりに短い時間だが、10分乗って気付かないことは、たぶん1時間乗っても気付かないだろう。自分のセンサーの感度を目一杯上げて運転席に着く。
シフトセレクターの右側にあるボタンを押して、パワーユニットを起動する。すると走行モードは初期設定の「コンフォート」となり、モーターだけで走りだす。65km/hを超えるとエンジンが始動。そこからフルスロットルにすると、グイッと「M3セダン」に負けないくらいの豪快な加速を開始する。
それにしてもこの直3ターボエンジンの強力なことといったらない。もちろん強烈な加速は前輪のモーター(131ps、25.5kgm)あってのものであることはわかっているが、このエンジンは1.5リッターしかないくせに、なんと231psと32.6kgmを生み出すのだ。
「エンジンで走るミドシップカー」という印象を強めている要素として、音の存在も大きい。室内の後方からエンジン音がはっきりと聞こえるのだが、およそ3気筒らしくない、勇ましく、リズミカルで、耳に心地いいV8的な音なのだ。これには一瞬、「えっ?」と思わされる。もちろん生音ではなく、アクティブ・サウンド・デザイン(仮にASDと略す)と呼ばれる“エンジンサウンド合成装置”によるものと言われる。BMWとしては明言は避けているようだが……。
最初こそ不自然な音に思えたが、10分も乗っているとすっかり耳が慣れてしまった。室内にはスピーカーを通して発せられているのだが、ちゃんとミドシップ的に音場が後ろ寄りにセッティングされているところが巧みだ。なお、i8のASDは室内だけでなく屋外向けスピーカー(リアバンパー左端の内部)も備わっており、外に向けても勇ましさをアピールするという念の入れようである。
i8だけではなく、Mモデルにも付いているといわれるこの装置を許容するか否か、その是非はここでは論じない。BMWとしては、もろもろの事情があって理想的な音が出せなくなりつつあるが、エンジンメーカーとしての誇りがあるから現状を甘受するわけにもいかない。だから当面は、このような装置と付き合っていこう……と考えた末の決断だろう。BMWは悩んでいるのだ。
かつてない軽快感
走り慣れたターンパイクのコーナーを右へ左へ。M3セダンとの違いは、とにかくフットワークが軽いことだ。ステアリングの操舵(そうだ)力は軽く、ターンインもBMWの他のスポーツモデルと足並みをそろえてなかなか鋭い。コーナーに立ち向かうというイメージではなく、ひらりひらりとかわしていくという感じだ。
この軽くシャープで、しかも路面にはりつくようなちょっとほかでは味わえないコーナリングスタンスは、圧倒的に低い重心によってもたらされたものであろうことは容易に想像がつく。足まわりのセッティングそのものはソフトに感じられ、乗り心地はセダンのように快適なのだが、トレッドの広さも手伝って思いのほかロールは抑えられている。転舵(てんだ)とともにノーズは路面と平行に向きを変え、まさにレールに乗っているかのようにキリッと回り込んでいく。
これが近未来のスポーツカードライビングであるなら、コックピットはもう完全に「男の仕事場」ではなくなった。i8はとにかくイージーなのだ。M3に乗り換えて同じコーナーを同じスピードで駆けぬけると、腕っぷし勝負の劇画調に思えてくるから面白い。
とまあ、さんざんハンドリングや加速を楽しんでおいて言うのもなんではあるが、10分間の試乗を終えて感じたのは、i8はパワートレインのクルマでもハンドリングのクルマでもなく、パッケージングのクルマということだった。この車両パッケージがあるからこそ、こんなにすごい走りが可能になったのだ。今回は「ライフドライブ」と呼ばれる車両構造が秘めた可能性の片りんを示した、いわばごあいさつに過ぎず、真の実力はこれから徐々にBMW iブランド全体で発揮されていくことだろう。
いずれにせよ、これで20世紀型のスポーツカーはうかうかしていられなくなった。思いのほか早い時期に、過去形にされてしまうかもしれない。それほど遠くない将来、ファン・トゥ・ドライブが再定義されることになるだろう。
(文=webCG 竹下元太郎)

竹下 元太郎
-
第858回:レースの技術を市販車に! 日産が「オーラNISMO RSコンセプト」で見せた本気 2026.1.15 日産が「東京オートサロン2026」で発表した「オーラNISMO RSコンセプト」。このクルマはただのコンセプトカーではなく、実際のレースで得た技術を市販車にフィードバックするための“検証車”だった! 新しい挑戦に込めた気概を、NISMOの開発責任者が語る。
-
第857回:ドイツの自動車業界は大丈夫? エンジニア多田哲哉が、現地再訪で大いにショックを受けたこと 2026.1.14 かつてトヨタの技術者としてさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さん。現役時代の思い出が詰まったドイツに再び足を運んでみると、そこには予想もしなかった変化が……。自動車先進国の今をリポートする。
-
第856回:「断トツ」の氷上性能が進化 冬の北海道でブリヂストンの最新スタッドレスタイヤ「ブリザックWZ-1」を試す 2025.12.19 2025年7月に登場したブリヂストンの「ブリザックWZ-1」は、降雪地域で圧倒的な支持を得てきた「VRX3」の後継となるプレミアムスタッドレスタイヤ。「エンライトン」と呼ばれる新たな設計基盤技術を用いて進化したその実力を確かめるべく、冬の北海道・旭川に飛んだ。
-
第855回:タフ&ラグジュアリーを体現 「ディフェンダー」が集う“非日常”の週末 2025.11.26 「ディフェンダー」のオーナーとファンが集う祭典「DESTINATION DEFENDER」。非日常的なオフロード走行体験や、オーナー同士の絆を深めるアクティビティーなど、ブランドの哲学「タフ&ラグジュアリー」を体現したイベントを報告する。
-
第854回:ハーレーダビッドソンでライディングを学べ! 「スキルライダートレーニング」体験記 2025.11.21 アメリカの名門バイクメーカー、ハーレーダビッドソンが、日本でライディングレッスンを開講! その体験取材を通し、ハーレーに特化したプログラムと少人数による講習のありがたみを実感した。これでアナタも、アメリカンクルーザーを自由自在に操れる!?
-
NEW
クルマの乗り味の“味”って何だ?
2026.1.20あの多田哲哉のクルマQ&A「乗り味」という言葉があるように、クルマの運転感覚は“味”で表現されることがある。では、車両開発者はその味をどう解釈して、どんなプロセスで理想を実現しているのか? 元トヨタのエンジニア、多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
プジョー208 GTハイブリッド(FF/6AT)【試乗記】
2026.1.20試乗記「プジョー208」にマイルドハイブリッド車の「GTハイブリッド」が登場。仕組みとしては先に上陸を果たしたステランティス グループの各車と同じだが、小さなボディーに合わせてパワーが絞られているのが興味深いところだ。果たしてその乗り味は? -
ベントレー・コンチネンタルGTアズール(4WD/8AT)【試乗記】
2026.1.19試乗記ベントレーのラグジュアリークーペ「コンチネンタルGT」のなかでも、ウェルビーイングにこだわったという「アズール」に試乗。控えめ(?)な680PSのハイブリッドがかなえる走りは、快適で満ち足りていて、ラグジュアリーカーの本分を感じさせるものだった。 -
第327回:髪もクルマもナイスファイト!
2026.1.19カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。日産の新型「ルークス」で夜の首都高に出撃した。しっかりしたシャシーとターボエンジンのパワフルな走りに感心していると、前方にスーパーカーの姿を発見。今夜の獲物は「フェラーリ・ローマ」だ! -
日本で売れるクルマはあるのか!? 最新の“アメリカ産ニホンシャ”を清水草一が検証する!
2026.1.19デイリーコラムアメリカからの外圧による制度変更で、北米生産モデルの国内導入を決めたトヨタ。同様に、今後日本での販売が期待できる「海外生産の日本車」には、どんなものがあるだろうか? 清水草一が検証してみた。 -
フェラーリ12チリンドリ(後編)
2026.1.18思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が「フェラーリ12チリンドリ」に試乗。前編では伝家の宝刀であるV12エンジンを絶賛した山野。後編ではコンビを組むシャシーの印象を余すところなく聞いてみた。
















