第96回:田舎のチンピラはGT-Rで絶対親孝行!
『ジヌよさらば~かむろば村へ~』
2015.04.03
読んでますカー、観てますカー
松田龍平が演じるのは挫折した大和田常務
昨年紹介したインドネシア映画『ザ・レイド GOKUDO』で、松田龍平は若手のヤクザを演じていた。罪悪感というものが一切なく、人殺しに何のためらいも見せない凶暴な男である。普通のビジネスマンのようなビジュアルなのに、中身は残忍非道なのだ。ギャップがあるからこそ、恐ろしさも増す。彼には草食系で無害なイメージがあるから、ピッタリの配役だった。
ひょうひょうとしたキャラクターを確立したのは、NHKのテレビ小説『あまちゃん』での水口琢磨役だろう。琥珀(こはく)磨きの勉さんの弟子と見せかけて実は芸能プロダクションのスカウトマンという設定のミズタクは、腐女子から爆発的な支持を得た。勉さんとミズタクを主人公としたBL作品が多く作られたほどである。龍平はその後『舟を編む』でマジメだけが取りえの童貞青年を圧倒的なリアリティーで演じ、ヘタレ演技の評価を高めていったのである。
『ジヌよさらば~かむろば村へ~』でも、彼は心優しく傷つきやすい青年を演じる。東京で銀行員だったタケは、仕事で遭遇した出来事が原因で“お金恐怖症”になってしまう。お金を見ると発作を起こして気を失うという症状なのだ。後で明かされるのだが、彼は融資担当として貸しはがしのような業務を行っていたらしい。追い込まれた零細工場のおやじが首をくくるという場面にも遭遇する。『半沢直樹』で若き日の大和田常務が同じ経験をしていた。香川照之なら何も気にせずに出世の道を上っていけるのだが、松田龍平なのだから心を病むのは必然だ。
『あまちゃん』メンバーが東北で再結集
“ジヌ”というのは銭、つまりお金のことである。タケはお金を一銭も使わずに生活するため、東北の寒村に移住することにした。あまりにも甘い考えである。いくら田舎だって、お金は必要だ。ご飯を食べなくてはいけないし、電気や水道だってタダでは使えない。農業をやるつもりらしいが、苗や肥料はどうやって手に入れるのか。東北の寒さをナメてはいけない。引っ越したボロ家にはストーブもなく、初日から彼はまわりの人たちの助けに頼ることになる。
何かと世話を焼いてくれるのは、村長の与三郎である。彼は妻の亜希子と一緒に小さなスーパーマーケットも経営している。演じるのは阿部サダヲと松たか子で、『夢売るふたり』以来2回目の夫婦役だ。あの時は二人して悪事に手を染めていたが、今度はちゃんとしたいい人で村人から慕われている。
ほかのキャストには、片桐はいり、皆川猿時、村杉蝉之介、伊勢志摩といった名前が並ぶ。東北でこのメンバーといえば、『あまちゃん』ではないか。まめぶの安部ちゃん、潜水土木科のいっそん先生、アイドル評論家のヒビキいちろう、マニアックなたとえツッコミの花巻さんといった面々が、ミズタクを囲んでいるのだ。それも当然で、この作品の監督は宮藤官九郎の師匠にあたる松尾スズキである。松尾も『あまちゃん』ではアイドル喫茶のマスター役をやっていた。
松尾の映画デビュー作『恋の門』でも龍平が主演していたから、10年ぶりのコンビとなる。原作は、宮城県出身のマンガ家いがらしみきおの『かむろば村へ』。映画が撮影されたのは、福島県奥会津の柳津町だ。人口3700人で、うち1500人が65歳以上だというから、まさに原作の設定そのままである。住人のおじいちゃんやおばあちゃんが、エキストラとしてたくさん登場している。人だけでなく、クルマも現地で調達していた。
映画で使うクルマを地元で調達
『あまちゃん』では北三陸駅の副駅長だった荒川良々が、猫好きのチンピラとして登場している。彼の愛車は真っ黄色の「スカイラインGT-R(R34)」だ。でかいウイングを付けたバリバリの走り屋仕様である。
このクルマは地元のガソリンスタンドでたまたま見かけて声をかけ、お願いして貸してもらったのだという。いかにも猫好きのチンピラが乗りそうなクルマが、実際に走っていたのだ。ボディー側面には「絶対親孝行」という大きなステッカーが貼ってあるのだが、これも元からだというから恐れ入る。ナンバーが「893」なのは、さすがにあとで付けたものだろう。
残念ながら、このGT-Rは映画の中では活躍しない。それどころか、停車しているところに突っ込まれて大破してしまう。ぶつかってきたのは「日産シビリアン」である。村長が村人を乗せて町まで運んでいるマイクロバスだ。こちらにはカーチェイスシーンがある。タケが運転するのだが、彼はペーパードライバーだった。路上の猫や白菜(?)を避けてコントロールを失い、GT-Rに激突するのだ。このマイクロバスも、地元から供給されている。もちろん激突シーンはCGなので、実際に壊したりはしていない。
お金を使わずに生活するなんて、実際には不可能なことだ。映画ではもっと不思議な超自然的現象も発生するし、ファンタジーの世界を描いているのは確かである。ただ、撮影現場では金銭的価値を超えたやりとりが行われていたのだ。フィルムコミッションなんてあるはずもない町で、クルマだけではなくさまざまな便宜が撮影隊に供されたという。東北には、ファンタジーが現実化する土壌がまだ残っているのかもしれない。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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