第16回:スピルバーグがフルデジタル3Dで見せるカーアクション! − 『タンタンの冒険 ユニコーン号の秘密』
2011.11.28 読んでますカー、観てますカー第16回:スピルバーグがフルデジタル3Dで見せるカーアクション!−『タンタンの冒険 ユニコーン号の秘密』
街を爆走する「プジョー302」の大迫力
「プジョー302」が街を爆走する。1930年代のモデルで最高出力はわずか43psのはずだが、迫力満点の走りだ。跳ね飛ばされそうになった少年はあわやのところで身をかわし、カメラは逆方向から走ってきたクルマの下へと入り込んでローアングルで一部始終を映し出す。観客は道の真ん中で少年と一緒に右往左往する気分を味わうことになる。
今の映画って、こんなあり得ない映像を作り出すことができるのだ。フルデジタル3Dの世界では何でもありである。『タンタンの冒険 ユニコーン号の秘密』は、巨匠スティーブン・スピルバーグが満を持して撮った初の3D作品だ。ジェームズ・キャメロン監督の『アバター』が3D映画の隆盛を用意したが、その後作られた作品は期待はずれのものが多かった。はやりなので取りあえず立体にしました、という体のものが続出したのだ。『タンタンの冒険』は、3Dの新たな可能性を引き出した。スピルバーグは、エンターテインメントの追求に関しては手を抜かない。
『未知との遭遇』が公開されたのは1977年のことで、34年もたっている。もはや古典と言ってもいいだろう。あの作品にオマージュをささげた映画が、今年たてつづけに2本公開された。『スーパー8』と『宇宙人ポール』である。『スーパー8』の監督J.J.エイブラムスは1966年生まれだから、11歳で『未知との遭遇』を観たはずだ。『宇宙人ポール』のサイモン・ペグとニック・フロストのコンビはもう少し若いから、テレビかビデオで観たのかもしれない。どちらも、スピルバーグ愛がパンパンに詰まった映画だった。
そこに、御大が3年ぶりの登場である。これは盛り上がるだろうと思っていたら、なんだかそれほどでもないみたいだ。映画サイトの「見たい作品ランキング」でも、『リアル・スティール』に負けちゃったりしている。どうしたことだろう。
世界的人気コミックの映画化
「タンタン」シリーズは、1929年に連載が始まり1983年まで24冊が刊行されたコミックである。ベルギーのエルジェによる作品だが、80の言語に翻訳され3億5000万部を売り上げているという世界的な人気作品なのだ。日本でも福音館書店から全作品が販売されている。少年記者のタンタンが世界中を駆け回り、さまざまな謎に挑みながら冒険を繰り広げる筋立てだ。
プロデューサーのピーター・ジャクソン(『ロード・オブ・ザ・リング』の監督)は、子供の頃からこのシリーズのファンだったという。今回の作品は、『なぞのユニコーン号』『レッド・ラッカムの宝』『金のはさみのカニ』の3冊のエピソードをもとにしている。
タンタンのトレードマークは、ニッカーボッカースタイルと前髪がぴょんとはねた髪型だ。演じているのは、美少年俳優のジェイミー・ベルである。丸顔のタンタンとは似ても似つかないが、フルデジタルだから心配はいらない。
俳優は「ボリューム」と呼ばれるステージで演技を行い、100台ものカメラがその動きを捉えてデータ化していく。コンピューターでキャラクターと合体させ、3Dの映像に変換するのだ。そう言われても仕組みはよくわからないのだが、このパフォーマンス・キャプチャーという技術のおかげで、リアルな空間をスクリーン上に作り出すことができるらしい。
悪役のサッカリンはダニエル・クレイグ、ドジな刑事コンビのデュポン&デュボンはニック・フロストとサイモン・ペグが演じているが、もちろん風体は本人たちとは全然違う。デジタル時代の演技というのは、従来とは定義が違ってくるのだろう。タンタンの助手たる愛犬のスノーウィは、本物の犬が演じているわけではない。完全なデジタルデータだ。
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登場するクルマで年代を推定
ブリュッセルの露店でユニコーン号の模型を買ったタンタンは、伝説の財宝をめぐる争いに巻き込まれ、拉致されて船の一室に監禁されてしまう。そこで出会ったハドック船長とともに、財宝のありかを求めてモロッコへと向かうのだ。場所は明らかにされているのだが、年代ははっきりと示されていない。ただ、登場するクルマを見れば、ある程度の推定はできる。冒頭に書いたプジョー302のほかに、「シトロエン2CV」「シトロエン・トラクシオン・アバン」「ルノー4CV」が街を走っている。モロッコでの戦いには「ウィリス・ジープ」も登場する。この中で販売された時期が最も遅いのが2CVの1949年だから、ざっくり1950年代の設定だと考えればいいのだろう。
サイドカーやプロペラ機も出てきて、みんな立体映像で暴れまわるからすさまじい臨場感だ。3D時代には、カーチェイスの撮り方も変わってくるのかもしれない。目に突き刺さるような効果ばかりを狙った3Dは観ていて疲れてくるが、奥行きを表現する使い方もある。スピルバーグは両方の特質をうまく利用し、激しい動きとめまぐるしい視点転換で3Dの利点をフルに引き出している。キャメロンもうかうかしていられない。
どうやらこの作品には続編があるようだ。今度は制作と監督が入れ替わって、ピーター・ジャクソンが監督することになるという。ところで、娯楽作としては文句のつけようがないのだけれど、この映画にはひとつ弱点がある。原作はフランス語だが、これはアメリカ映画なのだ。だから、フランスの名前を英語読みすることになる。タンタンのつづりは「Tintin」だから、ちょっとマズい読み方になってしまうのだ。主人公のセリフを聞いていると、思いっきり「マイ・ネーム・イズ・ティンティン」と言っている。気になるようなら、吹き替え版で観るのがオススメだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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