第415回:懐メロ系アメリカ車「ビュイック」の魅力
2015.09.11 マッキナ あらモーダ!中国製ビュイックを米国へ輸出?
2015年8月初旬のこと、「ゼネラルモーターズ(GM)が、中国・上海工場製『ビュイック・エンヴィジョン』を2016年から米国向けに輸出・販売!?」との報道が業界を駆け巡った。
GMは報道に対して否定も肯定もしていないが、全米自動車労働組合(UAW)は即座に強い懸念を表明した。「かつて危機に陥った時期のGMを救ったのは労働者。彼らのためにも、エンヴィジョンは米国で生産すべきだ」というのが、その見解だ。
中国製のビュイックは、上海ゼネラルモーターズによって1998年12月にラインオフ。2011年には販売台数で米国を抜いている。エンヴィジョンは2014年に販売開始された中国市場専用のスモールSUVである。
もちろん米国で、労働組合の力を無視することはできない。しかしボクの目からすれば、欧州でも米国でも、自動車がどの国の工場で生産されているかを気にするユーザーが少なくなっている。そうしたなか、上海製ビュイックが船積みされて太平洋を渡り、北米大陸に渡っても、ユーザーは違和感なく受容すると思う。最近の人民元切り下げも、メーカーによっては好材料となるだろう。
ボクにとってビュイックとは
かつてボクは、東京に住んでいた1990年代に、中古のビュイックを2台乗り継いだ。それまでコンパクトな「フィアット・ウーノ」に乗っていた反動で、大きなクルマに乗りたくなったのと同時に、米軍基地のそばで育った、子供時代への郷愁もあった。
ウーノの車検が近づいたのをきっかけに、「6人乗りのベンチシート」「コラムシフト」「横長スピードメーター」「米国車らしいクロスのシート」を条件に捜索を開始した。アクセサリーに対してそれほど興味がないボクとしては、ボディーが大きければ、それでよかった。
はじめに思いついた初代の「フォード・トーラス」は、残念ながら横長スピードメーターではない。また、エアロダイナミックなスタイルが、ボクが求めていた「アメリカのおばあちゃんが乗っているクルマ」っぽさに欠けた。やがて見つけたのは、ヤナセの世田谷中古車センターに並んでいた1990年型の「ビュイック・リーガル(米国名:センチュリー)」のセダンだった。往年のアメリカ車からすれば小ぶりだが、全長は4.8メートルあった。
支払ったのは、ウーノの売却代金プラス200万円。1992年のことだ。
V6 OHVのボロボロというエンジン音、低速からのゆとりあるトルクと、GMのハイドラマチックATならではの滑らかな変速、首都高の継ぎ目を乗り越えるときの船のようなピッチは、ボクを十分に満足させた。ダッシュボードの木目パネルは、印刷のアミ点が見えてしまう代物だったが、アメリカ家電風と考えれば、アバタもエクボだった。
アメリカ車の魅力にすっかりはまってしまったボクは2年後の1994年、今度はリーガルの姉貴分である1991年の初代「パークアベニュー」に乗り換えた。全長5212mm、ついに5メートルを超えた。全幅もさらに広がった。ETCが導入される前である。料金所では、ステアリングのある左側から右側のサイドウィンドウまで手を伸ばすと、たびたび筋肉がつった。そこで家の台所から拝借したブリキの「ひしゃく」を使って通行料金を払うと、収受員のおじさんから「こりゃ~いいや」と笑われた。
ビュイックをひとことで語れば、「中庸な精神」である。十分なゆとりを備えながらも、華美に陥ることがない。シボレーでもキャデラックでも得られない世界である。別の言い方をすれば、たとえ大きくても、プレミアムカーならではの妙な意気込みがない、品の良い、真の豊かさを感じさせるブランドだった。同じく「中庸な精神」の文字がふさわしかったオールズモビルや、フォード系のマーキュリーが消滅した今、そのブランドイメージは、さらに貴重になったといえよう。
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ほぼ永遠に乗れなくなってしまったクルマ
ビュイック・パークアベニューとの生活にビリオドを打ったきっかけは、1年後に一人暮らしを始めたことだった。かなり離れた月極駐車場でも、賃料は家賃の半分を超えた。さすがに財布的にきつかったのと、間もなくイタリア行きのため節約する必要が生じ、手放すのを決断したのだ。
それでも今日、世界各地でビュイックを見かけるたび、あの頃を思い出して楽しんでいる。パリのとある街角にいつもたたずんでいるパークアベニューには、訪れるたび「よう、元気か」と声をかけている。同時に、「なんで、パリになんか流れついてきちゃったんだ」と、その巨体を見て思う。上海では、高級ホテルの車寄せにやってくる現地製ビュイックを、しばし眺めていることがある。
今から2年前、デトロイトのGM本社、ルネサンス・センターにあるショールームでもビュイックに触れた。ドアを開けた時、ボクが乗っていたパークアベニューと同じ、懐かしい車内の香りとアラーム音に包まれたときは、思わず感涙にむせんだ。
今ボクが住むイタリアで、コラムシフト&ベンチシートを備えたアメリカ製の新型車は入手できない。本場アメリカだって、気がつけばその選択肢は今日かなり限られる。懐メロ系米国車は「ほとんど買えなくなっちゃった」のである。
そのとき乗っておかなければ、ほぼ永遠に乗れなくなってしまうクルマがある。ボクにとって、2台のビュイックセダンはまさにそれを教えてくれたものだったのだ。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、General Motors)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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