第420回:イタリア人の運転が上手なのは地元だけ?
略語標識を読み取れ!
2015.10.16
マッキナ あらモーダ!
道路も鉄道も略語の海!
東京でサラリーマン時代に名古屋に出張したときのことである。今でも覚えている標識は、ずばり「名駅」だ。かつて人々の間で「名古屋駅周辺」を指すのに使われていた略称を、後年周辺街区の正式な地名として採用したのが「名駅」の経緯のようだ。
駅周辺のことを指すことは、よそから来たボクでもおぼろげにわかった。だが、地元の方々に「めいえき」「めいえき」と連発されると、何か仲間内の隠語のように聞こえてきて、気弱なボクなどは「よその子扱い」された感を受けざるを得ないのであった。
実はイタリアの道路をクルマで走っていても、同様の気持ちに苛(さいな)まれることがある。
まずは【写真1】の中にある、右の標識をご覧いただきたい。
「ROSIGNANO M.」と記されている。実際はRosignano Marittimo(ロジニャーノ・マリッティモ)が正式な地名なのだが、標識には書ききれないので、後半をM.と略してしまったのである。
【写真3】に写っている標識は、もっと難解だ。「S.G.C. FI-PI-LI」と、きたもんだ。S.G.C.は、Strada di Grande Comunicazione(都市間連絡道路)を示す。FI-PI-LIは、道路が結ぶ地名Firenze-Pisa-Livorno(フィレンツェ・ピサ・リヴォルノ)の頭文字である。
クルマだけではない。鉄道でも頻繁に略称が使われる。【写真4】は、イタリア国鉄最速の特急「フレッチャロッサ」(赤い矢)の車内に据え付けられた停車駅などを示すディスプレイである。「Fi S.M.N」は、Firenze Santa Maria Novella(フィレンツェ・サンタマリア・ノヴェッラ)駅を示す。
イタリア人だって困っている
スペースの限られた標識や表示パネルに、すべての地名を収めるには、こうした頭文字がてっとり早いのであろうということは、真っ先に思いつく。
イタリア人は、こうした頭文字の組み合わせが得意だ。F.I.A.T.もA.L.F.A.も往年の正式社名の頭文字を元にしている。
アルファ・ロメオがイタリア語のmito(伝説)と、同ブランドゆかりの2都市MilanoとTorinoの頭文字をかけた「Mi.To」(ミト)を発表したときも、イタリアに住むボクとしては、正直なところ「おっ、またか」とクールに受け止めたものである。
それはともかくイタリア人の多くは、ボクが外国人であろうと、容赦なく略号で道を教える。例えば、前述のS.G.C. FI-PI-LIに関していえば、「3つ目の信号を過ぎたら“フィピリ”に乗れよ」といった具合だ。だからイタリアで自動車の運転を始めた頃、「ああ、こうした略語を覚えないと、ヨーロッパじゃ生きてゆけないんだ」と、絶望に近い気分を味わったものだ。
しかしやがて、そうした頭文字略語は、他国から来た人だけでなく、イタリアの別の地域から来た人にもわからないことが判明した。例として前述のS.G.C.は、フィピリ線のほか、わずかな国内路線にしか用いられない独特の呼称である。
イタリア人ドライバーが複雑に入り組んだ道路を得意げに、そして機敏に走るのを見て「運転がうまい」と言う人がいる。だが、実態は地元の標識の略号が頭に入っているからできる部分が大きい。逆にいえば、そうしたイタリア人も自分の慣れ親しんだ地方から一歩出ると、かなり戸惑っているのも事実なのだ。実際、他の地域のナンバーを付けたクルマは、往々にしてロータリーの中で戸惑っている。
「綾小路」じゃなくてよかった
ここからは、アルファベットに関する余談を。
ボクの名前は、イタリア人に感謝される。ミドルネームを除いたOYA AKIOは、外国人名としては異例に短いのだ。「どんな難解な名前だろう」とペンを持って身構えていたイタリア人の中には、あからさまに「ずいぶん簡単な名前だな」とのたまう人さえいる。学生時代に「真行寺」とか「綾小路」とか、もっとカッコいい名字に憧れたことがあるが、イタリアでは「大矢」のほうが実用的である。
しかしあまり短すぎて、イタリア人の集中力をそいでしまうのも事実だ。Aiko、Ayo、そしてAkihitoまで、誤読や誤記入も日常茶飯である。特に多いのはAyoだ。【写真6】は少し前にわが家に届いた封筒の表記である。続く【写真7】は、アパルタメントの家主が気を利かせて、全入居者のインターホンに貼ったステッカーだ。イタリアで今も知名度が高いブルース・リーの格闘ボイスが記憶に残っていて、アジア人=アチョー! になるのかとも想像した。しかし実際は、本来のイタリア語アルファベットにはない「Y」および「K」が含まれていることが、軽いパニックを引き起こす最大の原因である。
そこで心配なのが、スライドファスナーのYKKだ。同社の製品は、イタリアのファッション業界からも高い評価を得ているが、業界関係者以外のイタリア人に英語読みしてもらうのは、それなりの困難が伴うだろう。
YKKの現地法人に採用された学生の年老いた親が、バールでエスプレッソを傾けながら「うちの倅(せがれ)は今度、日系の会社に就職できたんだ」と言うと、仲間たちから「なんていう会社だい?」と聞かれ、「イプシロン・カッパ・カッパだとさ」とイタリア語読みで自慢する姿はほほ笑ましくもあるが。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
※お知らせ
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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