第453回:「フィアット田舎娘」ってどんなクルマ?
カッコいいイタリア語車名を無理やり訳してみた
2016.06.10
マッキナ あらモーダ!
「照造さん」の名前じゃない?
東京でサラリーマンをしていた1990年代、自分のクルマにスキーや自転車を積むべく、初めてルーフラックを装着することにした。
週末、オートバックスに行くと、いくつかのブランド品が置いてあった。
最終的にボクが決めたのは、「THULE(スーリー)」の商品だった。雪国スウェーデンを本拠にするブランドということで、単純にカッコいいと思ったのである。
一方、はじめから関心を抱かなかったのは、ずばり「TERZO」であった。「照造」とかいう社長さんの名前に違いないと思ったのだ。
週明け、当時勤めていた自動車誌の編集部でその経緯を説明すると、先輩があきれ顔をした。そして「それはな、terzo、イタリア語で3番目という意味だ」と教えてくれた。
途端にTERZOがカッコよく思えてきた。無知とは罪である。
ネーミングに際して、イタリア語の美しい響きや長靴半島の景勝地のイメージにあやかるというのは、自動車の世界では長年用いられてきた手法だ。ご存じの通り、アウディの「クワトロ(quattro)」はイタリア語で「数字の4」を表す。
近年クリント・イーストウッドの映画のタイトルにもなった「フォード・グラントリノ」のトリノ(Torino)は、イタリア北部の自動車都市から取ったもの。ほかにもビュイック製クーペ「リヴィエラ(Riviera)」など、例を挙げればきりがない。
アルファ・ロメオの名車「全力疾走速い!」
イタリアのブランドは、母国語をそのまま使用するだけでカッコよくなるのだから得である。その最たるものは、マセラティの「クアトロポルテ」であろう。Quattroporteとは「4ドア」のこと。つまり、単に「マセラティ四扉」なのだ。
ボクがかつて乗っていたフィアットの5ドア車は、「ブラーバ」といった。そのブラーバには、3ドアの「ブラーボ」という姉妹車があった(後年、この男役とおぼしきブラーボのみが車名として復活)。bravaは「素晴らしい」を示す女性形容詞、bravoはその男性形容詞だから、2台合わせて「フィアット善男善女」といったところだ。ちなみに、イタリアの演奏会で「ブラボー!」の掛け声は、奏者の性によって、bravaとbravoを使い分ける。
歴代フィアット車のネーミングには、日本語に訳すと面白いものがまだまだある。例えば、先代「500」のバン仕様「500ジャルディニエラ(Giardiniera)」は女性の庭師だ。「フィアット500女庭師」とは、しゃれている。
勢い任せで無理やり訳してゆくと……
フィアット田舎娘(カンパニョーラ:Fiat Campagnola)
フィアット小舟(バルケッタ:Fiat Barchetta)
フィアット倍数(ムルティプラ:Multipla)
となる。
ついでにアルファ・ロメオでもやってみると、
アルファ・ロメオ・アルファ南(アルファスッド:Alfasud)
アルファ・ロメオ全力疾走速い!(スプリント ヴェローチェ:Sprint Veloce)
となる。
近年復活した歴史的カロッツェリアであるトゥーリングの有名なボディー製法は、
超軽量(Superleggera)
と訳せる。
「インテグラーレなパン」とは……
ボク自身のことに話を戻せば、子供のころから算数が苦手だったことがあって、数字を羅列する車名は極めて苦手である。プジョーやポルシェにいまひとつ親近感がわかないのは、「405」「308」「959」「996」……と、モデル名が永遠に(?)覚えられないからだ。だから、前述のように日本語に訳すとわけのわからないことになっても、それ自体に意味のある車名が大好きである。
以下は単なる創業者の姓なので、本来訳すにあたらないが、インノチェンティは「潔白な」という形容詞だ。「潔白自動車」といったところである。ちなみに、もうひとつの小型車ブランド、アウトビアンキのbianchiは白。図らずも、両方とも“白系”である。
おっと、ランチアを忘れていた。「Delta HF Integrale」は「三角形高精度総合」だ。参考までにいうと、HFは英語のHigh Fidelityの略である。
イタリアのわが家で毎朝食べているパンにも、袋にIntegraleと記されている。
現地に住み始めた当初は、何だかわからないまま「カッケー!」と感じ、食べると心身ともにブースト圧が高まったものだ。
しかしある日、料理教室に通っていた女房から、このインテグラーレは単に「全粒粉パン」を意味することを教えてもらった。途端に、ウェイストゲートバルブとリミッターが同時作動したように意気消沈した。これまた単純な筆者なのであった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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