ダイハツ・ミラ イースG“SA III”(FF/CVT)/スズキ・アルトX(FF/CVT)
ベーシックカーの未来のために 2017.08.09 試乗記 ダイハツとスズキのクルマづくりを具現したかのような「ダイハツ・ミラ イース」と「スズキ・アルト」。公道での比較試乗を通して両モデルのキャラクターの違いを浮き彫りにするとともに、これからの軽自動車開発のあり方について考えた。随所に見られる2年半のアドバンテージ
(前編からの続き)
アルトの衝撃から約2年半の間を置いて登場した新型ミラ イース。その時差を十分に対策に費やしたことは、内外装の仕上がりからも見てとれる。エクステリアのデザインにアルトのようなシンプリシティーの提案性はないが、プレスラインによりメリハリのあるテクスチャー感を実現している辺りなどは、多くが望む“立派さ”を追求した結果だろう。共に主力車種の骨格を共有しながら構成しているダッシュボードまわりでも、ミラ イースの側はカップホルダーを手元の一等地に置き、前席間にも実用的なトレーを設けるなど、使いやすさに対する工夫が行き届いている。内装材の仕上げ質感などからくる上質感においても、ミラ イースはアルトの一歩上を行く仕上がりだ。
前席の座り心地は背面形状や骨格の剛性感などでミラ イースの側に若干の分があるように思えるが、後席のレッグスペースや四座状態での荷室容量などではアルトの側が若干優位だ。が、そもそもこの手のクルマは2名以下の乗車が前提。後席はオケージョナルとして座面長なども完全にはしょって考えられているため、そこが雌雄を分かつことになるとは思えない。デザイン面の嗜好(しこう)を除いた静的質感の面で、ミラ イースには2年半分のアドバンテージがしっかり表れている。
そして、装備面でこの2年半の差が最も端的に表れているのがADAS(先進運転支援システム)だ。ダイハツが言うところの「スマートアシスト」は、新型ミラ イースに搭載されるものから第3世代に進化。ステレオカメラを用いて対車両や対物だけでなく歩行者も検知し、ドライバーへの警告や制動補助を50km/h以下(対車両では100km/h以下)の速度でおこなってくれるようになった。発売後1カ月の受注ベースで、約8割のユーザーが“スマアシ付き”を選んでいるということは、個人ユーザーからの支持も高いと推測できる。この点、スズキも単眼カメラとレーザーを用いた同等機能のADASをすでに「ワゴンR」に搭載しており、アルトへの搭載も急がれることになるのではないだろうか。
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快活なアルト、ゆったりと走るミラ イース
両車のパワー&ドライブトレインの性格付けは驚くほどに異なっていた。アルトの側は良くも悪くもこれまでの軽自動車の範疇(はんちゅう)にある。アクセル開度に対するスロットルの連動は初手からやや敏感で、大げさとまでは言わないまでも、いわゆる“早開き感”が全域につきまとう。CVTの応答もやや性急だが、全体でみればビジーさを強く感じないのは、低回転域からきちっとトルクを発生する反応のいいエンジンと、軽量化された車体とがこれらの設定とうまくシンクロしているからだろう。低速域では速度保持や微妙な加減速がやりやすい一方、中高速域ではどうしてもエンジンの大きなうなりとともにCVTのラバーバンドフィールが顔を出すが、それもまた軽便なコミューターらしいにぎやかさと捉えることはできなくもない。つまり軽自動車の領分をきちんとわきまえての割り切りが憎めない……というところに、アルトの走りのキモがある。
そんなアルトからミラ イースに乗り換えての第一印象は、「やけに遅いな」というものだ。といっても、数字的に大きな見劣りがあるわけではない。アクセルペダルのトラベルに線形的に比例するスロットル開度、加速時もエンジンを努めて低い回転数で粘らせるCVTのマネジメント、それらが一体となってもやっとした印象をもたらしている。つまりは限られた動力性能を普通車のようなフィーリングでゆったり使わせたい、そのために新型で得た軽さを使っているという印象だ。小さいエンジンの全力をなるべく短いリーチで引き出して元気に走らせようというアルトとは、ある意味、真逆の考え方かもしれない。
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モノコックの完成度ではスズキに一日の長がある
そして、この考え方の違いはシャシーの性格付けにも表れているように思う。アルトは多少の音・振動は軽自動車だからと割り切ってでもスイスイと向きを変える敏しょうさをしっかり立てているのに対して、ミラ イースはスタビリティー重視のハンドリングやドシッと落ち着いたライドフィールが強く意識されている。とはいえ、イニシャルのマスが圧倒的に小さいので、ハンドリングを鈍重に感じることはない。
そんなわけで、単純なライドフィールの比較でいえばミラ イースの上質感は完全にアルトのそれを上回っていたが、だからといって今回の試乗だけでミラ イースの方が優れているとは断じきれない要因も幾つかあった。まずアルトの試乗車が発売当初の個体で、すでに1.5万km近くを走っていたところにきて、装着タイヤも新車時のままだったということ。乗り心地はもちろん、特にノイズに関しては明らかに不利な状態だったはずだ。次にミラ イースの側は上位グレードと下位グレードで遮音材の配置や物量などが異なっており、今回の試乗車は上位グレードだったこと。この点がどこまでの違いとして表れるかは不明だが、取りあえず上位グレードに関していえば、ミラ イースのノイズレベルは十分褒められるところにあった。
ただし、ミラ イースのライドフィールでひとつ気になったのは、凹凸などを乗り越える際に、足はうまく動いてもボディーの側にブルッという残響感がたまりがちなことだ。この点、アルトは上屋の動きは大きくてもシャシーの側はスッキリと入力を抜いてくれる。軽量・高剛性だけではない、剛性バランスの計算という点では、スズキのモノコックの側に一日の長があるのかもしれない。
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開発を“チキンレース”にしないために
ともあれ、その乗り味の違いは僕にとっては大きな驚きだった。アルトとミラ イース、この両車に託される用途はほぼ同じなら、客筋も限りなく似たところにあるだろう。一方で対抗するモデルを作るメーカーもほかにない。半ば社会基盤を支える規格品のようなものとするならば、ここは2社の協調領域として一本化するということも考えられるのではないか。そんな未来を想定してみたりもする。
が、乗り比べることで表れるこの違いは、ユーザーにとっても明確な選択理由となり得るものだ。いわゆる「フル装備にキーレス等も加えて乗り出し100万円から」という恐ろしく厳しいコスト制約の中、デザインや装備差だけでなく、走りにおいてもここまでの差異をもたらす両社のエンジニアリングからは、ある種の執念すら感じられる。すなわち、「軽ナンバーワンの座を押さえるためにはどこのカテゴリーでも胡座(あぐら)はかけない」という類いの。こんな両社の間に立って、「まぁまぁお互いリソース分散させるのもなんだし、アルトとミラ イース、一本化しちゃわない?」とは、仮に大トヨタであっても言うのがはばかられるだろう。
つくづく、軽自動車の競争はすさまじい。結果、気の利いたバイクと大差ない価格で完全機能の自動車が手に入るわけである。日本に生まれてよかったと思うのはこんな時だ。が、ちょっと遠くに目を向ければ、日本の総需はこの先間違いなくシュリンクする。この切磋琢磨(せっさたくま)をチキンレースでなくウィンウィンとするには、相当なシナリオを練り上げていかなければならないのも、また事実だろう。
(文=渡辺敏史/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
ダイハツ・ミラ イースG“SA III”
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1500mm
ホイールベース:2455mm
車重:670kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ
トランスミッション:CVT
最高出力:49ps(36kW)/6800rpm
最大トルク:57Nm(5.8kgm)/5200rpm
タイヤ:(前)155/65R14 75S/(後)155/65R14 75S(ダンロップ・エナセーブEC300+)
燃費:34.2km/リッター(JC08モード)
価格:120万9600円/テスト車=139万0673円
オプション装備:純正ナビ装着用アップグレードパック(1万9440円) ※以下、販売店オプション ETC車載器<エントリーモデル>(1万7280円)/カーペットマット<高機能タイプ、グレー>(2万0153円)/ワイドスタンダードメモリーナビ(12万4200円)
テスト車の年式:2017年型
テスト開始時の走行距離:1415km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(6)/山岳路(0)
テスト距離:217.4km
使用燃料:10.5リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:20.7km/リッター(満タン法)/22.0km/リッター(車載燃費計計測値)
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スズキ・アルトX
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1500mm
ホイールベース:2460mm
車重:650kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ
トランスミッション:CVT
最高出力:52ps(38kW)/6500rpm
最大トルク:63Nm(6.4kgm)/4000rpm
タイヤ:(前)165/55R15 75V/(後)165/55R15 75V(ブリヂストン・エコピアEP150)
燃費:37.0km/リッター(JC08モード)
価格:113万4000円/テスト車=118万8918円
オプション装備:ボディーカラー<ピュアレッド ミディアムグレー2トーンバックドア>(1万6200円) ※以下、販売店オプション フロアマット(1万6902円)/ビルトインETC(2万1816円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:1万4238km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(5)/高速道路(5)/山岳路(0)
テスト距離:171.5km
使用燃料:8.6リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:19.9km/リッター(満タン法)/20.1km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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