第208回:昔日のクルマ王国を見て思うトーキョーの将来 大矢アキオ、捨て身の路上調査員「イギリス編」
2011.08.26 マッキナ あらモーダ!第208回:昔日のクルマ王国を見て思うトーキョーの将来大矢アキオ、捨て身の路上調査員「イギリス編」
わっ、瞬間停電だ!
先日ロンドンの地下鉄に乗って、思わず「懐かしいーッ」と叫びたくなったものがある。瞬間停電だ。ホームに入線する前、一瞬ではあるが車内の照明が消えるのである。第3軌条(給電用レール)方式を使う地下鉄は、給電用レールをホーム直前で車両の片側のものから、もう片側のものに切り替えるらしい。その瞬間に停電が起こるのだ。
昔は、東京の丸ノ内線や銀座線でも瞬間停電があった。地下鉄のない東京郊外で生まれ育ったボクは、瞬間停電に都会の香りさえ感じたものだった。車内には停電のときだけ自動的に点灯する照明が備わっていて、その“なんちゃってアールデコ”調デザインが、これまたイカしていた。
「丸ノ内線の中古車両はブエノスアイレスに輸出されて生き残っている」というニュースを読んだことがあるが、彼の地でも瞬間停電をやっているのだろうか。
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意外! ロンドンのど真ん中で多いクルマは?
さて、雑談はこれくらいにして本題である。実際に走っているクルマを数えることにより、新車販売統計ではわからないライブな路上風景を味わっていただく「捨て身の路上調査員」シリーズ、今回はイギリス編である。
最初に立ったのは、ロンドンのど真ん中・ナイツブリッジだ。あのハロッズ百貨店の近くである。時刻は19時。ちょうど夕刻のラッシュであった。一方から来るクルマを15分間数えてみた。
ノートとボールペン片手に路上をチョコチョコ見ながらチェックする姿は、欧州都市の中で最も対テロ警戒が強いロンドンではかなり怪しい。もし職務質問された場合、この企画の何が面白いのか当局に説明するのは、かなり難しいだろう。しかし目先の原稿料に目がくらんだボクは頑張った。ということで、以下が結果である。
・メルセデス・ベンツ:15台
(「Cクラス」1台、「Eクラス」3台、「Sクラス」5台、「SLK」1台、「Gクラス」1台、「Vクラス」2台、「MLクラス」2台)
・フォルクスワーゲン、フォード:各4台
・ジャガー:3台
・BMW、ヴォクスホール、ジープ、MINI、ルノー、トヨタ、ホンダ:各2台
・アウディ(A8)、レクサス、クライスラー、フィアット(500)、日産(マイクラ)、シトロエン、プジョー、ボルボ:各1台
メルセデス・ベンツが多い背景には、ロードプライシング(市内車両乗り入れ課金)制度があるのは明らかだ。経済的余裕のあるドライバーや、乗り入れる必要のある職業ドライバーが乗るクルマとなると、どうしても高級車となることが容易に想像できる。
郊外では
さて、次は郊外に移って、同様に数えてみることにした。イングランド南部ウェストサセックス州チチェスター近郊のA27号線沿いに立ち、ロンドンと同じく15分間調べてみた。時刻は午後2時頃である。
・フォルクスワーゲン:13台
・フォード、トヨタ:各9台
・ヴォクスホール:8台
・BMW:7台
・プジョー、ホンダ:各5台
・フィアット、ルノー、メルセデス・ベンツ、MINI、日産、ヒュンダイ:各4台
・シュコダ、キア:3台
・シトロエン、セアト、アルファ・ロメオ、ポルシェ:各2台
・クライスラー、ボルボ、三菱、スバル、マツダ、MG(ミジェット)、TVR:各1台
ご覧のように、フォルクスワーゲン、フォード、トヨタ、そしてヴォクスホールといった、よりポピュラーなクルマが上位を占め、ブランドのバリエーションもロンドンより増えた。いっぽうで、ロンドンでは圧倒的多数を誇ったメルセデス・ベンツは後退する。
イギリスを感じさせるもの
この首都と郊外におけるクルマの差異は、ボクの知る限りでいえばパリ、ミラノといった他の欧州都市をはるかに上まわる。この現象を、ライフスタイルの違いという観点から掘り下げるのも面白いだろう。だが、ボク自身は、「都会でも田舎でも、もはや生粋の英国ブランド車を好む人は少数派」という事実を強調したい。日本のエンスージアストが即座に思いつく英国ブランド車を見る機会は、けっして多くないのである。
そうしたなか今日もイギリスを感じさせるものといえば、ロンドンのタクシーだ。前述のナイツブリッジでの数字を見て、「おい、15分もいて、通行するクルマの量はこれだけか?」と疑問を抱く読者もいたと思う。
答えは有名なロンドンタクシーを数えていないからだ。最初はカウントしていたのだが、あまり多すぎて、追っているうち目まいがして中止したのである。
走っている乗用車の無国籍化が進む中、ロンドンのタクシーは、赤いバスとともに都市としての景観を担い、アイデンティティーを保つ役割を立派に果たしている。
将来東京も、アジア各国製をはじめ、さまざまな国のクルマが入り乱れることになるだろう。「何をバカなことを」と一笑に付する人もいるかもしれない。でも考えてみてほしい。イギリスも1950年代には世界第2位の自動車生産国だったのである。明日はわが身、と十分言えるのだ。
東京も今のうちに、もっとオリジナリティあふれる機能的なタクシーやバスを作っておかないと、アジアの諸都市と同じ風景になってしまうのではないだろうか。そんな意外な結論に達した今回の路上調査だった。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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