第568回:発生原因は“不運”にあらず!
イタリア在住者として考えた「ジェノヴァ高架橋崩落事故」
2018.08.24
マッキナ あらモーダ!
いつもの橋が消えた
日本でも報道されているとおり、イタリア北部ジェノヴァで2018年8月14日、高速道路A10号線の高架橋・通称「モランディ橋」が崩落した。確認された死者は8月19日現在で43名に達した。
筆者が初めて事故を知ったのは、発生から約40~50分(時刻には諸説あり)が経過した午後0時30分過ぎだった。
いつものように衛星テレビで日本のニュースを見たあと、チャンネルをイタリアのニュースに切り替えた。すると、にわかには信じられない光景が放映されていた。イタリアに住みはじめて以来、クルマで頻繁に通っていた橋が、崩れ落ちていたのである。
イタリア中部トスカーナに住む筆者にとって、モランディ橋は北部、特にトリノ方面へ出張に行く際、毎回通過していたポイントだ。わが家から約290km。トリノからさらに北上し、ジュネーブモーターショーにクルマで赴く際や、リヴィエラ海岸をなぞってモナコやフランスのコート・ダジュールに抜けるときもたびたび利用した。
近代的なつり橋ゆえ、運転していても印象に残る橋だった。まるで日本の首都高のごとく複雑怪奇なジェノヴァ市内区間で、いきなり眺望が開けるのは印象的だった。
同時に差し掛かるたび、往路では「あとひと頑張りすれば目的地だ」、復路では「ここまで帰ってきたか。トスカーナまでもう少しだ」と、旅程における心理的なひと区切りだったものである。
イタリア高速道路の戦後史
道路運営管理会社アウトストラーデ・ペルリタリアは事故翌日、「崩壊の原因について、信頼性に足る仮説を定めるのは現段階では不可能だ」として、責任の所在について明言を避けた。同社のチェルキアイ会長とカステッルッチ社長が正式に謝罪をしたのは、発生から4日が経過した18日のことだった。そして19日になって、ようやく同社のウェブサイトで謝罪のメッセージが確認できるようになった。
日本で自動車産業の「品質検査不正」「燃費データ不正」の際に繰り返されたように、取りあえず頭を下げて謝っておく文化のほうが正しいとは筆者は言わない。しかし、今回ばかりは対応が遅すぎて、イタリア国民の反感を買ったのは事実だ。
このアウトストラーデ・ペルリタリアという企業が設立された経緯を説明しよう。第2次大戦後の1950年、イタリア産業復興公社(IRI)は、経営危機に陥った事業や振興すべき産業を管理下に置いた。経営危機に陥っていたアルファ・ロメオも傘下に収めている。
そのIRIはアウトストラーデ(Autostrade:自動車専用道路を意味するautostradaの複数形)拡充のため、傘下にアウトストラーデ運営権建設株式会社を設立する。高速道路の所有者は国としながら、その運営管理および新規建設を担当する組織であった。日本で2005年の道路公団民営化において採用された「上下分割方式」と同じものと考えてよい。
高速の“オーナー”は、あのベネトン
日本の高速道路の場合、運営管理が民営化されたといっても形だけといってよい。例としてNEXCO東日本の企業情報に記載された株主名は、いまだ「財務大臣」1名である。いっぽうでイタリアは先に異なる道を歩んでいた。
1999年の完全民営化にともない、IRIはアウトストラーデ運営権建設株式会社の株式の大半を民間に売却。名称もアウトストラーデ株式会社に変えた。当時テレビでは「同社の株を銀行で買いましょう」といった旨のCMがしきりに放映されていた。そして銀行の窓口に行けば、株購入の手引きを記したパンフレットが置かれていたものだ。
アウトストラーデ株式会社は民営化前から、本来業務のほかに英国や米国の高速道路にも投資を開始していた。そのため2003年、同社はイタリア国内高速道路の運営管理および建設を専門で行う子会社を設立する。これこそ今回のアウトストラーデ・ペルリタリアだった。同社は現在、イタリアの高速道路網の約50%を運営・管理する。
いっぽうアウトストラーデ株式会社のほうは、のちにアトランティアへと社名を変えて現在に至っている。このアトランティアの筆頭株主はシントニアという企業で、ベネトン家の投資会社エディツィオーネが実質的に支配している。
ベネトン家とは、あのアパレルのベネトンを創業した一族である。「イタリアの高速道路はベネトンのもの」と揶揄(やゆ)されるのは、そのためだ。
話は前後するが、ベネトングループがアウストラーデへの投資を始めたのは、1999年の民営化からである。前述のエディツィオーネは、サービスエリアの食堂で知られるアウトグリルの株式も50.1%所有している。
1965年にイタリア北部トレヴィーゾの小さなニット製造業からスタートしたベネトンだが、そのカラフルな色使いで1980年代には世界的に存在感を示す企業にまで成長した。その巨万の富を運用するにあたり、次に選んだのは流行に激しく左右されるファッションではなく、安定した公共インフラだったのである。
民営化の効果乏しく
国とアウトストラーデ・ペルリタリアとの運営管理委託契約は、当初の期限である2038年から2042年へと延長されていた。2008年のことだ。だが、今回の崩落事故を受けてイタリアのジュゼッペ・コンティ首相は、その運営権剝奪を検討することを明言した。8月20日からは、国営化もしくは半官半民化に関する議論が閣僚間で始まった。
イタリアで道路民営化の効果を実感するかといえば、それは皆無ともいえる。新年に合わせた通行料の値上げは、もはや恒例といえる。イタリアのウェブサイト『アルトロコンスーモ』2018年1月5日版によると、ミラノ~トリノ線では過去3年間に19%も値上げされており、それはインフレ率の20倍に相当する。
にもかかわらず、イタリアのアウトストラーダは多くの区間で老朽化が目立つ。設備の補修に資金が投入されてこなかったのだ。テレビニュース『TG5』が同年8月14日に伝えたところによると、アウトストラーダ・ペルリタリアの管轄外も入れると、過去5年で10件も橋の崩落が記録されているという。古い橋だけではない。パレルモでは2015年、開通式からわずか10日後に崩落した橋があった。
“太陽の道”の別名をもつA1号線は日本でいえば東名・名神に相当する路線だが、その開通は1958年から1964年にかけてである。その後、拡幅工事がさまざまな区間で行われてきたものの、いまだ当時のままの部分が数多く残る。開通時の代表的大衆車「フィアット600」の最高速は100km/h。同じ道を、それ以上の平均速度が出る大型トラックが当時とは比較にならない交通量で走っているのである。劣化は進む。事実、今回崩落したモランディ橋の通行量も過去30年間で4倍になっていたという。
筆者は民営化自体は否定しない。しかし目先の資金欲しさに売却を急ぎ、経営能力のない企業に任せてしまった旧IRIの判断が今回の橋崩落に現れたといえる。
ポピュリズム政治も補修や取り壊しを減速させた。実は、今回の崩落事故が発生した橋は、以前から大規模補修の必要性が叫ばれ、2009年には解体費用も試算されていた。
そもそもジェノヴァ市街のアウトストラーダ区間は、前述のようにカーブが多く、渋滞が発生するので、モランディ橋を避けて山あいを通るバイパス建設が計画されていた。
しかし、近年急速に勢力を拡大したポピュリスト政党、五つ星運動は無駄かつ環境破壊だとして反対の立場をとった。それどころか2013年にブログで「(モランディ)橋は、100年耐えるだろう」と記していた。2018年に発足した現連立政権には五つ星運動も参加している。日本風にいえば、まさにブーメランに当たってしまったことになる。
それでも“美しい国”
崩落事故の原因調査は始まったばかりだ。首相は道路だけでなく、建物の崩壊が相次ぐ公立学校についても、9月の新学年を前に緊急点検することを指示した。
イタリアを代表する建築家レンツォ・ピアノは「“不運”で橋が崩壊することはない」と、安易な調査を今から戒める。
今後、事故の責任をめぐって当然ながら裁判が行われるであろう。ただし事故の責任がうやむやになることは十分考えられる。例として、1997年にピアチェンツァ駅で発生し、8人が死亡した高速鉄道「ペンドリーノ」の脱線事故は、鉄道関係者全員が無罪となっている。
アウトストラーデ・ペルリタリアは前述の謝罪の際、周辺道路の通行料を無料にすると同時に、8カ月以内に代わりとなる新しい鉄橋を完成させると発表した。ただしモランディ橋の交通量を処理できる橋がその工期内で完成できる可能性は、これまでさまざまな公共工事を見てきた筆者からすればかなり低い。
近年、アウトストラーデ・ペルリタリアはインターチェンジやサービスエリアに、大きな看板を設置してきた。そこに書かれたキャッチは「Sei in un paese meraviglioso」。訳せば「君は美しい国にいる」である。今回の崩落事故後、それはブラックジョーク以外の何ものでもない。それを建てる予算で、せめて国境付近の路面に空いた穴をふさいでほしかった。スイスからイタリアに戻ると、路面の荒れ方で「ああ、帰ってきたな」と実感するからだ。
事故の数日前、筆者はトスカーナ州の古都ヴォルテッラで博物館を訪れた。館内の一角に地下の遺跡を掘り起こしたままの部分があった。聞けば、身障者用エレベーターを設置しようと掘削したら発見されたものだという。それはローマ時代の道路だ。今日とは逆で、車道は一段上、歩道は一段下である。それでも両者はきちんと分割されている。さらに驚くべきことに、石を敷いたその道の起源はローマ以前のエトルリア時代にさかのぼるという。
そうした先進的な道を造っていた人々は今、雲の上で今日のイタリアを眺めながら何を考えているのだろう。
取り急ぎ日本にできるのは、現在のイタリアを教訓にして、新規建設と補修・解体の予算配分を見直すことではあるまいか。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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