第613回:政争の具になった人気急上昇中のモーターショー
大矢アキオ、「パルコ・ヴァレンティーノ」の行く末を憂う
2019.07.19
マッキナ あらモーダ!
5日間で70万人を動員していたのに……
今日では珍しく大成功中だったモーターショーが、突如開催地を変更。大混乱に――。2019年7月、イタリアを代表する自動車の都で起きた、ある騒動について記そう。
自動車イベント「第5回パルコ・ヴァレンティーノ・モーターショー」が、トリノ市で2019年6月19日から23日にかけて開催された。メイン会場には、メーカーやインポーター、地元トリノのカロッツェリアなど54ブランドが参加。期間中は70万人の来場者でにぎわった。
そのようなハッピーエンドともいえるクロージングリポートが届いてから3週間弱がたった、2019年7月11日のことだ。ショーに関するある発表が、テレビニュースのヘッドラインを埋めた。
パルコ・ヴァレンティーノのオーガナイザー、アンドレア・レヴィ氏が、「次回2020年6月の第6回から、開催地をロンバルディア州に移す」と公表したのだ。
ロンバルディア州は、トリノがあるピエモンテ州の隣に位置し、イタリア第2の都市ミラノやモンツァサーキットを擁する。ちなみにトリノ‐ミラノ間の距離は、自動車で約140kmである。
一見、単なる開催地の移転であり、同時にレヴィ氏は、過去5年間イベントに協力してくれたトリノ市に感謝の意を表した。
だが、この発表が大きな騒ぎとなってしまった。その経緯を説明しよう。
ショーの裏側で起きたドタバタ劇
パルコ・ヴァレンティーノに関しては、政党「五つ星運動」に所属する市議会議員たちが、以前から反対運動を繰り広げていた。
参考までに政党としての五つ星運動は、タレント出身のベッペ・グリッロ氏によって2009年に設立された。ブログの活用で急速に有権者の支持を拡大。2019年の総選挙で躍進し、同年6月の新内閣では連立政権に参加し、現在に至っている。
五つ星運動所属のトリノ市議会議員たちは、モーターショー会場のヴァレンティーノ公園における設営および撤去期間が1カ月近くにわたることなどを指摘。市民の憩いの場である公園のあり方に反するとして異議を唱えていた。同時に、党が掲げる環境に配慮した社会に、自動車のイベントは相いれないとも主張していた。
困ったのは、トリノ市のキアラ・アッペンディーノ市長だった。1984年生まれで2016年に当選した彼女は、モーターショーで毎回テープカットを行ったり、電気自動車に乗るパフォーマンスを見せたりと、積極的ともいえる姿勢でショーに関わってきた。
ただし、彼女も五つ星運動の出身。つまり“身内”からモーターショー反対論が噴出したわけだ。
腹心のはずだったグイド・モンタナーリ副市長の発言も火に油を注ぐ形となった。「雹(ひょう)が襲って、(モーターショーが)吹き飛んでくれればよかった」というもので、大きな議論の的となった。
名門・トリノ工科大学の教員でもあるモンタナーリ氏は後日発言を撤回したが、事態の収拾を図るべくアッペンディーノ市長は、同氏を名指しで非難した。だが、もはやショー主催者との溝は埋まらなかったようだ。
そうした状況を受けて、五つ星運動の党幹部が急きょトリノ入りするなど慌ただしい展開となった。しかし、ショー主催者からの更新続報は本稿執筆時点までない。
五輪に続く“連敗”
イタリアで大きく報道された理由は、かくも鳴り物入りで誕生したポピュリズム政党内における内部分裂だった。つまりモーターショーが政争の具になってしまったのである。
ただし、近年トリノが置かれている状況を知ると、もう少しこのニュースが読めてくる。
2019年6月24日、2026年冬季オリンピックの開催地に、ミラノ・コルティナが決定した。トリノは当初、この2都市開催案に相乗りする案があった。しかし2006年のトリノオリンピックで用いた競技施設の“負の遺産”化は、再度の立候補に懐疑論を投げかけるに十分だった。それは、アッペンディーノ市長を支持する五つ星運動の「無駄遣い阻止」の方針とも合致していたことから、トリノ市は相乗りから降りることになった。
参考までに2016年、同じく五つ星運動出身者が市長を務める首都ローマは、2024年の夏季五輪招致を断念している。
しかし、郷土愛の強いイタリア人である。実際にミラノ・コルティナ開催が決定してみると、意気消沈するトリノ市民が少なからず存在した。
モーターショー移転は、そこに追い打ちをかけるように発表された。「さらに不運なトリノ」ということで、格好のニュースソースとなってしまったのだ。筆者が知るトリノ在住イタリア人自動車雑誌関係者も、今回のショー移転に関し、「ひどい知らせだ。この議会のおかげで、トリノは次々とイベントを失っていく」と嘆く。
「この混乱の責任をとって、市長が辞職すべき」との声も一部に上がってきた。ポピュリズム政党出身で、きら星のごとく当選した市長が、支持をつなぎとめるため、どのような手を打つのか注目される。
次に、自動車イベントの観点から、このパルコ・ヴァレンティーノを考えてみよう。
「大人のモーターショー」だった
パルコ・ヴァレンティーノには「モーターショー」の名が冠されているものの、パリやデトロイトのようなOICA(国際自動車工業連合会)認定ショーではない。従来のショーとは一線を画す企画だった。
まずはメイン会場である。前述したように、パビリオンではなく市内の公園を用いている。つまり屋外だ。車両展示スペースも、出展者すべてが規格型の箱型スタンドに、1台または2台をディスプレイする形がとられている。日本円で何億円といった単位の出費を要する国際ショー出展よりも、はるかに出展者負担は少ない。
さらに会期中には、メイン会場や市内のピアッツァ(広場)を基点に、メイク別走行会などが企画され、一部は旧市街を閉鎖して行われる。2019年は「マツダMX-5」のファン走行会や、シトロエン100周年ランなどが企画され、それらを含めたスペシャルイベント企画の数は計30に達した。いわば、市内の主要エリアを巻き込んだクルマの祭典なのである。加えて、一部エリアを除いて入場無料であることも大きな特色だ。
繰り返しになるが、2019年の来場者数は5日間で70万人に達した。2017年の「東京モーターショー」が10日間で77万1200人だったことを考えると、トリノは半分の会期で、それに近い数を集めたことになる。
また、2015年に開催された第1回の来場者が30万人だったことを考えると、その2.3倍以上に成長した計算だ。そうした経緯から、当初は地元ディーラーに任せていたブランドも、メーカーやインポーターが積極的にイニシアチブをとって参加するようになっていった。
メイン会場は深夜0時まで開いている。夕涼みや犬の散歩がてら、夏のフェスタ(お祭り)感覚で、たとえクルマ好きでなくてもふらっと訪れる人が少なくない。ムードに焦点を当てて語るなら、日本の小さな町で開催される地元産業展に似た、どこかゆるい感じである。
筆者などは、かつて両親から聞いた東京・日比谷公園の1954年「第1回全日本自動車ショウ」は、こんな感じだったに違いない、と想像を巡らせた。同時に、少年時代だった1970年代末から1980年代初頭に筆者が訪れた東京・晴海の「外車ショウ」は、パルコ・ヴァレンティーノよりもはるかに簡素な規格型スタンドだった。実際、ヤナセから西武自動車まで同じ造作物にクルマを展示していた。
パルコ・ヴァレンティーノには、欧州・日本の主要ブランドのほか、イタルデザインやピニンファリーナ、そしてGFGスタイルといった地元トリノのカロッツェリアも毎年参加してきた。
彼らは3月のジュネーブショーに展示したコンセプトカーを持ってくるのが常だ。それらを、より近い距離でじっくりと見られるのがうれしい。とりわけ、人工光にあまり頼らない、自然光におけるボディーのリフレクションを確認するには、絶好のロケーションだ。時間によっては、ファブリツィオ・ジウジアーロ氏といったカーデザイン界の最前線で働く人が、半分ウィークエンドモードでやって来ることがある。
対して、OICA認定でありながらここのところ開催中止年が相次いでいる「ボローニャモーターショー」は、数々の自動車メーカーから見放された従来型ショーの末期的状態であった。同時に、仲間と一緒に訪れてコンパニオンと一緒に写真に収まりたがるイタリア版の“カメラ小僧”に占領された感があって、どうもなじめなかった。会場も郊外のメッセで殺伐としていた。
いっぽうパルコ・ヴァレンティーノは、のどかなムードながら、前述のように濃い内容であった。それが、トリノのパルコ・ヴァレンティーノ・モーターショーだった。まったくコンセプトの違う大人のモーターショーだったのだ。だからこそ筆者は今年、第1回以来5年ぶりに訪れてみたのである。
希少な成功例ゆえに
同時に、このパルコ・ヴァレンティーノを考えるとき、もうひとつの視点を忘れてはならない。
それは「トリノモーターショー」の復活版としての役割だ。出展者の減少により2000年をもって幕を閉じた同ショーだが、1960~1970年代にかけてはイタリア系ブランドやカロッツェリアが数々の新型を発表。その多くが今日まで名作として評価されている。
その復活は、当時の繁栄を知る自動車関係者にとっての悲願でもあった。記憶しているのは2010年5月にピニンファリーナが催した、自社ミュージアムの開所式でのことである。スピーチに立った来賓のひとりは、当日の趣旨から外れ、「あのトリノショーの復活を」と熱く語った。すると、たちまち大きな拍手が湧いた。
パルコ・ヴァレンティーノには、かつてのトリノショーとの直接的関連はない。しかし、協賛に地元ピエモンテ州や自動車産業関連団体が名を連ねているのは、彼らの期待ととることができよう。
2020年の開催地となったロンバルディア州の関係者は、イタリアのメディアに対して、まだパルコ・ヴァレンティーノ側から何も相談を受けていないと話している。
5年の実績で定着した「パルコ・ヴァレンティーノ」の名称を、どうするのかも気になる。フィレンツェの有名なモード見本市は、まったく違う見本市会場で開催されて久しいが、いまだ草創期にピッティ宮で開催していたのにちなんで「ピッティ」を名乗っている。そこからすれば、新しい開催地まで持っていく手もあるが。
同時に今から憂慮すべき点もある。“引っ越し”を機会により広い会場を手に入れて旧来のモーターショーのような姿を目指すのは、ボローニャの轍(てつ)を踏むことになり、失敗は目に見えている。
また、ロンバルディア州ということで、モンツァサーキットが会場? という説が早くも聞かれるが、それも問題だ。モンツァはミラノ中心部から20km以上離れており、クルマがないと不便なエリアだ。
パルコ・ヴァレンティーノは市街地で開催されてきたため、中央駅であるポルタ・ヌォーヴァ駅から徒歩15分ほどで到達できるのが魅力だった。
クルマを使わずに行けるモーターショーは理想的であり、いかに都市中心部で自家用車を少なくしていくかを模索している今日の潮流とも合致している。
パルコ・ヴァレンティーノは、オワコン感が漂う世界のモーターショーにとって、稀有(けう)な成功例だった。それだけに大切に育ててほしいものである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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