ボルボS60 T8ポールスターエンジニアード(4WD/8AT)
変わらないレシピ 2020.02.17 試乗記 2019年末に30台限定で導入されるや、発売当日に完売したという「ボルボS60 T8ポールスターエンジニアード」。専用チューニングの電動パワートレインとシャシーを備えた、ハイパフォーマンスセダンの仕上がりを試した。パワートレインの基本は全車共通
高性能ボルボとして名をはせたポールスターが、電動車専門ブランドとして独立すると発表されたのは、今から2年半以上前の2017年6月のことだ。そして、同年10月発売の2リッターで367PSを供出する「S60/V60ポールスター」のファイナルモデルをもって、純内燃機関のポールスターは終了した。
そんな“電動化宣言”以降初の同名義コンプリートカーが、このクルマだ。純粋な電気自動車(EV)ではないが、「ツインエンジン」と称するプラグインハイブリッド(PHEV)なので一種の電動車ではある。
新生ポールスターの動力システムも、その構成は標準のツインエンジンと基本的に変わりない。ただ、コンパクトな「60シリーズ」に最強の「T8」を搭載する点が、ポールスターたるゆえんのひとつである。
そのPHEVシステムをおさらいすると、主駆動輪となるフロントには2リッター4気筒過給エンジンにアシストモーターを追加、同時にリアアクスルに搭載された後輪専用モーターが必要に応じて駆動や回生をおこなう。PHEVだからEV走行も可能で、エンジンを停止してのEV走行時はリアモーターによる後輪駆動。満充電EV航続距離は、このクルマの場合だとWLTCモードで42.0kmである。
また、このポールスターや「90シリーズ」を含めて、パワートレインの基本ハードウエアが全車で共通化されているのも、ボルボのツインエンジンの特徴である。350Vリチウムイオン電池の容量は全車34Ahだし、前輪アシスト用が約46PS、後輪用が約88PSという2つのモーターなど電動部分は全車で同じものを使う。
それはエンジン=内燃機関も同様で、ボルボのPHEVは全車が2リッター4気筒にターボチャージャーとスーパーチャージャーによるツイン過給を積む。そのうえでエンジン出力(≒システム出力)に応じて「T6」と「T8」がある。よって、このクルマのパワートレインも他のボルボPHEVと基本的に共通なのだが、エンジン出力が90シリーズのT8より、さらに15PS/30N・m増強される点はポールスター専用である。
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高らかに鳴り響くV8サウンド!?
ただ、このクルマの特別性は、パワートレインよりシャシーのほうが高いかもしれない。そのシャシー性能を外観で匂わせるのは、専用19インチホイールと、金色に輝くブレンボ製のフロント6ピストンキャリパーくらい。車高も数値上は標準のS60と変わりない。
しかし、実際のシャシー構成は本格派で、スプリング(フロントがコイル、リアが横置き樹脂リーフ)を専用強化型として、名門オーリンズ製の22段階マニュアル調整式ダンパーと組み合わせている。さらにフロントストラットタワーバーも追加されるなど、シャシーチューンはエンスーなキモを網羅する。アルミのボンネットフードを開けると、パワーユニットの見た目はまったくどうということはないが、美しく鋳造された頑強なアルミタワーバーと、フロントダンパー調整ダイヤルはなんとも滋味深い光景だ。
いつものジョグダイヤルで選べる走行モードは「コンスタントAWD~四輪駆動」「ピュア~エコ運転」「ハイブリッド~日常の運転」、そして個別設定可能な「インディビジュアル~運転嗜好」までが標準と共通で、このクルマではさらに「ポールスターエンジニアード」が特別に加わる。
通常のハイブリッドモードでは、低負荷時は後輪駆動EV、エンジンがかかるとハイブリッドFF、減速時は前後モーターで回生……が基本となる。そして、本命のポールスターエンジニアードモードを選ぶと、停止中でもエンジンが回り出して、走行中はほぼ全面的に四輪駆動になる……のだが、同時にエンジン音量と音質も明らかに不穏になるのが面白い。
その不穏なポールスターサウンドはおそらくスピーカー音の追加で醸成しており、いい意味で下品なV8(っぽい)サウンドである。ポールスター専用のパドルシフトで高回転まで引っ張りあげると、まるでアメリカンチューンドのような金切り声を聴かせる。
電動パワートレインならではの走り
新しいポールスターシャシーは調整式オーリンズが大きな売りなのだが、写真にもあるようにフロントダンパーは簡単に調整可能でも、リアのそれには基本的にジャッキアップしないとアクセスできない。というわけで、今回はデフォルト設定のみの試乗とした。
システム出力420PS、0-100km/h加速4.3秒という動力性能は、暴力的速さが常態化している昨今のスポーツDセグメントでは驚くほどではない。しかも、ポールスターなモードによるフルパワー走行時は実質フルタイム4WDなので、今回のようなドライコンディションではシャシー側にほぼ完全に御しきられる。
ただ、同じ420PSでも過給内燃機関の宿命である(ごくわずかな)反応遅れすらも霧散させて、以心伝心・電光石火の加減速反応を実現せしめている点は、いかにも電動パワートレインだ。リアモーターはフルトルクでも240N・mにすぎない(?)ので、いかに振り回してもテールを振り出す動きにはならないが、かわりに四輪から路面に根が生えたような絶大なグリップ感と推進力がすさまじい。普段の感覚で「ここいらでアンダーステアが高まる……」と覚悟しつつも踏んでいくと、四輪がグッとグリップしてきれいに曲がってしまう。
車体とフットワークは硬質そのものだ。しかし、ポールスターのような電動パワートレインは減速側のレスポンスとトルクも鋭いので、アシにきっちりカツが入って、硬いながらもしやなかな快感もただよわせる。シフトレバーには通常のDレンジのほかに回生ブレーキが強まるBレンジもあり、どちらでもパドルによるマニュアル変速が可能。どのギアでもBレンジのほうが減速Gが強く、より積極的で活発なコーナリングができる。こういう制御による遊び心も電動パワートレインならではの楽しみだ。
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走りの味付けはきちんと継承
それにしても、いい意味で不穏に響くエンジン音、硬質な車体やシャシー、弱アンダーステアにしつけられた操縦性、回頭性と安定性をちょうどよく融合した4WD……など、そこかしこの仕立てに、純内燃機関時代のポールスター味との連続性をしっかり感じられたのはうれしい。電動化されても、走りのノウハウは連続して継承されているようだ。
そんなさすがのポールスターも回生制御には不慣れなのか、パッドが食いついている実感がまるでない、不自然で希薄なブレーキフィールだけは要改善だろう。絶対的なストッピングパワーは十二分で危険ではないが、ここ以外がけっこう完璧な調律だけに残念である。
今回は外部充電するチャンスもなく、また充電したところでそのEV航続距離は微々たるもの。にわかオーナーには、このクルマがPHEVである意義はまるで見いだせなかった。ただ、現在のEUが進めているヒステリックなCO2規制でも、PHEVだけは排出値の計算が有利になっている。いまどきの欧州の高性能車は、政治的にPHEVにならざるをえない側面もあるらしい。
昨2019年11月5日に30台限定で国内発売されたS60 T8ポールスターエンジアードは、その2日後にわざわざ「即日完売」のプレスリリースが出されるほどの瞬殺だった。しかし、このS60のおかわりのほか、V60と「XC60」を加えたポールスターエンジニアード3兄弟がこの夏に発売されることが、先日の「東京オートサロン2020」で発表されている。
(文=佐野弘宗/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ボルボS60 T8ポールスターエンジニアード
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4760×1850×1435mm
ホイールベース:2870mm
車重:2030kg
駆動方式:4WD
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ+スーパーチャージャー
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:8段AT
エンジン最高出力:333PS(245kW)/6000rpm
エンジン最大トルク:430N・m(43.8kgf・m)/4500rpm
フロントモーター最高出力:46PS(34kW)/2500rpm
フロントモーター最大トルク:160N・m(16.3kgf・m)/0-2500rpm
リアモーター最高出力:87PS(65kW)/7000rpm
リアモーター最大トルク:240N・m(24.5kgf・m)/0-3000rpm
システム出力:420PS
タイヤ:(前)235/40R19 96W XL/(後)235/40R19 96W XL(コンチネンタル・プレミアムコンタクト6)
燃費:13.6km/リッター(WLTCモード)
価格:919万円/テスト車=952万円
オプション装備:Bowers & Wilkinsプレミアムサウンドオーディオシステム<1100W、15スピーカー>サブウーファー付き(33万円)
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:4756km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:675.3km
使用燃料:66.1リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:10.2km/リッター(満タン法)/10.5km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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