アウディA7スポーツバック40 TDIクワトロ(4WD/7AT)
煩悩が消えていく 2020.07.06 試乗記 「アウディA7スポーツバック」に新たなエントリーグレード「40 TDIクワトロ」が追加された。豊かなトルクを供出する2リッターディーゼルターボユニットとラグジュアリーな4ドアクーペの組み合わせは、ドライバーにどんな世界を見せてくれるのだろうか。軽快でエレガント
しばらくアウディに試乗していなかったので、いろいろなことが変わっていることに戸惑った。まずは車名である。今回の試乗車はA7スポーツバック40 TDIクワトロ。この「40」という数字はパワーユニットの最高出力に由来しており、40の場合は125~150kW(170~204PS)のユニットを搭載していることを表す。2018年9月に2代目A7スポーツバックが国内で発売された際は最高出力340PSの3リッターV6エンジンを積んだ「55 TFSIクワトロ」のみの設定だったが、2020年1月に同245PSの2リッター直4ガソリンターボの「45 TFSIクワトロ」が加わった。「55」は245〜275kW(333~374PS)、「45」は169〜185kW(230~252PS)を示す。
4月になって追加されたのが、40 TDIクワトロだ。最高出力204PSの2リッター直4ディーゼルターボエンジンを搭載している。数字が一番小さいからエントリーグレードのように思えるが、車両本体価格は812万円で819万円の45 TFSIクワトロと7万円しか違わない。誤差のようなものだから、エンジンの好みで選べばいいわけだ。最高出力は数字の順番通りだが、最大トルクは40のほうが45よりも上。もちろん、WLTCモードの燃費値は40のほうがはるかに良好である。
スポーツバックと名付けられたモデルは「A3」が最初で、「A5」「A7」「A1」の順にラインナップを拡大してきた。ハッチゲートを持つ4ドアモデルで、クーペライクなスタイルを持つというところが共通の特徴である。A7のライバルとしてはメルセデス・ベンツの「CLS」が挙げられるが、独立したトランクルームを備えているから厳密には異なるジャンルだ。「プジョー508」はハッチゲートを持つ4ドアセダンだが、一回り小さいからセグメントが異なる。A7スポーツバックと真っ向から競合するクルマは見当たらないようだ。
後方に向けてルーフラインを下げていくのは、このタイプのモデルではよく見られる手法。セダンらしい重厚さから離れて、軽快さとエレガントな印象を漂わせる。長いホイールベースと低い構えが組み合わされたことで、スポーティーでありながらどこか優雅にも見えるのだ。
整理されたインターフェイス
フロントには幅広でシャープな造形のシングルフレームグリル、リアには左右が一直線につながったテールランプがあり、ワイド感を強調している。かつてアウディはデザイン面で抜きんでた存在だったが、他メーカーもキャッチアップしてきた。安穏としてはいられないと感じていたはずだが、底力を出せばいとも簡単にこのレベルを達成するのがオリジネーターの強みである。先代モデルからコンセプトを引き継いでいるのに、しっかりと未来感を打ち出してきた。
インテリアも刷新されている。「MMI」の操作方法が変更されたことで、ダッシュボードまわりの風景が大きく変わった。一番の理由は、ダイヤルがなくなったことである。2001年に「BMW 7シリーズ」が「iDrive」を採用して以来、各メーカーが似たような手法でさまざまな工夫を試みてきたが、必ずしもうまくいったとは言えない。タッチパネルによる直感的な作法が普及した今となっては、習熟を必要とするインターフェイスは役割を終えたのだろう。
上下2段のパネルに表示と操作系が集約されたことで、スイッチやボタンなどが大幅に減っている。必然的にダッシュボードとセンターコンソールはシンプルなつくりになり、静かで落ち着いた雰囲気を手に入れた。以前のアウディは、配置を工夫することでスイッチ類を空間デザインに利用していたように思う。夜間などは照明によって官能性までが演出されていた。この方法を発展させようとすればバロック化は避けられないが、見事な方針転換である。
ただ、ピアノブラックにフラットなボタンというのは、使い勝手の面ではマイナスもある。ハザードスイッチの隣にESCを解除するボタンがあるのに、指先の感覚で判別できないのはいかにも危なっかしい。リアのスポイラーを上下させるボタンは、見えにくい場所だったこともあってすぐには発見できなかった。ローソンとセブン-イレブンのお総菜パッケージをめぐって論争が行われているように、洗練と実用性のバランスは難しい課題である。
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圧倒的な静寂
無駄な装飾を排し、引き算の美学を貫く。内外装に通底している考え方である。ともすればそっけないビジネスライクなつくりになってもおかしくないが、気品と存在感を保っているのが匠(たくみ)の技だ。乗ってみた印象も、デザインと共通していた。人を驚かせる突出した性能を誇示するのではなく、地味に心地よい運転感覚を提供する。
2リッターディーゼルターボエンジンの出来のよさが、快適さの源である。なんともスムーズでジェントルな振る舞いなのだ。ガソリンエンジンと同様に、12Vのマイルドハイブリッドシステムが組み合わされている。作動条件は限られているが、最大トルク60N・mのモーターでエンジンアシストを行うことが上質な印象をもたらしているのかもしれない。7段ATも的確なアシストをしている。
十分な加速力を持っているのに、加速感には乏しい。気づかないうちにスピードが上がっているタイプだ。しかもスピード感もないから、うっかり法定速度を超えてしまわないように注意する必要がある。フル加速したつもりでも、室内は静かなまま。低回転域でどんどんシフトアップしてしまうから、エンジン音が高まることはないのだ。ドライバーのテンションも上がらず、気分は平静なままである。100km/hでは1500rpmを少し超える程度で、高速巡航時には圧倒的な静寂が室内を支配していた。外側にいるとアイドリングでも結構な大きさのガラガラ音が聞こえていたから、遮音が万全なのだろう。
静かさに良好な乗り心地が加わり、穏やかな気分は揺るぎないものとなる。ドライバーも後席の乗員も、不快な揺れや突き上げを感じることはない。高速道路上の目地段差が連続する部分でも、A7は何事もなかったかのようにスルーしてしまった。
優雅なドライビングプレジャー
加速感もスピード感も薄いのだから、スポーティーな走りとは言えない。パドルを使ってワインディングロードをそれなりのペースで走ることはできるが、高揚感を覚えることはなかった。コーナーの前で低いギアを選択しようとしても、レブリミットが低いせいで3000rpmも回っているとシフトダウンを受け付けてくれない。コーナリング時の安定性は高いから、クルマに任せておけば静かで穏やかなドライブを楽しむことができる。
少しだけ気になった点を挙げるなら、アイドリングストップからの復帰で地震のような振動に見舞われることだろう。通常のスターターモーターより大型のBAS(ベルトオルタネータースターター)を使っているというのだが、その恩恵は感じられなかった。もうひとつは、バック駐車での見切りの悪さ。ドアミラーでもバックモニターでも、隣のクルマとの距離がわかりづらかった。リアフェンダーが思いのほかグラマラスで、感覚が狂わされてしまう。地味なようでいて、ハリのある彫刻的なフォルムであることが災いしたようだ。
A7スポーツバック40 TDIクワトロは、ドライバーにスリルや興奮を与えない。大型でラグジュアリーな4ドアクーペとクリーンディーゼルエンジンの組み合わせは、威厳のある優雅なドライビングプレジャーを生み出す。気持ちの高ぶりをもたらすクルマもいいが、違うベクトルもあっていい。乗っているうちに心が澄みとおっていき、雑念が消えていくのは、これまでにない体験だった。ずっと乗り続けていれば、たどりつくのは涅槃(ねはん)の境地だろう。懐とハートに余裕のある本当の紳士は、こういうクルマを選ぶのかもしれない。
(文=鈴木真人/写真=荒川正幸/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
アウディA7スポーツバック40 TDIクワトロ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4970×1910×1415mm
ホイールベース:2925mm
車重:1900kg
駆動方式:4WD
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ディーゼル ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:204PS(150kW)/3800-4200rpm
最大トルク:400N・m(40.8kgf・m)/1750-3000rpm
タイヤ:(前)255/35R21 98Y/(後)255/35R21 98Y(ピレリPゼロ)
燃費:16.1km/リッター(WLTCモード)
価格:812万円/テスト車=1074万円
オプション装備:ドライビングパッケージ<ダイナミックオールホイールステアリング+ダンピングコントロールサスペンション>(40万円)/パワーアシストパッケージ<電動チルト・テレスコピックステアリングコラム+パワークロージングドア>(16万円)/リアコンフォートパッケージ<シートヒーター[リア]+エアクオリティーパッケージ+サンブラインド[リアドアウィンドウ]+4ゾーンデラックスオートマチックエアコンディショナー>(23万円)/パノラマサンルーフ(26万円)/アルミホイール<5Vスポークスターデザイン コントラストグレーパートリーポリッシュド8.5J×21 255/35R21>(13万円)/Sラインパッケージ<スポーツサスペンション+スポーツシート+マルチファンクションスポーツステアリングホイール+サイドアシスト+Sラインエクステリア+アルミホイール[5ツインスポークVデザイン8.5J×20]+デコラティブパネル+パルコナレザー[S lineロゴ]+マルチカラーアンビエントライティング+マトリクスLEDヘッドライト[ダイナミックターンインジケーター付き]+LEDリアコンビネーションランプ>(97万円)/Bang & Olufsenサウンドシステム<16スピーカー>(18万円)/エクステンデッドアルミニウムブラック×ブラックグラスルックコントロールパネル(5万円)/ワイヤレスチャージング(3万円)/アシスタンスパッケージ<フロントクロストラフィックアシスト+サラウンドビューカメラ+カーブストーンアシスト+リアサイドエアバッグ+アダプティブウィンドウワイパー>(14万円)/プライバシーガラス(7万円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:814km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:487.7km
使用燃料:38.9リッター(軽油)
参考燃費:12.5km/リッター(満タン法)/13.4km/リッター(車載燃費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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