第192回:32年前の外車ショウと中学生・大矢アキオ幻の企業小説
2011.05.07 マッキナ あらモーダ!第192回:32年前の外車ショウと中学生・大矢アキオ幻の企業小説
カンティーナの中から
ボク・大矢アキオ初のiPad用電子書籍「イタリア式クルマ生活術」(NRMパブリッシング)が、2011年4月29日にアップルAppストアを通じて発売された。近所のおじさんから18年落ちの「ランチア・デルタ」を手に入れたところからはじまる、イタリア人とクルマの関係をつづった痛快エッセイである。
これを機会に、清水の舞台からジャンプする覚悟で、街のパソコン屋さんにiPad2の予約に行った。しかし帰ってきたあと、Appストアの紹介ページを再度読んだら、ボクがすでに持っているiPhoneやiPod touchでもダウンロードできることが判明し、泣けた。
今回の電子書籍は2002年に光人社から刊行された同名の単行本をもとにしているが大幅な加筆・修正を行っている。あわせて、フォトエッセイとしても楽しんでいただけるよう、写真も大幅入れ替えを行った。
ぜひタッチスクリーンの画面でイタリアの横丁にたたずむクルマたち、そしてイタリアの熱き人たちの姿をたのしんでいただきたい。
その入れ替え用写真をそろえるべく、少し前にわが家のカンティーナ(物置き)を整理していたときだ。クルマが写っているとおぼしきネガを偶然発見した。よく見ると1979年、ボクが中学1年生のときに家族で訪れた外車ショウの写真だった。会場はもちろん東京・晴海である。
当時わが家にあった唯一のカメラ、かつ整備不良のキヤノン「キヤノネット」によるものだ。フラッシュも持ってなかったので劣悪だ。にもかかわらず、自分が好きなクルマばかりを一生懸命何枚も撮っているところが面白い。さらに、親が撮ってくれた自分の姿まである。いやー、見たこともない他人の子が写った年賀状を見るのも苦手だが、中学生時代の自分の姿を見るのも、かなり苦しい。
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中3の書いた企業モノ小説
そんなショーの写真を眺めていたら、ふとボクが中学3年生の頃から高校1年生にかけて書きあげた小説を思い出した。いうなればボクの処女作である。
以下にあらすじを記す。物置で発見した写真をBGMがわりにご覧いただきながら読んでいただければと思う。
主人公は、何を隠そう「大矢」という、中堅自動車メーカーの副社長である。
大矢は社内で初めてデザイナーから副社長に昇格したため、財務・管理部門をはじめ、反対勢力も多かった。そうしたなか会社は経営危機に陥り、乗用車事業から撤退して、戦前から定評あるトラック専業メーカーへと転換する案が役員会で浮上する。それは同社の筆頭株主であるアメリカの自動車メーカー「ユニバーサル・モータース」からの出向外国人役員グレアム・スミスも強く推した。
しかし大矢はイタリア人カースタイリスト、ジュリアーノにデザインを依頼して開発推進中の新型車「プラザ5ドア」に乗用車部門最後の望みを託したかった。
「プラザ5ドア」は、同じくジュリアーノによるデザインで既発売の「プラザ・クーペ」を基本にしたものであったが、これまでの日本車にない斬新なスタイルと、ウインカーからエアコンに至るまで制御できるフル音声コマンド装置を備えていた。大矢としては十分に市場で挽回(ばんかい)できる自信があった。
そうした折、大矢と同期入社で良き理解者であった社長が、経営危機に責任を感じて自殺未遂事件を起こしてしまう。彼の鶴のひと声で、リハビリ中は大矢が事実上の社長代行となったが、他の役員による、彼と「プラザ5ドア」計画に対する攻撃は日に日に強くなってゆく。
そこで大矢が考えたのは、国内市場で「プラザ5ドア」の歓迎ムードを盛り上げることだった。そのため、人気上昇中の女性自動車ジャーナリストに「プラザ5ドア」プロトタイプを独占試乗させ、イタリアから呼んだジュリアーノも同乗して、独占インタビューをさせるという企画を敢行する。
しかし企画を2人で手掛けていくうち、大矢と彼女は恋仲となり、大矢は自分の妻との間に深い溝を作る結果となる。さらに、新進の彼女への独占試乗企画は、権威ある自動車雑誌の名物編集長を激怒させてしまった。
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不幸中の幸いは、「プラザ5ドア」の前評判が、予想以上に高くなっていったことだった。そして秋、晴海の東京モーターショーで「プラザ5ドア」は公開された。一般公開日、「プラザ5ドア」は、会場の人気を独占した。クルマの周囲には、多くの来場者が人垣を作った。
大矢は、「これで乗用車部門存続は決まった」と確信した。
ところが、ふと開けた展示車のエンジンルーム内に不審なものを発見。それは時限爆弾だった。
大矢は慌ててキーを探し、「プラザ5ドア」に乗ってエンジンを始動させ、デモンストレーションを装って満員の通路を静かにかきわけながらクルマを動かした。パビリオンの外に出るのに成功すると、今度は全速力でクルマを走らせた。そして隣接する晴海ふ頭公園に着いたときだった、大矢を乗せた「プラザ5ドア」は大きな火柱を上げて炎上した。
夕方、ユニバーサル・モータースから来た出向役員スミスのオフィスに、1本の国際電話が入った。デトロイトからだった。受話器の向こうの人物はこう切り出した。「最初は一般人を巻き込む計画だったのだが……」そして薄笑いとともに、こう続けた。「しかし代わりにミスター・オーヤが消えてくれた。作戦は成功じゃないか!」
……という物語だった。
モノ書きへの小さな一歩
今となると一般社会を知らぬ“中坊”ゆえ、随所に非現実的な部分がある。だがボクが書いてから約15年後、実在の日本メーカーが本当に乗用車の自社開発・製造から撤退したときはわれながら驚いたものだった。さらに後年、本当にデザイナー出身の役員が登場したときも「あれー」と思った。
この小説、クルマ好きでない同級生にも、かなりウケた。それにはからくりがあった。「大矢」以外にも登場人物の名前として、すべてクラスメイトの実名を拝借したからだ。「社長」や役員には男子同級生の名を、大矢副社長の美人秘書や年上妻、さらに恋に落ちる女性自動車ジャーナリストには、かわいい同級生やきれいな先輩の名前を選んで散りばめるという、自分にとって誠に都合のよい設定であった。
ところでこの処女小説の“媒体”はというと、恥ずかしながら鉛筆で手書きした大学ノート(2冊)だった。どうやって読んでもらっていたかというと、ずばり教室内での「回し読み」である。タブレットPCで文書が読める今日からすると噴飯物であるが、そもそもワープロが登場するずっと前のことである。コピー機だって、いわゆる10円コピーが登場する前だ。回して読んでもらうのがもっとも安価かつ手っ取り早かったのだ。
それでも手書きノートの最後に、文芸評論家気取りで文庫本のような解説を勝手につづってくれる奴がいたことは、いい思い出である。
思えば今日の物書き稼業につながる小さな一歩だったこの大学ノート、残念ながら今どこにあるかは不明である。ボクが引っ越す過程でなくしてしまったのかもしれないし、同級生の誰かが家に持って帰ってそのままになってしまったのかもしれない。
まあ、ボクがあの世に行ってしまったあと、ひょんなところから出てくれば、これまた楽しいかも、と思っている。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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