クルマの乗り味の“味”って何だ?

2026.01.20 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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クルマの開発について「味づくり」という言葉を耳にしますが、食べ物ではないクルマの“味”って、何のことをいうのでしょうか? それを車両開発者はどう解釈して、どのようなプロセスで理想を実現するのか、教えてください。

クルマのいわゆる運動性能は、プラットフォームの諸元を決めた段階でほぼ決まります。車両開発ではそれにプラスして、“過渡的な性能”――例えば、クルマがロールしていくスピードとか、ステアリングを切ったときのハンドルの重さ。それも単なる重さではなくて、切り始めがすごく軽いのか重いのか、だんだん重くなっていくように感じられるセッティングなのか、真ん中はすごく重くして、ある程度切ってから軽くなっていくのか――そうしたことを決めていくのです。

味つけといってるのは、まさにそういうものの組み合わせをどうするのかということ。アクセル、ブレーキ、ステアリングの特性を、どのように組み合わせ、そのブランドの特徴にするかということです。そして、その役割を担うのが各社のテストドライバーです。

パッと乗って運転した際に「これはトヨタらしいね」とか「BMWらしいね」とか「ポルシェっぽいね」などと感じるところは、まさに先に述べた3つの操作系要素(アクセル、ブレーキ、ステアリング)の組み合わせでほとんど決まります。

残る要素は、例えばステアリングだったら、ステアリングホイールの形状とか太さ。それだけでも操作フィーリングは変わるし、アクセルについても、ペダルを踏んだときのエンジンの反応の仕方だけでなくアクセルペダルの反力でも変わってきます。ブレーキもしかり。そのほか、シートのつくり(=体のサポートや揺れ)も挙げられますね。

互いに関連のあるそれらを、運転しながら人間の感性で感じ取って「これはうちのクルマらしくないな」と判断すれば、「いや、ここは、ステアリングのセッティングをこう変えよう」とか、「サスペンションのスプリングとスタビライザーのセットはこうしよう」などと微調整していくのが、テストドライバーの大事な仕事なんです。

言ってしまえば、乗り味については「テストドライバー次第」なところがあります。運転しやすいかしにくいか、安全かどうかみたいな、ある範囲の走行性能は、先に述べたとおり、現代ではほぼシミュレーションで決められる。なので、テスト用の試作車も、最初からそこそこのレベルに仕上がっているのが普通です。

そのうえで「こうしたほうがトヨタ車らしい」「このほうがファミリーカーとして理想的だ」などとやっているわけですから、当然、新入社員にはとても務まらない仕事です。テストドライバーは、長いこと先輩のドライバーから、いろいろなクルマと道を前に、セッティングの最適解を教えられてきます。経験したものが体に染みついて、それを代々受け継いでいる。そんな職人みたいなドライバーが各自動車メーカーにいて、彼らが各社の“味”と呼ばれている特徴を出していく。

その味について、社内でいろいろ話し合って、「少しずつ変えていこう」という会社もあるし、「いやいや、昔からずっとうちはこうなんだ」みたいに頑固にいくところもある。もっとも、現実的には各社の“らしさ”は、どんどん狭まっていて、今では大きな差はないといえるでしょう。

一方、味の話は歴史のあるメーカーならではという面があります。例えば、EVを主力とする新興メーカーのBYD。そのクルマは、どれも非常に優れた製品ではありますが、まだそういう“BYDらしさ”みたいなものを表現しようと努力してる最中というか、そういうことができるレベルのテストドライバーがいないのではないかという印象を強く受けます。アクセル、ブレーキ、ステアリングほかいろんなものの味つけの組み合わせのバランスが、われわれの常識からすると、ちょっと妙なのです。

なにかが一貫していないというか、コンピューターのシミュレーションで仕上げて「はい、できました!」で終わっているような。なにをBYDらしさとしようとしているのかが伝わってこない。

30年、いや20年前くらい前までは、今シミュレーションでできてしまうところまで、テストドライバーがもっていくのが常でした。命を張ってというと大げさですが、ちょっと危ない目にも遭いながら熟成していって、まず「これで発売しても大丈夫だ」という安全性を確保していた。それが、だんだんシミュレーション技術が上がり、クルマの試作車のつくり方もうまくなって、ポンと高いレベルで出せるようになったら、そのあとは前述のとおり、本当に細かい操作系の組み合わせとか、サスペンションのロールの仕方みたいなところを各社の名テストドライバーみたいな人がつくっていくことになる。で、社内でも「確かにあいつがチューニングしたクルマは、なんかいい感じがするなあ」と言われるものができてきて、「じゃあうちはこれでいこう」と定まるわけです。

そうした人物としてトヨタでよく知られるのは故・成瀬 弘(ひろむ)さんですが、車両開発で付き合いのあったBMWにもそういう名人がいました。それは社内のテストドライバーを育てていくトップドライバーみたいな人物で、やはり、そういうBMWの味わいを伝えていく後任となる新しいドライバーを育てるのは大変難しいと言ってましたね。まず、その素質がある人間を選ぶのが困難だと。それで、何人かの新入りのなかで、「おお、コイツなら!」という人間を見つけては、何年もかけて彼にそういう感覚を打ち込んでいくんだ、などと教えてくれました。ああ、BMWもトヨタと同じなんだなあと感じ入ったのを、今でも覚えています。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。