最高熱効率50%! 電動化全盛のなかで日産があえてエンジン技術を磨くワケ
2021.03.17 デイリーコラム高効率状態に固定して運用
まず、最高熱効率50%を可能にした技術をおさらいしてみよう。今回日産が開発したのは、「STARC(Strong Tumble and Appropriately stretched Robust ignition Channel)」と呼ぶ燃焼コンセプトだ。同コンセプトは、シリンダー内に入った空気のタンブル(縦渦)を強化することに加え、プラグでの点火エネルギーを高めることで、薄い混合気を高い圧縮比で燃焼させることによって熱効率を向上させるというものだ。
この考え方自体はユニークなものではない。現代のエンジンの多くはポンピングロス(吸気損失)を減らすために大量EGR(排ガス再循環)を実施している。排ガスが多く混ざった混合気は希釈(薄く)されているため点火しにくく、また点火しても燃え広がりにくい。この燃えにくい混合気を素早く燃焼させるため、多くのエンジンでタンブルを強化し、点火エネルギーを上げている。しかし従来エンジンの場合、運転条件により変化する出力要求に対応するため、エンジンの中の混合気の流動状態も絶えず変化する。このため、常に最適な状態で燃焼させるのは難しい。
これに対して今回開発した技術は、エンジンを発電専用に使う「e-POWER」と組み合わせることで、エンジンを効率の高い条件に限定して運転することにより可能になった。例えば従来は、低負荷領域でスロットルバルブを閉じ気味にするためポンピングロスが大きくなり、熱効率が大きく低下していた。エンジンを発電専用として固定した条件で運転することができれば、こうした熱効率の低い条件で運転することがなくなり、常に燃焼効率の高い条件で運転することが可能になるため燃費が向上する。
従来の熱効率を大幅に上回る
今回の発表では、大量EGRを実施する場合で43%、さらに空燃比が理論空燃比(14.7)の2倍以上の希薄燃焼をする場合で46%という高い熱効率を、実験用多気筒エンジンで実証した。さらに、e-POWERに組み合わせる電池のエネルギー密度や出力密度が向上すれば、エンジンを完全に固定した条件で運転できるようになり、高負荷を考慮する必要がないのでコンロッドやクランクシャフト、ピストンリングなどもその条件に最適化して摩擦を減らせるほか、循環させる冷却水もその条件に最適化できるので冷却損失も減る。これに、廃熱を利用して発電する技術を組み合わせることで、熱効率50%が実現できることを確認したという。現在市販されているエンジンは最高でも41%程度なので、これを大幅に上回る数値だ。
最高熱効率の数字以上に意味があるのは、定点運転とすることで“常に”高い効率でエンジンを運転できることだ。というのも通常のエンジン車では広い運転領域をカバーするため、最高熱効率の条件で常に運転できるとは限らないからだ。これに対しe-POWERと組み合わせた発電専用エンジンなら、常に最高効率の条件で運転できる。つまり、実用上の効率は、最高熱効率の数字以上の差になって表れるということだ。
ただし、世界の完成車メーカーの中には英国のジャガーやスウェーデンのボルボのように向こう10年足らずですべての車種をEV(電気自動車)にすると表明するところもある。こうしたなかで、エンジン効率を磨き続けることに意味はあるのだろうか。
![]() |
EVと同等の環境負荷
日産も、2030年代のなるべく早い時期に、主要市場に投入する新型車をすべて電動車両とする目標を掲げている。その柱となるのはEVだけでなくe-POWERとの2本柱だ。確かにEVは排ガスを出さないという点では理想的だが、まだ世界には日本をはじめ火力発電を主力とする国は多く、そういった国では燃料の採掘から廃車までを考慮したLCA(Life Cycle Assesment)で、EVは必ずしも最適の解ではない。再生可能エネルギーの比率が拡大し、また充電インフラが普及するまでにはまだ時間がかかることを考えると、エンジンの効率を究極まで高めることは、当面の環境対策として意味があると日産は判断した。
日産によれば、エンジン効率を50%まで高めると、現在の日本の発電状況を考えればEVとe-POWER搭載車の環境負荷はLCAを考慮するとほぼ同等になるという。確かに今後、中国や欧州ではEVの急速な普及が見込まれるが、それ以外の地域では、当面エンジン車が主流の時代が続くとみられる。それにEVの普及に熱心な中国でさえ、2035年にEVとハイブリッド車(HEV)の比率をほぼ半々にすることを目標として掲げる。ジャガーやボルボのような高級車メーカーはEVに絞り込むことも可能だろうが、日産のように、幅広い車種を展開するメーカーは、多くのユーザーの要求にこたえなければならない。あえてエンジンを磨き続けるという日産の判断は、現実の世界を見据え、何が最適解なのかを熟考したものだといえるだろう。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/編集=藤沢 勝)
![]() |

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
-
いでよ新型「三菱パジェロ」! 期待高まる5代目の実像に迫る 2025.10.6 NHKなどの一部報道によれば、三菱自動車は2026年12月に新型「パジェロ」を出すという。うわさがうわさでなくなりつつある今、どんなクルマになると予想できるか? 三菱、そしてパジェロに詳しい工藤貴宏が熱く語る。
-
「eビターラ」の発表会で技術統括を直撃! スズキが考えるSDVの機能と未来 2025.10.3 スズキ初の量産電気自動車で、SDVの第1号でもある「eビターラ」がいよいよ登場。彼らは、アフォーダブルで「ちょうどいい」ことを是とする「SDVライト」で、どんな機能を実現しようとしているのか? 発表会の会場で、加藤勝弘技術統括に話を聞いた。
-
フォルクスワーゲンが電気自動車の命名ルールを変更 「ID. 2all」が「ID.ポロ」となる理由 2025.10.2 フォルクスワーゲンが電気自動車(BEV)のニューモデル「ID. 2all」を日本に導入し、その際の車名を「ID.ポロ」に改めると正式にアナウンスした。BEVの車名変更に至った背景と、今後日本に導入されるであろうモデルを予想する。
-
18年の「日産GT-R」はまだひよっこ!? ご長寿のスポーツカーを考える 2025.10.1 2025年夏に最後の一台が工場出荷された「日産GT-R」。モデルライフが18年と聞くと驚くが、実はスポーツカーの世界にはにわかには信じられないほどご長寿のモデルが多数存在している。それらを紹介するとともに、長寿になった理由を検証する。
-
なぜ伝統の名を使うのか? フェラーリの新たな「テスタロッサ」に思うこと 2025.9.29 フェラーリはなぜ、新型のプラグインハイブリッドモデルに、伝説的かつ伝統的な「テスタロッサ」の名前を与えたのか。その背景を、今昔の跳ね馬に詳しいモータージャーナリスト西川 淳が語る。
-
NEW
EV専用のプラットフォームは内燃機関車のものとどう違う?
2025.10.7あの多田哲哉のクルマQ&A多くの電気自動車にはエンジン搭載車とは異なるプラットフォームが用いられているが、設計上の最大の違いはどこにあるのか? トヨタでさまざまな車両の開発を取りまとめてきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ(FR/8AT)【試乗記】
2025.10.7試乗記アストンマーティンが世に問うた、V12エンジンを搭載したグランドツアラー/スポーツカー「ヴァンキッシュ」。クルマを取り巻く環境が厳しくなるなかにあってなお、美と走りを追求したフラッグシップクーペが至った高みを垣間見た。 -
NEW
「マツダ スピリット レーシング・ロードスター12R」発表イベントの会場から
2025.10.6画像・写真マツダは2025年10月4日、「MAZDA FAN FESTA 2025 at FUJI SPEEDWAY」において、限定車「マツダ スピリット レーシング・ロードスター」と「マツダ スピリット レーシング・ロードスター12R」を正式発表した。同イベントに展示された車両を写真で紹介する。 -
第320回:脳内デートカー
2025.10.6カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。中高年カーマニアを中心になにかと話題の新型「ホンダ・プレリュード」に初試乗。ハイブリッドのスポーツクーペなんて、今どき誰が欲しがるのかと疑問であったが、令和に復活した元祖デートカーの印象やいかに。 -
いでよ新型「三菱パジェロ」! 期待高まる5代目の実像に迫る
2025.10.6デイリーコラムNHKなどの一部報道によれば、三菱自動車は2026年12月に新型「パジェロ」を出すという。うわさがうわさでなくなりつつある今、どんなクルマになると予想できるか? 三菱、そしてパジェロに詳しい工藤貴宏が熱く語る。 -
ルノー・カングー(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.6試乗記「ルノー・カングー」のマイナーチェンジモデルが日本に上陸。最も象徴的なのはラインナップの整理によって無塗装の黒いバンパーが選べなくなったことだ。これを喪失とみるか、あるいは洗練とみるか。カングーの立ち位置も時代とともに移り変わっていく。