ホンダS660モデューロX バージョンZ(MR/6MT)
最後を飾るにふさわしい 2021.03.27 試乗記 ファンに惜しまれながらも、モデルライフの終了が決定した「ホンダS660」。最後のコンプリートカーとなる「モデューロX バージョンZ」の仕上がりは? ベース車両とサーキットで乗り比べ、その走りをチェックした。別れは早まる……かも
ホンダS660を新車で購入したい読者の方々に、この記事は間に合うのだろうか!? そんな心配を本気でしなければならないほど、「軽ミドシップ生産中止」のニュースを受けての“駆け込み需要”は大きい。
2021年3月12日、「S660」「S660モデューロX」ともに「2022年3月をもって生産を終了することになりました」と正式に発表された。「なんだ、まだ1年も猶予があるじゃん」とノンビリ構えているアナタ! 勘違いしていませんか!? 2022年3月までに注文を入れれば大丈夫、と。
違います。実際には、2022年3月に生産ラインが閉じられるので、それ以降、S660をつくることは物理的にできない。生産できる絶対数には限りがある。つまり、受注台数がその数字に達した時点で、もう新車を購入したいと思っても、販売店で「完売しました」と断られることになる。なにはともあれ、S660を本気で手に入れようとしている方は、早々に最寄りのホンダカーズに行くことをおすすめします(※このコンテンツは、広告ではありません)。
さて、「さよなら、ホンダ・マイクロスポーツ」のニュースとともにリリースされたのが、メモリアルモデルたるS660モデューロX バージョンZである。希少なオープンスポーツの掉尾(ちょうび)を飾る特別仕様車に、千葉県の袖ヶ浦フォレストレースウェイで試乗することができた。
オートマなしのマニア向け
「われわれも驚いているんですよ」と、どこかうれしそうにホンダアクセスのスタッフが教えてくれた。生産中止が発表された3月12日から17日までのわずか6日間で、S660は550台の受注を得て、うち400台ほどがモデューロX バージョンZだったという! 瞬間風速とはいえ、7割ものお客さまが最後の特別仕様車を求めたことになる。「『もうバージョンZしか買えない』と誤解している人が多いのかもしれませんね」と、webCGスタッフ。
念のため確認しておくと、S660には、ベーシックグレードの「β」(6MT、CVTとも203万1700円)と、凝った内装素材や装備をおごった「α」(同じく232万1000円)、そしてホンダの純正用品を手がけるホンダアクセスが後者をベースにマルっと仕上げたモデューロX(同じく304万2600円)がラインナップされる。ちなみに、モデューロXは、αやβ、同じくミドシップの軽トラック「ホンダ・アクティ」と一緒に、ホンダオートボディー(旧・八千代工業四日市製作所)の生産ラインでつくられる、文字通りのコンプリートカーだ。
315万0400円のバージョンZは、「ソニックグレー・パール」というスペシャルカラーをはじめ、内外各部に独自のカラーや加飾を施したモデューロXの特別仕様車という位置づけである。ただしバージョンZにCVTは設定されず、ギアボックスは3ペダル式の6段MTのみとなる。うーん、硬派。
いずれも、660cc直列3気筒ターボ(最高出力64PS、最大トルク104N・m)のアウトプットやトランスミッション、前165/55R15、後195/45R16のタイヤサイズは変わらない。ただし、モデューロXの足まわりはスプリングが強化され、5段階の減衰力調整機能付きダンパーが装着される。空力とサスペンションのさらなる洗練が、モデューロXのアピールポイントだ。
ベテランにこそピッタリ?
スタッフの方のお話で興味深かったのが、購入者の年齢層である。S660全体では40~50代がメインだが、バージョンZでは一段上がって50~60代になるという。300万円超えの軽自動車、しかも趣味グルマとなったら「懐に余裕がある年代の人しか手を出せないよね」と斜に構えることもできるけれど、“アラ還”の声が聞こえる50代としては、なんだか納得できる調査結果だ。
ちょっと大げさな言い方をすると、「人生最後のクルマ」としてS660の最終型を選ぶ人がけっこういるのではないか。子どもたちが手を離れて久しく、高級車・高性能車もひととおり経験して、これから収入が増えるあてもない。
となると、サイズ的にも維持費の面からも手ごろで、性能を持て余さない。乗って楽しい。そんなS660は、かっこうの選択肢となろう。まだまだ枯れたイメージを持たれたくないヤング・アット・ハートなクルマ好きの人たちが、生産終了の報を聞いてあわてて貯金を切り崩している姿が、うらやましさとともに脳裏に浮かんでくる。
実際、S660モデューロX バージョンZの実車を前にすると、「ストイックさと非日常性を重視してセレクトした」という専用ボディーカラーが意外とシックで、年配のドライバーも無理なく乗れそう。すでに「シビックハッチバック」に使用されている色で、小柄なS660にもよく似合う。一方、脱着式のソフトトップやインテリアに使われる「赤」はずいぶんと派手だが、これはこれで気持ちが若やいでいい。還暦祝いにもピッタリだ。
ベース車のよさが光る
袖ヶ浦フォレストレースウェイをホンダのミドシップスポーツで走る。「S660の楽しさを存分に味わっていただくため、散水車でウエット路面をつくりました」という開発者の人の言葉を思い出し、「ミドシップなのに大丈夫かしらん?」とやや慎重にタイトコーナーに飛び込むと、オオッ! キレイに4輪がスライドしてドライバーを喜ばせる。スロットルコントロールもしやすい。
「これは大したもんだ」とすっかりいい気分になるが、しかし最初の試乗車はノーマルのαなのである。「ベースの出来がこれだけいいと、さらなるチューンは難しかろう」と余計な心配をしながらコースの偵察を終え、次にホンダアクセスの純正用品を組み込んだS660に乗せてもらう。
少々まぎらわしいのだが、コンプリートカーであるモデューロXとは別に、ホンダアクセスからは、S660用の純正アクセサリーが個別にリリースされている。空力処理を施したフロントフェイスキット、リアロアバンパー、速度に応じて昇降するアクティブスポイラー、足まわりの強化用に、アルミホイール、スポーツブレーキパッド、ドリルドローター、そしてスポーツサスペンションキットなどがカタログに載る。
スポーツサスはスプリング、ダンピングレートとも上げられ、カーブでは4輪の踏ん張りが頼もしい。コーナリング時の安定感がグッと増すので、スポーツ走行を楽しむだけでなく、柄にもなく「タイムを縮めてやろうか」との野心が湧いてくる。クルマを手の内に入れられているかの、リニアなハンドリングが好ましい。
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ある意味リーズナブル
後からスペシャルパーツを組んだ「純正用品装着車」とコンプリートモデルたるモデューロXとの違いは、後者のフロントフェイスの空力性能がブラッシュアップされ、それに合わせてリアのアクティブスポイラーにガーニーフラップが付けられたこと。サスペンションのスプリングは共通だが、前述の通りショックアブソーバーが5段階調整式に変えられた。おもしろいのは、最強の「5」が純正用品のスポーツサスと同等のダンピングで、より穏やかな方向に加減できるところ。締まった乗り心地はそのままに、好みのロール感を得られるわけだ。通常のモデューロXとモデューロX バージョンZの間に機能上の違いはない。
いささかセンサーの性能に不足があるドライバー(←ワタシです)では、先の純正用品装着車と比較しての、モデューロXのエアロダイナミクス向上はよくわからなかったが、次第に路面が乾いてきたこともあって、最もエキサイティングな時間を持つことができた。技量なりに、マイクロスポーツの性能を引き出せる。文句なく、素晴らしいハンドリングマシンだ。コンプリートモデルの微妙にイカつくなった顔つきはだてではない。
S660のようなスポーツモデルは、ノーマルに少しずつ手を加えてその変化を楽しむのも大いにアリだが、人生の残り時間が切実に感じられる年ごろになったクルマ好き(含む自分)にとっては、最初からコンプリートカーを手に入れたほうが経済的かつ合理的といえるかもしれない。
S660の先輩にあたる「ホンダ・ビート」は、2021年がデビュー30周年にあたる。6年間で3万台余が生産され、いまだ6割ほどが残っているという。くしくも、S660の総販売台数も3万台プラス。残存率も高そうだ。いまから30年後に、ソニックグレー・パールにペイントされたS660のシフトレバーを繰りながら、「昔はマニュアルで運転するのが当たり前だったんだよ」などと言って笑いたいものです。
(文=青木禎之/写真=山本佳吾/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
ホンダS660モデューロX バージョンZ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1180mm
ホイールベース:2285mm
車重:830kg
駆動方式:MR
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:64PS(47kW)/6000rpm
最大トルク:104N・m(10.6kgf・m)/2600rpm
タイヤ:(前)165/55R15 75V/(後)195/45R16 80W(ヨコハマ・アドバンネオバAD08R)
燃費:21.2km/リッター(JC08モード)
価格:315万0400円/テスト車=336万8200円
オプション装備:なし ※以下、販売店オプション S660専用スカイサウンドインターナビ<VXU-192SSi>(21万7800円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:1053km
テスト形態:トラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:--km/リッター

青木 禎之
15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。
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