第234回:エキゾチック・トーキョーを駆け抜けろ!
『唐人街探偵 東京MISSION』
2021.07.09
読んでますカー、観てますカー
スクリーンに映えるニッポン
東京を舞台にした外国製作のアクション映画。それだけで期待してしまう。いったいどんなトーキョーを見せてくれるのか、ワクワクするのだ。『唐人街探偵 東京MISSION』は、中国製作の大ヒットシリーズ第3弾。本国では春節の2月に公開され、4日間で興行収入30億元(約490億円)という新記録を樹立した。ただ、前2作は日本未公開である。東京が舞台になり日本人俳優も多数出演するので、日本でも客を呼べると判断したのだろう。
外国人監督にとって、日本はスクリーン映えするロケ地なのだ。古くは1989年の『ブラック・レイン』があり、2013年には『47RONIN』『ウルヴァリン:SAMURAI』という珍作が相次いで公開されている。今年の正月映画『燃えよデブゴン TOKYO MISSION』では、肉襦袢(じゅばん)をまとったドニー・イェンが歌舞伎町で大暴れ。監督の谷垣健治は日本人だが、香港で多くの作品に関わっている。大規模なセットで作られたのは、香港風味の強い新宿だった。『ジョン・ウィック』の次回作も、日本で撮影されることが決まったようである。
この映画にも、外国に自慢したいエキゾチックなニッポンがふんだんに現れる。中国から2人の探偵タン・レン(ワン・バオチャン)とチン・フォン(リウ・ハオラン)が飛行機で到着すると、待っていたのは花柄シャツに花柄ロングコート、花柄の靴というド派手な和テイストファッションに身を包んだ日本の探偵・野田 昊。妻夫木聡がノリノリで演じている。
あいさつを交わす間もなく、ただの旅行者や職員に見えた人たちが襲いかかってきた。キャビンアテンダントたちも、2組に分かれて大乱闘。
「ニッポンは無法地帯、トーキョーは危険にあふれている!」
世界が期待しているのはわびさびなどではなく、ファンキーでポップなニッポンなのだ。
2階建てバスで観光案内
空港を出て電車に乗り込むと、中にいたのはタイの探偵ジャック・ジャー。演じているのは『マッハ!』のトニー・ジャーである。もちろんムエタイの達人だから、仕込んでおいた用心棒は簡単に蹴散らされてしまう。2階建てバスに乗り換え、新宿から原宿、東京タワーへ。観光案内を簡潔に済ませてしまった。街は極彩色に輝き、祝祭的雰囲気がみなぎっている。
到着したのは横浜中華街。地理的な整合性なんて気にしてはいけない。『パシフィック・リム:アップライジング』では銀座の隣に高円寺があり、三鷹あたりが富士山の麓になっていた。このぐらいは許容範囲だ。彼らは待ち合わせ場所の銭湯に入る。入り口ではセクシー和服の橋本マナミに迎えられ、浴場に入るとクリカラモンモンの極道の群れ。奥で待っていたのは依頼人の渡辺 勝だ。殺人事件の容疑者になっており、疑いを晴らしてほしいという。三浦友和が貫禄たっぷりに演じている。かつての二枚目俳優は、いつの間にか悪い顔の役が似合うようになった。
事件を捜査しているのは、田中警視正。演じるのは浅野忠信で、すっかり国際俳優である。2011年に『マイティ・ソー』のホーガン役でハリウッドデビューし、『バトルシップ』や『ミッドウェイ』では軍人を演じた。公開中の『モータルコンバット』では、守護神ライデンという重要な役である。神様だからずっと目から光を発していて、誰なのかさっぱりわからないが。
密室殺人の謎を解くというのがストーリーの軸となるが、そこはあまり大切ではない。外国人が見たい魅力的なニッポンを描き出すことが主眼である。路上にむき出しで設置されているATMに群がって大金を引き出す人々は、まるでバブル時代からワープしてきたようだ。女子高生やメイドが街を練り歩き、剣士やスモウレスラーも登場する。ドンキでコスプレの衣装を調達し、繰り出すのは秋葉原。ロボットレストランの山車(だし)らしきマシンを引き連れたパレードに参加する。
セットで撮影した超有名交差点
そして、世界で一番有名な横断歩道を忘れてはいけない。渋谷のスクランブル交差点で重要なシーンが撮影される。本物を使うのは不可能なので、足利に大規模なセットを作った。映画『サイレント・トーキョー』、Netflixドラマ『今際の国のアリス』と共同で設営したという。そういえば『ワイルド・スピード TOKYO DRIFT』でもハリウッドにセットを組み、スクランブル交差点の真ん中でドリフトをキメていた。
日本では公道での撮影には厳しい規制があり、この映画でも本格的なカーチェイスはない。初代「ワゴンR」が登場するものの見せ場はなかった。「トヨタ・ソルーナ」が激走したのはタイのバンコクで、日本では「トヨタ・クラウン」がトラックに側面から突っ込まれるシーンが精いっぱい。「ランボルギーニ・ウラカン」や「フェラーリ458スパイダー」を並べて乱闘する場面はあったが、走行シーンはなし。その程度でも東京で許可を得るのは難しかったようで、神戸のルイ・ヴィトン前で撮影されていた。
しかし、実は海外で大人気になったクルマが冒頭に登場している。ジャック・ジャーに追われた3人の探偵は、「マリカー」に乗ってトーキョーの街を疾走する。いや、今では「ストリートカート」と呼ばなければならない。知的財産権侵害で訴えられ、2020年1月に5000万円の支払いを命じる判決が出た。現在でもほそぼそと営業しているようだが、コロナ禍で主要客の外国人が入ってこないのだからどうにもならない。
この映画は2019年7月29日からの約2週間を描いている。新型コロナなんて、誰も予想していなかった頃だ。インバウンドで浮かれていたニッポンである。日本語と中国語、タイ語、英語が乱れ飛ぶ国際色豊かな東京は、多幸感にあふれている。懐かしいし、いつか取り戻さなければいけない景色だ。今は多国籍探偵の活躍を見て、カラフルで景気のいいニッポンを幻視するとしよう。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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