第724回:「シトロエン・メアリ」の価格が高騰中! 人は危なっかしくてチープなレジャーカーに何を夢見るのか?
2021.09.23 マッキナ あらモーダ!突然の黄色い樹脂パネル
今回は、ヨーロッパで意外な絶版モデルが急騰しているというお話である。
本欄第721回で「ルノー4」のバンパーを解説してくれたイタリア・シエナ県の古いルノー&シトロエン用パーツ専門店、デ・マルコ・パーツでのことである。
店主のマッシモ氏によると、昨今はいわゆる巣ごもりでレストアをたしなむ人が増えたため、パーツの注文が好調という。「日本も含め31の国・地域に発送したよ」と胸を張る。そうした好業績を背景に、空き倉庫だった隣の棟にまで店舗面積を広げた。
その新規拡張部分に、目にも鮮やかな黄色いプラスチック製ボディーが、まだ組み立てられぬまま置かれている。シトロエンにおける往年のレジャーカー、「メアリ」のものだ。
ここでおさらいしておこう。メアリは、同じシトロエンの「2CV」「ディーアーヌ」の機構に、チューブラーフレーム+ABS樹脂のボディーをかぶせている。1968年5月16日の発表会は、第2次大戦前に創業者アンドレ・シトロエンが愛したドーヴィルのカントリークラブを舞台に行われた。
量産車をベースとしたオープンのレジャーカーとしては、「フィアット500」をベースにイタリアのカロッツェリア・ギアが製作した「500ジョリー」やオリジナルMiniを基に生産された「Miniモーク」といった前例があった。しかし、ベース車両の雰囲気をまったく残さぬプラスチック製ボディーパネルのメアリは、そのユニークな外観から、南仏コート・ダジュールをはじめとした地中海沿岸地域で独特の市場を形成した。
「ルノー・ロデオ」(1970年)は明らかにメアリに触発されたものである。同じく「バモスホンダ」(1970年)もメアリなくしてはなかった発想であろう。
1979年にはパートタイム4輪駆動仕様の「4×4」も追加され、メアリは1987年までつくられた。
その後の1998年、シトロエンから許可を得た南フランスのシトロエン代理店がボディーを含めたリビルドパーツ全般の生産・販売を開始して現在に至っている。
新品を作るという選択
筆者は以前から、そうしたリビルドパーツを集めれば、まったく“新品”のメアリを一台つくれてしまうことを、パリのヒストリックカー見本市「レトロモビル」で愛好会から聞いて知っていた。
マッシモ氏のもとにあるボディーも、そのような用途に使われるのかと聞けば、それに近いものだった。
「お客さんは、シャシーとボディーすべてを購入したんだ。残りはエンジンを待つだけだよ」
なぜ、そうした限りなく新品に近いメアリをつくるのがはやっているのか? その理由をマッシモ氏は以下のように話す。
「数年前までは、状態がいいオリジナルのメアリが5000~6000ユーロが買えた。ところが、今日では1万ユーロ超だ。まずまずの個体でも8000ユーロ以下はほぼないよ。上手にレストアされた車両になると1万2000~1万3000ユーロ以上が当たり前だ」
そう聞いて欧州全域をカバーする中古車検索サイト『オートスカウト24』で調べてみた。中心価格帯は1万2000~1万3000ユーロ。ある状態良好・低走行距離のメアリには、2万ユーロのプライスタグが付けられているではないか。円換算で約258万円だ。
そうかと思えば、ベルギーから個人出品されている1980年式「4×4」の値づけは、なんと4万3500ユーロ(約560万円)である(2021年9月に参照)。日本における新車の「メルセデス・ベンツGLB180」と、ほぼ同価格だ。
手元に残っていたフランスの自動車誌『ヤングタイマー』2020年10月号の車種別相場表で、4×4仕様は3万ユーロ(386万円)であるから、暴騰している。
そうした高価なメアリの多くはレストア済みである。ただし南仏やイタリアの島しょ部で生き残っているオリジナルのメアリを見れば分かるが、かつてのチャームポイントであった樹脂製パーツはひびや割れなど劣化が激しい。ホロもガムテープなどで補修してあって、痛々しいものが多い。外観だけでもこれだから、機構部分の劣化は容易に想像できる。
参考までにボディーパネル一式は3000ユーロ前後で、チューブラーフレームは2000ユーロ前後で、シャシーは約1000ユーロで手に入る。
ゆえに可能な限り新品パーツを使ってメアリをつくってしまえば、より安心して楽しめるというわけだ。
「ピエモンテやトレンティーノといった北部地方まで、レストアの相談で出張するよ」とマッシモ氏は証言する。
裸になれるなら
次に、なぜここまでメアリ人気が盛り上がるのかを考えてみる。
第1は、2016年に発売された電気自動車「シトロエンEメアリ」の影響である。その生産は早くも2019年に終了したものの、シトロエンがプロモーションにおいてたびたびオリジナルのメアリを引き合いに出したことで、いわば寝た子を起こしてしまったのである。
第2は、そのプリミティブな構成だろう。「それなら、シトロエン2CVでもルノー4でもよかろう」という意見もある。しかし、メアリはオープンボディーである。実際に個人でレストアするには、それなりの技量を要する。だが、視覚的に部品が明らかに少ないことから、どこか『大人の科学』シリーズのように、パーツを買って簡単に組み立てられそうな感じがするのである。それは、複雑化・ブラックボックス化してしまった今日の自動車からは、決して漂わない雰囲気だ。
第3は真の開放感である。メアリの乗員は上半身の大半がさらされる。風を感じて走る喜びは、いつの時代にも存在する。安全性を確保しなければならない今日、そうした歓喜をもたらすクルマはほぼ失われてしまった。
「開放感」をキーワードにするなら、筆者はフランスにおけるヌーディズムの隆盛とも一致すると考える。メアリが登場する4年前、1964年公開のフランス映画で、名コメディアンのルイ・ドゥ・フュネスが主演する『サントロペの憲兵』では、ヌーディストたちを取り締まるシーンがコミカルに描かれている。
人々はさまざまなかたちで開放感を謳歌(おうか)したのであり、メアリはその一手段だったのである。欧州のヒストリックカーイベントでメアリを展示するとき、クラブのメンバーがたびたびビーチ風セットの中に置くのは、時代への挽歌(ばんか)である。
そうしたムードは、やがて世界中から徐々に消えてゆく。くしくもメアリ生産終了と同じ1987年にリリースされた詞・近田春夫、歌・宮崎美子のラップ『だからDESIRE』では、「だから裸になれるなら、裸になりたいわ♪」と歌われている。
まさにメアリ的開放感の消滅が、世界で起きつつあったことを匂わせている。
もちろん後年も、ウインドスクリーンを取り払い、あえて風を感じることを目指した「スマート・クロスブレード」といったモデルは登場した。しかし、エアバッグやセーフティーシェルで守られながら得る疑似的な開放感である。かつて大人や社会への反抗を歌いながら、気がつけば政府主催のイベントに出席しているロックシンガーを見るようで、どこか煮え切らないものがあるのは、筆者だけだろうか。
対して、メアリは常に危なっかしく、常にチープ感が漂う。いわば本当のフラワーチルドレン志向を漂わせているのである。その本物感が今日のクルマにないからこそ、人気なのである。イタリアの島で、いまだボロボロになったメアリが愛用されているのも、代替となるクルマがないからだ。
閉塞感漂う今日ゆえに
そう記しているうち、あたかも答え合わせのように本場フランスにおけるシトロエン・メアリ愛好家のインスタグラム『citroen_mehari_france』の管理人レオナール氏から、メアリが人気の理由について丁寧な返答が届いた。
「答えは複数あります。まず生産台数が14万3740台と少ないこと。特に4×4(の生産台数:筆者注)は1213台と、非常に希少です。今日、何台残っているのでしょうか?
どこへでも行けて経済的・実用的で、豊富な積載量を持つ、真のユーティリティービークルだからです。
オープンで真の自由な感覚が味わえます。特に可倒式フロントガラスで自由を謳歌できるクルマは、ほとんどありません。
海辺に理想的なクルマです。何でも放り込めます。
印象的な明るい車体色で共感を得やすいことも大きなメリットです。お年寄りにも好評で、子どもたちも大好きです。
誰もがセカンドハウス代わりに欲しいと思っているのです。すると、需要と供給の関係が発生します。お隣さんも、自分のセカンドハウス代わりに、同様にメアリが欲しくなってしまう……というわけです」
最後に、筆者にはもっと大切なマインドがある気がしてならない。
冒頭で記した1968年のメアリ発表数日前、パリでは、シャルル・ド・ゴール体制と彼の政策に反対する学生たちによって大学が占拠された。いわゆる「五月危機」である。労働運動も激化し、ルノー工場の管理職が拘束される事態にまで発展する。
そして翌年ド・ゴールは退陣した。「自分たちの力で社会を変えられるかもしれない」と市民が確信できた時期だった。
閉塞(へいそく)感が全世界を支配する今日、そうした時代にはせる思いが――意識する意識しないにかかわらず――半世紀以上前のレジャーカーの人気を後押ししている気がしてならないのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、シトロエン/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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