第721回:ぶつけてナンボは過去の話!? 大矢アキオが自動車用バンパーの最新事情を調査

2021.09.02 マッキナ あらモーダ!

意外な視点

自動車デザイナーらの立ち話を聞いていたときのことである。いずれも欧州の第一線で活躍するビッグネームの方々だ。1人が別の1人の近作を評して言った。

「フロントバンパーのパーツ点数が多いですね。あなたはぜいたくな仕事をさせてもらっているなと思いましたよ」

さすがデザイナー。同じ自動車を見るにも最初に注目する部分が違うと、筆者はいたく感激した。

以来、新車を見るたび、真っ先にフロントバンパーを確認するようになった。そればかりか歩いていてもクルマを運転していても、前からくるクルマのそれが気になり始め、バンパーのパーツ点数を想像するようになった。

確かに高級モデルほど、フロントバンパーの構成部品が多いのは一目瞭然だ。それも、クルマが新しくなればなるほど増えている感が否めない。

今やあまりに手が込みすぎていて、ぶつけるにはあまりに惜しいバンパーが多い。

実は自動車史においては、以前も別の意味で“ぶつけられないバンパー”が存在した。

衝撃吸収バンパー、いわゆる5マイルバンパーが法制化される1974モデルイヤー前夜の米国だ。ボディーと限りなく一体化した、もしくはボディー本体から突起していないパンパーが、特にクライスラー系で見られた。“クジラ”のニックネームで知られる日本の「トヨペット・クラウン」(1971年)や「セリカ」(1970年)は、その影響を受けたものといえよう。

ともかく、今日のフロントバンパーには、どの程度のパーツが使われているのかを知りたい。そこで筆者が住むイタリア・シエナの自動車関係者に確認してみることした。

「ルノー4」のバンパーを抱える筆者。今回は、さまざまなバンパーを観察しながら考えます。
「ルノー4」のバンパーを抱える筆者。今回は、さまざまなバンパーを観察しながら考えます。拡大
米国では衝撃吸収バンパーが法制化される前夜、ぶつけると視覚的ダメージが大きそうなデザインのバンパーが数多く見られた。これは「クライスラー・ニューヨーカー」(1972年)。
米国では衝撃吸収バンパーが法制化される前夜、ぶつけると視覚的ダメージが大きそうなデザインのバンパーが数多く見られた。これは「クライスラー・ニューヨーカー」(1972年)。拡大
「メルセデス・ベンツAクラス」(W177)のフロントバンパーまわり。一見単純に見えて、多数のパーツで構成されている。
「メルセデス・ベンツAクラス」(W177)のフロントバンパーまわり。一見単純に見えて、多数のパーツで構成されている。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。21年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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