第745回:イタリア人なら一生お世話に? 商用車「フィアット・デュカト」の奥深き世界
2022.02.24 マッキナ あらモーダ!過去にはアルファ・ロメオ版も
本サイトの別記事で報じられているとおり、FCAジャパンは2022年2月10日、商用車「フィアット プロフェッショナル・デュカト」の正式導入を決定した。主にキャンピングカーの車体製作を行う企業を対象とし、未架装の状態で販売する。日本仕様のエンジンは、最高出力180PSの直列4気筒2184cc「マルチジェット3」ディーゼル1種で、変速機は9段オートマチックが組み合わされる。
デュカト専用の販売網を構築するため、車両架装を専門とする法人、FCAジャパンおよびグループPSAジャパンの既存正規ディーラーなどを主な候補として募集する。供給開始は2022年下半期を予定している。
そこで今回は、このデュカトがイタリア国内でどのように使われているかを、在住者視点で解説しよう。なお以下は、イタリアのネイティブ発音に近いカタカナ表記で、かつ筆者も慣れ(書き)親しんできた「ドゥカート」と記すことをお許しいただきたい。
「Ducato」とは中世ベネチアの金貨の名称に由来する。フィアットは、商用車のネーミングに歴史的通貨の名称を用いてきた。いずれも小型バンの「フィオリーノ」はフィレンツェの通貨、「ドブロ」は16世紀にまでさかのぼるスペイン通貨にちなんだものである。
ドゥカートに冠されているブランド名はフィアットではなく、フィアット プロフェッショナルである。かつては小型商用車を示す「フィアット・ヴェイコリ・コメルチャーリ」と呼ばれていた部門だ。2007年の分社化をきっかけに、現在のブランド名が与えられた。今日では、2021年に誕生したステランティスが有する16ブランドのひとつに位置づけられている。ラインナップは「フィアット・パンダ」の商用車登録仕様である「パンダ バン」から、最大積載量3.1tの「スクード」まで、大別して6車種である。
ドゥカートそのものについて歴史を記せば、1981年にまでさかのぼることができる。当時から現在まで生産を担当しているのは、セヴェルという企業である。旧フィアットと旧PSAプジョーシトロエンによって設立された小型商用車製造専門の合弁会社で、イタリアとフランスの双方に生産拠点を置いてきた。ついでに言えば、40年の時を経て親会社同士が合併したのは、不思議な縁といえる。
セヴェルは同一モデルに、フィアット系とPSA系双方のさまざまなブランドを冠して供給してきた。ドゥカートもしかりで、歴代モデルにはプジョー版やシトロエン版も存在した。さらに、初代にはアルファ・ロメオ版である「AR6」や、もはや消滅したブランドであるタルボの「エクスプレス」という姉妹車まで存在した。
1994年に登場した2代目は、ジョルジェット・ジウジアーロ率いるイタルデザインによるスタイルをまとって登場した。前期型はフロントグリルを廃した斬新なデザインだったが、残念なことに後期型では大きな口を開けたグリルが付加されてしまった。
現行のドゥカートは2006年に投入された。プジョー版は「ボクサー」、シトロエン版は「ジャンパー」のバッジが付けられている。また大西洋を挟んだ北米では、メキシコ工場製の姉妹車「ラム・プロマスター」がカタログに載っている。
生活のあらゆる場面で
今回の日本導入で、FCAジャパンが目指すキャンピングカー需要について、イタリアの状況を説明しよう。2020年にイタリア・パルマで開催された見本市「イル・サローネ・デル・キャンパー」でメーカー担当者に筆者がインタビューしたところ、イタリア製キャンピングカーの10台に8台、つまり80%がドゥカートをベースにしている。
その高いシェアをうかがわせるのは、イタリアのキャンピングカー生産シェアで8割を誇る中部トスカーナ州のポッジボンシだ。筆者が住むシエナの隣町である。域内では、未架装のドゥカートが作業を待つヤードをいくつも見ることができる。
イタリアにとどまらず、他の欧州諸国のキャンピングカー架装業者でも、ドゥカートは「フォード・トランジット」や「ルノー・トラフィック」とともに使われている。ドイツにおける往年の名コーチワーカー、カルマンの名前を継承したメーカーも、20モデル中16モデルはドゥカートがベース車両だ。
ドイツの専門誌『プロモビール』が主催する読者投票では、ドゥカートが「最良のキャンピングカー用ベース車」に2022年まで14年連続で選ばれている。
人気の背景は、キャンピングカー架装業者を熟知した車両供給体制と、架装後のアフターサービスの質にあると先述の担当者は説明する。後者は、ドゥカートを基にしたキャンピングカーは、メーカーのファクトリー車両と同等のサービスを、フィアット プロフェショナルの拠点で安心して受けられるということだ。「全欧州のサービス拠点数は、6500にも上ります」と担当者は胸を張った。
イタリアでドゥカートが活躍しているフィールドは、キャンピングカーにとどまらない。さまざまな場所で遭遇する。
筆者が25年にわたるイタリア生活でお世話になったものを挙げるなら、まずは引っ越しである。同じく旧フィアットの流れをくむイヴェコの「デイリー」かドゥカートが、この国では小口の運送業者の定番なのである。
家具付き賃貸を渡り歩いてきたため家財が少ないわが家などは、「ドゥカート バン」の荷室では積載能力がありすぎる。引っ越しのたびに業者から「本当に運ぶのはこれだけか?」と念を押されたものだ。
近年では、ミラノでスマートフォンアプリを通じて配車サービス「ウーバー」を使ったとき、やってきたのはドゥカートのマイクロバス版だった。人の輸送用としては「スクオラブス」、つまりスクールバスとして使用されている例も少なくない。
ドゥカートは、社会基盤を支える用途にも使われている。イタリアの赤十字やキリスト教慈善団体などが運営する救急車、移動診療所などにもドゥカートをベースにしたものが多い。さらに言えば、ドゥカートは人生の最後も寄り添う。こちらの市場占有率は「メルセデス・ベンツ・ヴィート」には及ばないようだが、ひつぎを病院から地元の教会などに運ぶ寝台車にも時折使われているのだ。
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暮らしに最も身近なイタリア車
もうひとつドゥカートの活躍を見られる場所があった。イタリアのさまざまな都市で毎週定期的に開かれる青空市場である。出店する行商人の多くは県、時には州をまたいで、毎週〇曜日はこの町、△曜日はあの村というふうに移動する。
ドゥカートは、そうした人たちにとって頼れる運搬手段であり、営業中の倉庫にもなる。
それだけではない。服を扱う屋台では試着室代わりにもなる。といっても、別に何の特別装備があるわけではない。客は後部扉からよじ登って荷室に入り、そこで着替えるのである。
困るのは、室内に照明がないことだ。目の残像現象を頼りに、車内に残された段ボールや後輪ホイールハウスなどに気をつけながら着替える。筆者の場合、一人でふらりと市場を訪れた場合、外で女房に見張り役を頼めない。したがって、不意に別のお客のおばさんなどが後部ドアを開けようとするのにも注意を払う必要がある。
それでも、デザイン、サイズともドンピシャの服が見つかったときは、セレクトショップで高い服を買ったとき以上の喜びがある。
話がそれてしまったが、かくもドゥカートには、毎日お世話になっている。運転免許の有無に関係ないという意味では、暮らしに最も身近なフィアットであるばかりか、実は「最も身近なイタリア車」だと言えるのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ステランティス/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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