アウディe-tron Sスポーツバック(4WD)
EVのジレンマ 2022.09.24 試乗記 バッテリーもモーターもモリモリ積んだ「アウディe-tron Sスポーツバック」は電気自動車(EV)の魅力が詰まったクルマであると同時に、現時点でのEVの課題を嫌というほど味わえるクルマでもある。なにしろ350km余りの走行で、つぎ足しの急速充電は3回にも上ったのだ。BEV初の3モーター
巷間(こうかん)取り沙汰されていたほどのペースで普及しているとは言えないものの、2022年に入ってからは新型EVが続々と投入されバリエーションが急拡大している。そろそろBEVにするか、ではなく、どのようなBEVにするか、が話題に上る段階になったということだろう。
前後2基のモーターによる「クワトロ」を特徴とするアウディのe-tron/e-tronスポーツバックシリーズは、もともとほぼ1000万円からというハイエンドのEVだったが、2022年3月に国内導入されたe-tron Sは前1基/後ろ2基の3モーターを搭載する高性能版、シリーズ生産の量産電気自動車としては世界初の3モーター車である。e-tronおよびe-tronスポーツバック両タイプにSが追加されたことでラインナップは全7車種に増えた。
ボディーサイズは従来のe-tron/e-tronスポーツバックと同じだが、Sはトレッドが拡大されており、全幅はスタンダードモデル+40mmの1975mmに広がっている。さらにこのクルマにはオプションの22インチタイヤが装着されていたため(標準サイズは20インチ)、グリーンなイメージとは裏腹なたくましい迫力にあふれている。
フロントモーターは150kWを発生、リアには132kWを生み出すモーターを2基搭載し、システム最高出力は320kW(435PS)、同最大トルクは808N・mというが、ブースト時(約8秒間)の同最高出力は370kW(503PS)、最大トルクは973N・mというすさまじさだ。
高速走行を重視
e-tron Sのスペック表に明記されているわけではないが、アウディは最初のe-tronから引きずり抵抗の小ささを重視して誘導モーターを採用してきたことから、おそらく3基のモーターはすべて交流誘導モーターではないかと思われる。
一般的にローターに永久磁石を採用する同期モーターはコンパクトで効率に優れ(≒サイズの割にパワーが出る)、また制御装置が簡潔というメリットを持ち、いっぽう誘導モーターは高速性と信頼性に優れると言われてきた。
もっとも、近年では材料工学や制御技術の進歩によって、どちらか一方だけに明らかなメリットがあるとは言えなくなってきており、例えば最近日本導入された「メルセデス・ベンツEQB350」(最高速は160km/h)のようにフロントに誘導モーターを、リアに同期式モーターを採用し、組み合わせて使う例も存在する。e-tron Sは最高速210km/hというEVにしてはハイパフォーマンスモデルゆえに、高速走行時のエネルギー効率を第一に考えたとみていいだろう。
無論、これまでのe-tronシリーズ同様、駆動用バッテリーだけでなく、モーターのローターシャフト内にもクーラントの回路を設けるなど徹底的な冷却システムが採用されているという。となれば高価になるのも仕方ないと言うべきか。Sスポーツバックの本体価格は1437万円(Sは1398万円)である。
EVでも最重量級
全長4.9mで幅はほぼ2mのボディーに容量95kWhの駆動用バッテリーを積み、3基のモーターを搭載するとなれば、いかに各所にアルミを多用しているとはいえ車重が2700kgに達するのも当然だ。大型SUVタイプのBEVのなかでも2.7tは最重量級であり、乗員分を足すとほぼ3tにもなる。これほどのヘビー級が0-100km/h=4.5秒を誇る強烈な加速を見せるのだから驚くばかりではあるが、ここまで必要なのかという思いもよぎる。もちろん、街なかなどでのドライバビリティーについてはまったく申し分ない。スルリと滑らかに動き出して静かに止まるe-tron Sは普通に走っている限りはその重さをほぼ感じさせない。BEVであろうとなかろうと、今時洗練されていないアウディは存在しないのだ。
ただし重くパワフルゆえに当然ながら航続距離は短めだ。一充電走行距離はWLTCモードで415kmとされているが、車載コンピューターで見る限りいわゆる電費は4km/kWh程度であり、航続距離は300kmちょっとが現実的なところだろう。11kWまでのAC普通充電と150kWまでのDC急速充電に対応しているというが、現時点で多くのPAなどに設置されている40〜50kW器では、30分の急速充電で20kWh分がせいぜい、つまり100km分にも届かない。事前に十分に調べて、次善の策も立てていれば問題ないという人もいるが、そういう作業に慣れていない人は要注意だ。使いこなせる人とそうでない人がはっきり分かれる。それがEVの正味の現在地であるという事実は動かせないと私は思う。
とてもじゃないが舞台が限られる
e-tronのように1000万円オーバークラスのEVになると、エアサスペンションが標準装備されるのが当たり前である。e-tron Sも電子制御ダンパー付きアダプティブエアサスペンションのおかげで、大多数のEVにつきものの落ち着かないピッチングに悩まされることはないが、やはりどこかしら重さを常に意識させられる。平滑な路面の高速道路などではまったく忘れていても、大きな凸凹を越える際などはタイヤを抑えきれていないような振動が伝わって、途端に夢から現実に引き戻されたかのように気づかされる。2.7tはほとんど「ロールス・ロイス・カリナン」並み、バッテリーだけで700kgはくだらない、とんでもない重量を抱えているクルマなのである。
e-tron S は基本的に後輪駆動優先で、必要に応じて前輪モーターが加わるという。左右後輪の駆動力を別々に制御して自在にトルクベクタリングするのが最大の特徴ながら、ドライの一般道で乗る限りでは正直明らかな効果は分からなかった。そもそもが285/35R22という巨大なタイヤを履くために、そのグリップだけで十分に事足りるといった感じだ。もっと速度を出せる舞台なら、あるいはウエット路面や雪道など走行環境が厳しくなればなるほど真価を実感できるのだろうけれど、晴れた箱根の山道ではトータル500PSを超える3基のモーターも出番なしといった状態である。瞬間芸として強烈な加速を味わうことは可能だが、そんなことをしているとみるみるうちに残り航続距離が減ってしまう。e-tron Sがフルスイングできるのはどんな場面だろうか? この日350kmほどを走ったが、その間に3回充電した。たぶん2回で済んだはずだが、いや念のため、今のうちに、と思わせるところがEVの厄介なところなのである。
(文=高平高輝/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
アウディe-tron Sスポーツバック
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4900×1975×1615mm
ホイールベース:2930mm
車重:2700kg
駆動方式:4WD
フロントモーター:非同期モーター
リアモーター:非同期モーター
フロントモーター最高出力:204PS(150kW)
フロントモーター最大トルク:--N・m(--kgf・m)
リアモーター最高出力:180PS(132kW)(1基あたり)
リアモーター最大トルク:--N・m(--kgf・m)(1基あたり)
システム最高出力:503PS(370kW)
システム最大トルク:973N・m(99.2kgf・m)
タイヤ:(前)285/35R22 106H/(後)285/35R22 106H(ハンコック・ヴェンタスS1 evo3 ev)
一充電走行距離:415km(WLTCモード)
交流電力量消費率:242Wh/km
価格:1437万円/テスト車=1602万円
オプション装備:ブラックアウディリングス&ブラックスタイリングパッケージ<ブラックアウディリングス、ブラックスタイリング、ブラックエクステリアミラーハウジング>(19万円)/インテリアパッケージ<4ゾーンデラックスオートエアコン、3スポークマルチファンクションステアリングホイール+ヒーター+パドルシフト、フロント&リアシートヒーター>(24万円)/5アームインテーフィアレンスデザインアルミホイール<10.5J×22 285/35/R22>(41万円)/バーチャルエクステリアミラー(26万円)/カラードブレーキキャリパー<オレンジ>(7万円)/デジタルマトリクスLEDヘッドライト(48万円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:1293km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:351.0km
参考燃費:4.0km/kWh(車載電費計計測値)

高平 高輝
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