強力タッグか寄り合い所帯か!? ソニーとホンダの合弁自動車ビジネスを考える
2022.10.31 デイリーコラム席次にこだわる世代です
ソニーとホンダが新事業に向けた提携の協議を始めたと発表されたのはさる3月のこと。以来、この案件を個人的には“ホニー”と呼んでいましたが、ウケないどころか関係者には怪訝(けげん)そうな顔をされつつの6月には戦略提携の基本合意に至り、社名も発表されました。
「ソニー・ホンダモビリティ株式会社」
なんだよホンダのほうが後ろかよとお思いの方がいるかもしれません。アルファベット順じゃなくてあいうえお順なのねとか、つい気にしてしまいますよね。オッさん社会においては結婚式の席次とか葬式の供花の並び順とかやたら大ごとに扱われますし、これどっちがマウントなのよとか、いかにも新橋あたりの居酒屋で盛り上がりそうなネタでもあります。
そしてこの10月、いよいよ迎えたソニー・ホンダモビリティ(SHM)株式会社設立発表会。僕は海外出張で残念ながら参加できず、後にYouTubeライブのアーカイブで様子を拝見しました。来場したたくさんのメディア関係者が登壇者に向けるスマホの画面を見て、そういう時代よねえとあらためて実感します。
![]() |
役割分担はシンプル
新会社にはホンダから、中国を含むアジア太平洋地域(APAC)での経験が長く、直近では四輪事業本部長を担っていた水野泰秀氏が会長として、ソニーからはロボティクス含むモビリティー事業全般を担当する川西 泉氏が社長として就任。今回はおふたりがアウトラインをプレゼンテーションしたわけですが、具体的な車両の内容や価格、台数規模といったところはすべてこれからの話として、SHM(プレスリリースでの略称もこれ)の存在意義の説明とともに、下記のような予定や思惑が示されました。
- 車両の先行受注は2025年前半、発売は2025年後半。デリバリーは2026年の前半から北米で、後半から日本で行われる計画。その後、状況を見極めながら欧州他地域での計画を検討する。
- 販売はオンラインを想定。
- 地域大枠でのアフターサービス拠点の構築や、既存販売網の活用など幅広く検討する。
- 生産拠点はホンダの北米プラントを予定。価格等は未定だが高付加価値商品であることを想定している。
- 先進運転支援システム(ADAS)は高度レベル2および一定条件下でのレベル3の実装を想定している。
- 2023年1月のCESでより具体的なコンセプトの提示を予定している。
両者の話しぶりから推するところではありますが、SHMの役割分担としては割とシンプルで、クルマとしてのハードのところはホンダが、上屋のデザインやソフトウエアプラットフォームはソニーが担当。それをすり合わせるという流れになっているのではないかという印象でした。
![]() |
ホンダにとっての安心材料
昔々、それこそ100年前くらいのクルマといえば、車台やエンジンといったメカ部分を自動車メーカーが、その上にかぶせる内外装をコーチビルダーがつくっていたわけです。ロールスならフーパーとか、キャデラックならフィッシャーとか。
電気自動車(BEV)の時代になると自動車メーカーの垂直統合構造が崩壊して参入自由度が高まるうんぬんの話はもう耳にタコができるくらい聞いていて、そういう論を唱える方々が大好きなテスラこそ垂直統合の権化やんけという感じなのですが、一方で今までの多くのクルマに比べると、バッテリーを床面に一体化できるBEVの構造が拡張性にたけているのも確かです。もちろん、各領域の物理特性や安全・信頼性を品物レベルまでどう引き上げるかという点では自動車メーカーの知見にかなうものはありません。
そもそもクルマの中に収めるものが事業の競争領域であって、車台はアセットライト、つまり膨大なリソースを費やして手の内化する必要のないソニーにとって、それを高品質で供してくれるホンダはパートナーにうってつけの存在です。そして開発のみならず生産の側にも莫大(ばくだい)な投資を仕掛けているホンダにとっても、BEVの供給先が増えることは安心材料にもつながるでしょう。
というのも先日、ホンダはLGエナジーソリューションと合弁で44億ドルを投じて、40GW級の生産能力をもつバッテリー工場をつくることを発表。次いで同じオハイオ州にある旧来の生産拠点に7億ドルを投じて生産設備を更新すると発表しました。すなわち、かの地でのBEV生産のハブとして、北米の主力工場を改修するというわけです。
![]() |
2つのBEVアーキテクチャー
異常な円安状況とはいえ、需要が確実視できない分野へのざっくり30億ドル=4400億円規模の投資は相応に腹をくくらなければできるものではありません。もっとも、フォルクスワーゲンは71億ドルとかBMWは17億ドルとか、世界の自動車メーカーの米国へのBEV投資表明はバイデン政権発足以降は確変状態にありまして、ホンダだけが浮かれているわけではないんですけどね。そんなこんなで、現状の発表からいえば、SHMの車両は恐らくオハイオのプラントで生産されることは間違いなさそうです。生産規模によっては「NSX」を製造していたメアリズビルのパフォーマンス・マニュファクチャリング・センター=PMCを改修して活用することも考えられます。
と、そこで気になるのは、ホンダが現状、北米で展開するBEVの土台が2つあること。1つはゼネラルモーターズ(GM)由来の「アルティウム」、1つはホンダ由来の「e:アーキテクチャー」。これらがポートフォリオに組み込まれていますが、果たしてSHMのつくるモデルがどういったアーキテクチャーで構成されるのかは不明です。でもなんであれ、ホンダ側は本体の重要なパートナーであるGMに、SHMの事業について説明と理解という筋を通しているとみるのが普通でしょう。もとより前述のバッテリー工場の件は、LGとは初代「ボルト」のころから関わりのあるGMが、ホンダとの間で口利き役を担ったことは想像に難くありません。
SHMを介してこのサークルに間接的に関わることになるソニーとしては、車両開発の大きな目的であるADAS系のセンサーフュージョン技術や、車載インフォテインメント系OSの開発で、ホンダのみならずGMとの距離を縮められればラッキーといったところでしょう。
でも、GMは米国内において既に「スーパークルーズ」をシボレーの小型クロスオーバー「エクイノックス」級のモデルにも実装しています。従来のセンシング技術にダイナミックマップ情報を掛け合わせて、フリーウェイでのハンズオフを実現するこのADAS、現状はレベル2相当ですが、できることベースで言えば「CR-V」に「ホンダセンシングエリート」が搭載されているようなものです。
つまり、北米市場はBEVについてもADASについても日本よりむしろ成熟した環境にあるわけで、4年後というSHMのモデルの発売年次から推すれば、条件付きレベル3の実装は大きなサプライズたり得ない可能性もあります。
![]() |
2026年でも有効なサプライズを
また、仮にそれが実現できたとして、車内でソニーの豊富なコンテンツを提供するという話が果たしてユーザーの欲求に響くのかという点についても疑問を抱きます。この領域は既にAppleとAndroidが陣取り合戦を繰り広げ、それらのスマホを介せば「Apple Music」だろうが「Google Play Music」改め「YouTube Music」だろうが「Amazon Music Prime」だろうが、あらかたのオンデマンドサービスを再生できるわけです。「第一みんな、車中で2時間も映画観たいんすかね?」と編集担当の藤沢くんはばっさり切り捨ててましたが、まあ仰せのとおりという気もしなくはありません。
あるいは、車内でソニーのコンテンツが見られることなど当たり前、リカーリングのためにはさらなる魅力的な何かが必要なのだと思います。それは現実的な移動行為とメタバースとのオーバーラップなのか、「AIBO」に車輪がくっついたような愛玩的体験なのか、僕には全然思いつきません。でも普通の人には思いつかないようなサプライズがSHMのモデルには期待されている、それは間違いないでしょう。
ホンダ側の立場としては単なる製造代理的な話ではなく、前述のセンサーフュージョンのノウハウなど、車両技術の側でもソニーから得られるものがあることに期待しているといいます。でも、このソフトウエアが実現する新しい価値創造、それにまつわる切磋琢磨(せっさたくま)こそがホンダにとっての新たな資産になり得るのかもしれません。
(文=渡辺敏史/写真=webCG/編集=藤沢 勝)
![]() |

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
-
開幕まで1週間! ジャパンモビリティショー2025の歩き方NEW 2025.10.22 「ジャパンモビリティショー2025」の開幕が間近に迫っている。広大な会場にたくさんの展示物が並んでいるため、「見逃しがあったら……」と、今から夜も眠れない日々をお過ごしの方もおられるに違いない。ずばりショーの見どころをお伝えしよう。
-
トヨタ車はすべて“この顔”に!? 新定番「ハンマーヘッドデザイン」を考える 2025.10.20 “ハンマーヘッド”と呼ばれる特徴的なフロントデザインのトヨタ車が増えている。どうしてこのカタチが選ばれたのか? いずれはトヨタの全車種がこの顔になってしまうのか? 衝撃を受けた識者が、新たな定番デザインについて語る!
-
スバルのBEV戦略を大解剖! 4台の次世代モデルの全容と日本導入予定を解説する 2025.10.17 改良型「ソルテラ」に新型車「トレイルシーカー」と、ジャパンモビリティショーに2台の電気自動車(BEV)を出展すると発表したスバル。しかし、彼らの次世代BEVはこれだけではない。4台を数える将来のラインナップと、日本導入予定モデルの概要を解説する。
-
ミシュランもオールシーズンタイヤに本腰 全天候型タイヤは次代のスタンダードになるか? 2025.10.16 季節や天候を問わず、多くの道を走れるオールシーズンタイヤ。かつての「雪道も走れる」から、いまや快適性や低燃費性能がセリングポイントになるほどに進化を遂げている。注目のニューフェイスとオールシーズンタイヤの最新トレンドをリポートする。
-
マイルドハイブリッドとストロングハイブリッドはどこが違うのか? 2025.10.15 ハイブリッド車の多様化が進んでいる。システムは大きく「ストロングハイブリッド」と「マイルドハイブリッド」に分けられるわけだが、具体的にどんな違いがあり、機能的にはどんな差があるのだろうか。線引きできるポイントを考える。
-
NEW
開幕まで1週間! ジャパンモビリティショー2025の歩き方
2025.10.22デイリーコラム「ジャパンモビリティショー2025」の開幕が間近に迫っている。広大な会場にたくさんの展示物が並んでいるため、「見逃しがあったら……」と、今から夜も眠れない日々をお過ごしの方もおられるに違いない。ずばりショーの見どころをお伝えしよう。 -
NEW
レクサスLM500h“エグゼクティブ”(4WD/6AT)【試乗記】
2025.10.22試乗記レクサスの高級ミニバン「LM」が2代目への代替わりから2年を待たずしてマイナーチェンジを敢行。メニューの数自体は控えめながら、その乗り味には着実な進化の跡が感じられる。4人乗り仕様“エグゼクティブ”の仕上がりを報告する。 -
NEW
第88回:「ホンダ・プレリュード」を再考する(前編) ―スペシャリティークーペのホントの価値ってなんだ?―
2025.10.22カーデザイン曼荼羅いよいよ販売が開始されたホンダのスペシャリティークーペ「プレリュード」。コンセプトモデルの頃から反転したようにも思える世間の評価の理由とは? クルマ好きはスペシャリティークーペになにを求めているのか? カーデザインの専門家と考えた。 -
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。