第799回:シトロエンの欧州販売&シェアが急落! その背景と未来への提言
2023.03.16 マッキナ あらモーダ!欧州シェアがわずか3%に
2023年初めにヨーロッパの自動車業界を騒然とさせた、ひとつのデータがある。シトロエンの販売台数である。
2022年のフランスにおけるシトロエン製乗用車と小型商用車の合計販売台数は18万4998台で、2021年と比べて19%も減少した。これは市場全体の落ち込み(10.2%)を大きく上回るものだった。市場占有率は9.9%で、10%を割り込んだ(データ出典:PFA)。
欧州圏における2022年のシトロエンの乗用車販売台数は34万0962台で、前年比16.6%の減少となった。市場占有率は3.02%で、前年の4.2%から減少していることが判明した(データ出典:CarSalesBaseほか)。
本稿執筆時点で入手可能な最新データである2023年2月のフランス国内販売でも、シトロエンの乗用車販売台数は9136台で、前年同月比で23.7%の減である。参考までに、市場全体は9.4%の増加であった(データ出典:CCFA)。
2022年から続くかたちで、今も大半の自動車メーカーが半導体不足によって顧客への引き渡し遅延が発生し、「売れるのに商品がない」状況に陥っている。だが、シトロエンブランドの顕著な落ち込みは、それだけが理由でないのは明らかだ。
最初に断っておくが、筆者は本稿でシトロエンを見下げる意図は一切ない。反対に、長年畏敬の念をもって接してきたブランドである。1980年代末、東京における出版社の入社試験では戦前・戦後のシトロエン史を書き連ねたおかげで、自動車誌編集部員の末席を汚すことができた。20年がかりの研究の成果である『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』を2022年に上梓(じょうし)できたのも、企業としてのシトロエンへの深いリスペクトあってこそであった。
実際には金銭的にもスペース的にも難しいが、複数台の所有が許されるなら、シトロエンは常に最新モデルを1台所有したい。現行ラインナップから選ぶとすれば「アミ100%エレクトリック」を真っ先に選ぶ。ラインナップ全体で言えば、特にテキスタイルをはじめとする内装のマテリアルやカラーリングのセンスには舌を巻く。
そうした愛着あるブランドだからこそ、この状況を憂うのである。不振の背景にあるものは何か?
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強力なライバルとブランディングの「ぶれ」
まず、多くのフランスのメディアが真っ先に指摘したシトロエン不振の理由を紹介しよう。それはルノーのサブブランドであるダチアの躍進だ。その2022年のフランス国内販売台数(乗用車+小型商用車)は13万2137台で、前年比4.5%増を記録した。2023年2月に至っては1万1900台で前年比33.9%増となった(データ出典:PFA、CCFA)。すなわち、ダチアがシトロエンの市場を荒らしてしまったというわけだ。
長年にわたるシトロエンのコレクターであるフランス人の知人でさえ、ダチアの魅力を認める。「今日のダチアは全モデルがあらゆる面で進歩し、低価格のみを売りにした2004年の初代『ローガン』とは雲泥の差があります」。そして、こう詳説した。
「ラインナップはシトロエンよりもアップデートされていて、価格も手ごろです。オートマチック仕様にハイブリッド、LPG併用仕様、電気自動車など常にバリエーションを広げることで顧客ニーズに応えて、かつ今も価格的に魅力的です」
筆者は、シトロエン不振の背景をもう少し深く掘り下げたい。第1の理由は旧グループPSA内でのブランディングのあいまいさである。単刀直入に言うと「プジョーとかぶってしまう」のだ。
第2次大戦前からプジョーは、堅実なパワートレイン構成や優雅であるものの常軌を逸脱しないデザインで顧客の心をつかんでいた。それによって、あまりに前衛的なシトロエンには追従できないユーザーを確実に獲得していった。
プジョーがシトロエンを吸収してからも、そのすみ分けは続いた。1983年の「プジョー205」の時代も、多数の部品を共用する「シトロエンBX」には異なる商品キャラクター設定がなされていた。
ところが、シトロエンは「CX」のターボモデル拡充や1986年の後期型BXへの「GTi」仕様追加を機に、スポーティーな印象を強調するようになり、知的でアバンギャルドなブランドイメージからの脱却を図った。いっぽうプジョーには2000年前後から、モダンな性格が与えられるようになった。同時にシトロエンと趣はやや違うものの、「205 GTI」時代から少しずつ培っていたスポーティーが強化された。
近年のマーケティングに関しては、2020年6月の本欄第660回で筆者がイタリアのオペル販売店を訪れたときのものが参考になる。セールス担当者は当時のグルーブPSAの計画として「(PSAは)オペルには『節度』、プジョーには『アグレッシブ』、シトロエンには『個性』という別々のキャラクターを与えようとしています」と語っている。
シトロエンに比肩する強烈な商品キャラクターとデザインがプジョーに与えられた結果、シトロエンの言うところの「個性」が一般ユーザーに伝わりにくくなってしまった、と筆者は考える。
今回の執筆にあたり、筆者が聞いたもうひとりのフランス人自動車愛好家は、「シトロエンは顧客を引き付けるDNA的要素が失われました。いわばプジョーのコピーなのです」と手厳しい。
理由の第2はそうした「ぶれ」を招いた経営体制だ。旧グループPSAにおいて、シトロエンブランドのゼネラルダイレクターはめまぐるしく変わった。1998年から2023年までの四半世紀に、実に6人も交代している。うち2人は就任翌年に経営責任をとるかたちでの退任だった。2023年2月にも、2021年に日産から転身してシトロエンを率いてきたヴァンサン・コベー氏から、ティエリー・コスカス氏に交代することが発表された。
トップが変われば、商品企画やマーケティング戦略も変わってしまう。その結果として不振を招いたのは明らかだ。それは次に挙げる第3の原因も生み出したといえる。
定まらない車種体系
それはブランドとしての車種体系だ。第2次世界大戦後、シトロエンは究極の大衆車たる「2CV」と、先進的高級車である「DS」という両極端な車種のみで市場に臨まざるを得なかった。その状態は1961年に「アミ6」が登場するまで続いた。そして販売店が十分満足するラインナップを形成したのは、プジョーの傘下入りを果たしてからだ。
ただし今日のラインナップを俯瞰(ふかん)すると、守備範囲が広すぎる。8000ユーロを切るアミ100%エレクトリックから、5万ユーロを超える電気自動車「Eスペースツアラー」まである。価格帯が明らかに異なる10車種を同じブランドでくくるのは、トヨタのような高度なポジショニング戦略がない限り、かなり難しいだろう。ちなみに、同じステランティスグループで同様にポピュラーブランドであるフィアットでさえ7車種にとどまる。
2022年のフランス国内自動車販売で、最も売れたシトロエン車は「C3」で、その数5万8880台であった。シトロエン全体の31%を占める、ブランドの屋台骨だ。それがセグメントBの普及車種である以上、シトロエン=ポピュラーブランドの印象が強くなる。営業車や民間警備会社の巡回車、教習車でもシトロエンは一般的だ。それを、より収益性が高い一段階上のブランドへとイメージを引き上げるのは決して容易ではない。
1人目のフランス人エンスージアストに再び登場願えば、彼の言葉も辛口だ。「シトロエンの車種は増えたが、まとまりがなく、価格も高めです。それに現行C3は2016年リリースで老朽化しています」。2021年に華々しく投入されたフラッグシップ「C5 X」もフランスでは決してヒット車種とはいえないことを指摘する。実際に2022年の販売台数は92位の3337台と振るわない。保守的な顧客層が多いこのカテゴリーで「中国工場製のイメージと、特異なデザインが不振の原因です」と彼は分析する。
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選択と集中に賭けよ
彼はこうも指摘した。「『C5エアクロスSUV』を除き、純粋なSUVがラインナップに不足していることもあるでしょう」。加えて「C1」「C4ピカソ」など、一部の車種の後継モデルがなくなってしまったことも原因だと語る。
ただし筆者は、シトロエンが選ぶ道は「選択と集中」に尽きると考える。
第1の選択は、1955年のDSのようにテクノロジーの最先端を目指すことだ。DSは世界に衝撃を与え、そのデザインは哲学者ロラン・バルトや建築家ジオ・ポンティらの心をも揺さぶった。個人的にはテスラや「トヨタ・プリウス」が自動車業界にもたらした役割を、実はシトロエンが果たしてくれたらよかったのに、と思うことがある。
現実的なヒントとしては、2010年代にゼネラルモーターズ(GM)のキャデラックが宣言し、生産車に反映した「アート&サイエンス」の方向性である。当然旧グループPSAとしてはDSオートモビルにその役目を負わせる意図だったのだろう。ただし将来も両ブランドを残すなら、シトロエンは「テクノロジー」、DSは「ラグジュアリー」というふうにキャラクターを分ける手が望ましい。
第2の選択は主戦場とする市場の選択である。具体的には思い切って「新興市場中心のブランド」に切り替えることだ。再びGMを引き合いに出せば、ビュイックブランドが成功例だ。もはや中国での製造販売が大半を占める。
ただし、中国は困難が予想される。かつてシトロエンは、フォルクスワーゲンなどと並び欧州ブランドの中国進出で先駆けを果たしたが、2014年の32万0011台をピークに2020年には2万0079台にまで急落している。他の新興地域で成功のチャンスに挑むのが正しいだろう。
第3の選択は、かつての2CVのような高効率・低価格かつ、知的なクルマの追求である。
2022年9月に発表したコンセプトカー「オーリ」は、満充電からの航続可能距離400kmを獲得するためのトレードオフとして、最高速を110km/hに抑えている。いっぽうでエクステリアデザインもあえて空力性能向上を追求せず、代わりに高い居住性を実現している。外板部品の点数削減という挑戦も行っている。筆者個人としては、この方向性が最も望ましいと考える。
1934年の倒産、翌年の創業者アンドレ・シトロエンの死去とミシュラン傘下入り、フィアットとの提携失敗、マセラティとの提携難航、そして1970年代初頭の経営危機……とシトロエンの歴史は苦難の歴史でもあった。プジョー傘下でも、プラットフォームや部品の高度な共用化といった課題に直面した。それらを乗り越えて生き残ったことを考えると業界のなかでも実に幸運だったといえる。ステランティスグループは、自動車史を語るには欠かせないシトロエンに正しい役割を与え、大切に育ててほしいと願ってやまない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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