自動車開発の仕事で最も大変なことは?

2024.02.06 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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自動車開発という仕事で、つくり手が最も苦労するのはどんなことですか? トヨタ特有のことや、現代の自動車業界で一般的にいえることなどさまざまあると思いますが、教えてください。

これはどこの自動車会社でも同じだと思いますが、「どういうクルマをつくるかという社内の合意を得る作業」こそが、最も困難です。

クルマの開発は莫大(ばくだい)なおカネがかかりますから、その製品により会社の収益が上がるのか、収益が見込めないならほかにどんな意味があるのか(ブランドイメージを上げるとか、社会に貢献するとか)について、さまざまな議論が生じます。そこで全社的な合意を形成できるかどうかが最大の難点であるといえます。

本当に、いろんな意見があるのです。自分がどれだけいいと思うことでも必ず異論が出る。それをどのように説得するか、開発者の誰もが苦労しているはずです。

逆に、王道・伝統のクルマ……トヨタでいえば「カローラ」が代表的ですが、そういうクルマをモデルチェンジすること自体については、異論をはさむ人はほぼいない。でも、どう進化させるのか、そこにどれだけお金を使うのかという価値観は千差万別なのです。例えば? 「極力安く提供すべきだ」という意見もあれば、「もっと高級にしたい」という人もいる。時代とともに基準が変わっていく、という面もあります。

クルマって、ほかの工業製品に比べて開発に時間がかかるのです。2~3年から、場合によっては5年、6年。その先の時代のはやりすたりは、開発中とはけっこう違ってしまいます。「すごくいい!」と思って開発を進めていたのに、発売時には世の中が変わっていて全く売れない、評価されないというクルマは山ほどあるのです。

つくり手の見込みが甘かったのか。いや、時代が予想以上に早く動いたのか……。こればかりは、つくってみないとわからない面があり、だからこそいろんな意見が出てくるわけです。明らかな正解がないものだから合意形成が難しくて、開発へのゴーサインが出るまで時間がかかり、困難を伴う。だからこそこの仕事はおもしろくてやりがいがある、ともいえますが。

トヨタは一時期、短期間での開発に注力したことがあります。単純に開発費が下げられるというメリットもありますが、その最大の狙いは「“先を見る”ポイントを近くに置き、当たる確率を上げる」こと。クルマにとって極めて重要なデザインをはじめ、あらゆる点で“世の中の変化”の影響を受けにくくしたいがためでした。1年先のユーザーを見てつくるのと3年先のユーザーを念頭につくるのとでは、成功率は全然違ってきますからね。

その点、世の中はどんどん先が読みにくくなっている。いま現役の開発者は、私の時代よりももっと大変だと思います。

多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。