第856回:「アルファ・ロメオ・ミラノ」から「ジュニア」に改名 本国イタリア人が気にしない理由
2024.04.25 マッキナ あらモーダ!最初は「ブレンネロ」
本サイトでも紹介されているとおり、ステランティスグループのアルファ・ロメオは2024年4月10日、BセグメントSUV「ミラノ」を発表した。ところが5日後の現地時間4月15日、今度は商品名を「ジュニア(Junior)」に変更すると発表した。
実は筆者が本稿の執筆を始めた時点で、車名はまだミラノであった。そのため今回は経緯を追ううちに文章が長くなってしまったことをお許しいただきたい。前半は改名について、後半では今回の新型車がイタリア人にどう捉えられているかを記す。
まず改名に至った経緯を説明しよう。発端はミラノ発表の翌11日、イタリアの企業およびメイドインイタリー省のアドルフォ・ウルソ大臣が、ミラノ(MILANO)という名称が法令に違反していると指摘したことであった。彼が根拠にしたのは、消費者にイタリア製と間違われやすい商品の流通を抑止するとともに、それを世界各国に働きかけるための一連の法律や規制である。従来はとくにイタリア国内市場で、外国製でありながら国内製と間違われやすいイタリア風食品に適用されてきた。
アルファ・ロメオ・ミラノは、「ジープ・アベンジャー」「フィアット600」と同様、ステランティスのポーランド・ティヒ工場で製造される。ウルソ大臣は11日、ミラノが国外で生産されることを批判。「ミラノと呼ばれるクルマは、イタリア国内で生産されなければならない」と指摘した。
すると4月15日夕方、ステランティスは「名前がすべての法的要件を満たしていると確信し、新しいクルマの名前よりも重要な課題が(政府には)あると考えていましたが、ミラノをジュニアに変更することを決定しました」として、改名を発表した。1966年のアルファ・ロメオ車「GT1300ジュニア」に由来する車名である。
参考までに、イタリア語版報道資料の冒頭タイトルは「Alfa Romeo: non va bene Milano? Allora “Alfa Romeo Junior!”(アルファ・ロメオ・ミラノはよくない? それではアルファ・ロメオ・ジュニア!)」だった。その種の発表には珍しいタイトルである。メーカーであるステランティスの前向きな姿勢と怒り、どちらにも感じられる微妙なニュアンスだ。
かくしてジュニアとして発売されることになったアルファ・ロメオ初のスモールSUVだが、ミラノ以前は「ブレンネロ」になるといわれてきた。社内から意図的にリークされたものだったかは不明だが、「ステルヴィオ」「トナーレ」同様、イタリアの峠の名前であることに加え、ティザー動画で経度・緯度がめまぐるしく表示されたこともブレンネロ説を一時高めた。それをアルファ・ロメオが否定し、ミラノとすることが明らかになったのは2023年12月14日のことであった。参考までに、ミラノという名称はアルファ・ロメオにとって初めてではない。イタリアのアレーゼ工場で生産され輸出された1985年「アルファ75」のアメリカ仕様に、ミラノのネーミングが用いられている。
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イタリア政府 vs. ステランティス
今回の一件は、前述のように政治的背景もおおいに作用している。それについて、もう少し深掘りしてみよう。
ウルソ大臣は当連載の第851回で解説したとおり、イタリア国内の自動車生産台数に関し、ステランティスにその増強を強く要請している。背景には、歴史を1939年にさかのぼり、イタリア自動車産業を代表する生産拠点であるステランティスのミラフィオーリ工場の動静がある。
「フィアット500e」「マセラティ・グレカーレ」を生産するミラフィオーリ工場では、2024年2月中旬から4月下旬まで約2カ月半にわたり、1260人の工場従業員を対象に一時帰休(レイオフ)が実施されていた。さらにアルファ・ロメオ・ミラノの発表後である同年4月17日には、5月6日までのレイオフの延長を決定し、その対象も2000人規模に拡大している。
企業およびメイドインイタリー省のウルソ大臣は、ジョルジャ・メローニ首相と同じ政党である「イタリアの同胞」に属する。同党はここにきて、2022年から中道右派連立政権を組んでいる他政党「同盟」と一部の政策で対立。関係が微妙になってきている。仮に連立が崩壊すると、対立する中道左派連合による政権奪取も起こり得る。また、その左派と歴史的に親和性が高い労働組合を敵に回すのも避けたい。政権としては、雇用の確保をステランティスに対して訴えるのは、国民に対して格好の宣伝材料なのである。
いっぽうのステランティスにも言い分はある。ジュニア(ミラノ)のイタリア国内価格は、ハイブリッドFWDが3万1900ユーロ(約526万円)、電気自動車(EV)のAWDが4万1500ユーロ(約684万円)である。カルロス・タバレスCEOは2024年4月10日のミラノ発表会の席上、「仮にイタリアで生産していたら、(販売価格は)1万ユーロ高くなっただろう」とコメントした。
いっぽうで、2025年発表予定の2代目ステルヴィオと、同じく2026年発表予定の次期型「ジュリア」は、イタリア中部カッシーノで従来どおり生産されることも強調。それらに用いるSTLAラージプラットフォームのため、欧州圏内の生産設備に1億ユーロ以上を投資することもあわせて表明した。
これらの経緯を振り返ると、ステランティスとしてはこれ以上ミラノ/ジュニアが政争の具となることを避け、発売準備に専念したかったという意図があったことが読み取れる。ミラノからジュニアへの名称変更が発表された4月15日は、レオナルド・ダ・ヴィンチの誕生日に合わせて政府が第1回「メイドインイタリーの日」と定めた日であった。ステランティスがウルソ大臣の面目を保ったかたちだ。
パフォーマンスに最適だった
振り返れば、アルファ・ロメオの歴史はイタリアの政治と切り離せなかった。始まりは1932年、ときのファシスト政権によってイタリア産業復興公社(IRI)の傘下に入った。
実は、今回のミラノ/ジュニアはイタリア国外で生産された最初のアルファ・ロメオではない。1960年からブラジルの国営自動車メーカーFNM(ファッブリカ・ナチオナル・デ・モトレス)で「アルファ・ロメオ2000」がライセンス生産された。これも当時アルファ・ロメオが公社のもとにあったがゆえで、政府間の交渉の結果であった。
1963年には、歴史的なミラノ市内のポルテッロの工場を後にして、同市北郊のアレーゼに生産・研究開発拠点の大移転を実施している。1971年「アルファスッド」では、南部の工業振興を目的としてナポリ郊外のポミリアーノ・ダルコに新工場が建設された。同工場は、その後も「アルファ33」から今日のトナーレに至るまで、アルファ・ロメオの主要生産拠点となっている。参考までにジュリアとステルヴィオは、かつて「フィアット126」のためにつくられたラツィオ州カッシーノ工場で生産されている。
そして1986年、当時のフィアット・グループにアルファ・ロメオの売却を決めたのもIRIであった。当時のIRI総裁ロマーノ・プローディ氏は、のちに1996年からイタリア共和国首相を務めている。
こうした経緯を振り返ると、アルファ・ロメオは華やかなブランドイメージゆえ、ときの政権にとって実績を強調するのに有効なパフォーマンス材料だったといえる。
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イタリア人は外国ブランドがお好き
ミラノ/ジュニアに話を戻そう。発表会では「おかえりなさい、『ミト』や『ジュリエッタ』のオーナーたち」というスローガンが強調された。かつてアルファ・ロメオに存在しながらも、現行ラインナップにはないBおよびCセグメントのユーザーたちに訴求することを意図している。
当連載第798回に登場したミトクラブのオーガナイザー、アリンさんにミラノ/ジュニアの印象を聞いたところ、「大きなクルマには興味がない。もっとコンパクトで、車高が低いクルマが好みだ」と話した。メーカーがジュリア、ステルヴィオ、トナーレといった高級化・高収益化路線を志向した近年、イタリアでミトやジュリエッタの顧客は他ブランドへの転向を余儀なくされた。結果はイタリアにおけるアウディの躍進にうかがえる。アウディは2023年ブランド別新車登録台数で9位であり、ドイツ系ではフォルクスワーゲンに次ぐ人気ブランドだ。とくにCセグメントでは「アウディA3」が他ブランドを抑えて首位を独走している。
次に検証するのは、今回政府と論争の争点となった「イタリア製と間違われる恐れがある」という点だ。実のところ今日のイタリアで、ミラノとアルファ・ロメオを結びつけて考える人はけっして多数派ではない。前述のアルファスッド(Alfasud)、すなわち“南のアルファ”という名称は、かつて人々にアルファ・ロメオが“全国区”になったことを大きく印象づけた。アレーゼが2000年に閉鎖されてから現在までほぼ四半世紀、ミラノ一帯で量産されるアルファ・ロメオが今日まで存在しないことも背景にある。ミラノという車名ではなくなったが、イタリア国内の一般ユーザーに限っていえば、だからといって異議を唱えたりすることはない。
そもそも今日、イタリア人は国内ブランドに固執しているわけではない。証明するのは、やや以前のものだが、ニールセン社による2016年のブランド意識調査だ。イタリア人がどれだけ自国製品やブランドを好むかを調べたものである。
それによると、果物では73%、野菜では72%の人が国内産を選ぶのに対して、自動車で「国内ブランドを好む」とした回答者はわずか16%にとどまる。58%の回答者は他国のブランドを好み、残りは「関心がない」と答えている。自国系ブランドへのこだわりは、きわめて希薄なのである。この調査は製造国ではなく、ブランドの発祥国を対象にしたものであるが、イタリアの一般ユーザーがもはや政治家が訴えるようなメイドインイタリーにこだわりがないことを物語っている。
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「どこ製であろうと」を証明した、あの一台
もはや製造国は関係ないことを証明する好例は、実はアルファ・ロメオと同じステランティス・ブランドの「フィアット500」である。ポーランド製でありながら、2007年の生産開始以来、17年にわたり販売されるロングセラーとなっている。2023年の販売台数は約3万2000台を記録し、イタリア国内Aセグメント新車登録順位では、いまだ「フィアット・パンダ」に次ぐ2位に位置している。
1951年代生まれの自動車史家、マッシモ・フィーラ・ロバッティーノ氏は筆者に「フィアット(ステランティス)はイタリアの自動車産業の命運を左右する唯一無二のメーカー。その決定はイタリアの行き着く先も左右する」として、過度な国外移転に警鐘を鳴らす。
だが、同じく知人で500オーナーの男性(20代)は、筆者が指摘するまでポーランド製であることを知らなかった。参考までに、シエナ市内のステランティス系自動車販売店の営業担当者に確認したところ、「顧客から質問された場合は答える義務があるが、生産国を進んで説明する義務はない」という。ポーランド製と知ってからも、男性は「小さなサイズは街乗りや駐車に最適で、4人が乗れ、かつ荷物用にも一定のスペースが確保されているから大満足だ」とし、500への愛着は変わらないことを語った。
これらの事実から見えてくるのは、政治家の批判とは裏腹に、魅力的なプロダクトならどこで生産されていても受け入れられる土台が形成されているということだ。アルファ・ロメオ・ジュニアがポーランド工場で生産されても、競合他車に対して商品性が高ければ売れる可能性はある。東欧よりも生産コストが高いイタリア国内ではEVや高級車の生産を、という従来戦略が膠着(こうちゃく)状態にあることは由々しき問題である。だが同時に、国外工場でも良質な製品を生産できるよう、日々研さんを重ねている品質管理担当者の努力も評価すべきだろう。
最新の中国系ブランドによる日本国内の宣伝フレーズを拝借すれば「いいかも、ジュニア」と思う人々がどれだけいるか。イタリアではヴァカンスが終わり、販売店に並び始める2024年秋から少しずつ判明するだろう。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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