第851回:イタリア政府がメーカーを誘致? 中国車が引き起こす“地殻変動”の兆し
2024.03.21 マッキナ あらモーダ!奇瑞で目標達成を目指す?
最近イタリアの路上で、なじみがないブランドのクルマを見かけるようになった。東京で過ごした少年時代は「トヨタ・パブリカ」と「ダイハツ・コンソルテ」、「日産セドリック」と同「グロリア」といったOEM車・姉妹車の違いを即座に見分けられることをひそかな自慢としていた筆者である。ゆえに、クルマ自体がどこのブランドかわからないのは、自分で自分が情けなくなる。
2024年3月13日、ロイター通信が消息筋の情報として伝えたところによると、イタリア政府は、ステランティスグループに次ぐ大手自動車メーカーを国内に誘致するため、中国の奇瑞汽車(チェリー)と交渉中である。
イタリア政府は、2023年には80万台に達しなかった国内自動車生産台数を将来130万台にまで引き上げることを目標としている。そのためステランティスに対し、2030年までに100万台へと引き上げてもらうことを要請中だ。企業・メイドインイタリー省のアドルフォ・ウルソ大臣は「(そこに)約30万台を上乗せするため、第2のメーカーを望む」と述べている。すなわち、そのために奇瑞に打診していると思われる。
これを機会に、今回はイタリア市場における中国ブランドについて最新情報を記そう。
奇瑞はすでに18年前から、別のかたちで“イタリア上陸”を果たしている。DRモーターによるもので、同社は奇瑞から供給を受けたノックダウンキットを用い、南部モリーゼ州でクルマの組み立て生産をしてきた。ここまでの経緯は、2011年5月の本連載第194回もあわせてお読みいただきたい。当初のDRモーターの主力車種は、シティーカーやイタリアでLPG用キットを追加したコンパクトカーであった。いっぽう近年は、SUV系のラインナップを充実させている。
驚くべきは業績だ。2023年のイタリア国内登録台数は前年比24.3%増の2万5275台。これはアルファ・ロメオ(2万6787台)に次ぐもので、MINI(1万8754台)やボルボ(1万6920台)を超えている。
DRは2020年から2022年にかけて、別ブランドも投入した。奇瑞、BAIC(北京汽車)、JAC(江淮汽車)のモデルをもとにした低価格車であるEVO(エヴォ)、スポーツエクイップ、そして北京汽車製のオフローダー、ICKXである。
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すでに中国ブランド同士で戦いが
DR系各ブランドとは別に、完全メイド・イン・チャイナのブランドで健闘しているのがMGである。2023年のイタリア国内登録台数は前年比4.1倍の3万0263台を記録。アルファ・ロメオのそれを超えた。
こうして、自動車販売業界団体の統計で頭角を現してきたブランド以外にも、中国系のブランドは存在する。2022年から北部ボルツァーノのユーラシア・モーター・カンパニーという企業は、奇瑞系の宜賓凱翼(イービンカイイー)製SUVを輸入。「ウェイヴ3」という商品名で販売している。このブランドは、とくにミラノ周辺で頻繁に目にする。
中部リヴォルノを拠点とする、その名もチャイナ・カーカンパニーは東風汽車製モデル4車種をDFSKグローリーとして販売している。2023年夏、フィレンツェのショッピングモールで展示されていたのを発見。脇にいたセールスパーソンに話を聞くと、ステランティス系の地区販売店が、フィアットやジープなどの傍らで扱い始めたことが判明した。「競合車は?」という筆者の質問に、彼は「DRです」と即答したところからして、すでに中国系ブランド同士で、戦いの火ぶたが切られようとしていることがうかがえた。
話は長くなったが、冒頭で記したなじみがないクルマを頻繁に目撃するようになった理由とは、すなわち中国系ブランドの増加だったのである。
中国系が好調な理由は3つある。第1は価格だ。SUVの「DR 3.0」1.5リッターガソリン仕様は、1万8400ユーロ(約298万円)からの設定である。1リッターのシティーカー「フィアット500」が1万7400ユーロ(約282万円)であることを考えると、十分な価格競争力がある。ここ数年で彼らは価格を前面に押し出すことが少なくなったが、それでも装備を含め、ライバル車と比較すると買い得である。
第2は豊富な選択肢である。メーカーにもよるが、ガソリン、ディーゼル、プラグインハイブリッド、電気自動車(EV)に加え、イタリア側でガスタンクを追加したLPG/ガソリン併用車もある。変速機もマニュアルとAT/CVTの双方が用意されている車種が多い。保証もDRが5年または10万km、MGが7年または10万kmと、欧州系に比べて遜色ない。そして第3に、内外装デザインや質感の向上だ。中国車も進化し、多くのイタリア人が満足できる水準に達し始めたのである。
2023年には中国の自動車輸出が日本を抜いて世界1位となった。この事実は中国製EV脅威論とともに報道がなされている。実際、フランスでは2023年12月から、完成車を輸送する際の二酸化炭素排出量まで計算することによって、中国製EVを購入補助金の対象外とした。だが、イタリアで販売されている中国系ブランドに関していえば、ラインナップからしてEVが占める割合は明らかに少ない。
そして、たとえ内燃機関のモデルであっても、中国系にはイタリアで拡販のチャンスがある。「フィアット・パンダ」の現行型は、2024年7月にニューモデルが誕生したあとも継続販売される見込みだ(参照)。しかし、将来的には「フォルクスワーゲンup!」「ルノー・トゥインゴ」のように、衝突安全・排ガス基準に適合させるコストとの均衡が困難になり、生産終了することはあり得る。10年以上最多販売車種の座にあった現行パンダが消えるということは、Aセグメント車を求めるイタリア人パンダ・ユーザーの行き場がなくなるということだ。そうなった場合の選択肢は、トヨタの欧州専用車「アイゴ」や「ヒョンデi10」「キア・ピカント」といった日韓系がある。だが、もし中国系ブランドが魅力を持ったモデルを投入すれば、現行パンダの顧客をそれなりに獲得することは可能であろう。
歴史的転換点になる可能性
冒頭で記したように、イタリア政府が中国系メーカーと交渉中とのことだが、歴史的にみると、外資系メーカーとの相性は、けっして良くなかった。
1924年から38年まではシトロエンがミラノの工場で組み立てを行い、それなりの業績を上げていた。しかし、ムッソリーニによるファシスト政権の国内産業保護政策強化にともない、メリットを感じなくなったため生産から撤退した。
フィアットと創業家出身のジョヴァンニ・アニェッリ(1921-2003)も、イタリア国内に外資系企業が進出することを嫌った。第2次大戦後の1954年から、アルファ・ロメオは、同じ公営企業であったルノーと提携し、イタリアで「ドフィン」「4」を生産していた。ところがイタリア企業、とくにフィアットによる圧力により課税制度が変更された。それは車体寸法でルノー4が不利となるものであり、そのためルノーは1964年にイタリアから手を引いている。
1964年、経営危機に陥っていたフェラーリをフォードが買収しようとしたときも、1986年に産業復興公社が売却したアルファ・ロメオを、フォードが獲得しようとしたときも、フィアットが名乗りを上げて手中に収めた。
実業家アレハンドロ・デ・トマゾが、かつて英国BMC車のライセンス生産を行っていたインノチェンティを1993年に手放した際も、フィアットが傘下に収めている。
今日、フィアットの流れをくむステランティスが、アニェッリ時代と同様に、中国系メーカーのイタリア上陸を阻止するかどうかは不明だ。ただしイタリア国内の工場で生産され、一定の現地部品調達率を達成すれば、中国発祥のブランドでもEU製と認められる可能性は高い。イタリアは他のEU諸国からの批判覚悟で、自国での自動車生産増と雇用増を選ぶことになる。
奇瑞イタリア工場が実現すれば、フォルクスワーゲン・グループの高級車ブランドであるブガッティ、ランボルギーニを除いて“大手外資系”が存在しない今日のイタリアで、久々の国外量産メーカーが稼働となる。イタリア自動車史の大きな転換点だ。アニェッリはあの世でどう感じているのか、聞いてみたい。
同時に気になるのは、販売最前線となる地元ディーラーの行方だ。本連載第807回に登場したシエナのスバル販売店主、ニコロ・マージ氏は、イタリアで海のものとも山のものともつかなかったスバルの地区代理権を取得し、事業を広げた。中国系でも同様の成功を手にする人が出るのかもしれない。そうした意味でマクロ的にもミクロ的にも、中国ブランドはイタリア自動車業界に地殻変動を起こす可能性があることはある。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA> /写真=Akio Lorenzo OYA、Chery、Eurasia Motors/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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