ホンダCR-V e:FCEV(FWD)
水素が磨いた上質と洗練 2024.11.20 試乗記 いよいよ公道を走りだした、ホンダ最新の燃料電池車(FCEV)「CR-V e:FCEV」。FCEVとプラグインハイブリッド車(PHEV)の特徴を併せ持つという一台は、どのようなクルマに仕上がっているのか? 最新世代のFCスタックの特徴は? 実際にハンドルを握って確かめた。GMと共同開発した最新のFCスタックを搭載
今やホンダの世界戦略車の筆頭銘柄へと成長したCR-V。その6代目となる現行モデルが登場したのは2022年だが、母国の日本ではなぜか販売されることはなかった。代わって導入されたのが「ZR-V」というわけだが、こちらはアメリカでは「HR-V」として販売されている。そのHR-Vは中国では日本版「ヴェゼル」がベースで……と、ホンダのSUVラインナップは、世界的にみると商品名も含めて散らかりまくっているのが現状だ。
これもまた、リージョンごとの裁量権が重んじられていた“六極体制”の残滓(ざんし)だろうか……。と嘆きから始まってしまったが、6代目CR-Vは発表から2年遅れて、FCEVにしてPHEVというなんともリッチなパワートレインを搭載しての日本導入と相成った(参照)。そして車体は売り切りではなく、リースというかたちを採る。
ちなみにCR-V e:FCEV(以下e:FCEV)の生産キャパシティーは年間約600台を想定しており、現状の販売地域は米国西海岸と日本になる。FCスタックはゼネラルモーターズ(GM)との合弁となるFuel Cell System Manufacturing, LLCで製造。ミシガン州の工場からホンダのオハイオ州メアリズビル工場に隣接したパフォーマンスマニュファクチャリングセンター(PMC)に送られ、アッセンブリーされる。
取材した2024年11月上旬時点での国内受注台数は63台。うち15台は個人事業主、10台は個人での契約だという。また登録希望が年度末や決算期などに偏る一般法人や官公庁へのセールスは、車両登録が完了したこれからになるそうだ。そういえば2024年9月に北海道の鷹栖テストコースで乗る機会のあった車両(参照)は、上陸ホヤホヤで台数も少ないということで、かなり丁重に扱われていたことを思い出す。もともと「NSX」の生産用に設(しつら)えられたPMCを使っているということは、恐らくe:FCEVも大半が手づくり的な工程になっているのだろう。
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可能性が広がるコンパクトなFCスタック
今回の公道試乗の機会に合わせて、ホンダはe:FCEVのカットモデルを用意してくれた。車両搭載状態のFCスタックをのぞき込んでつくづく思うのが、そのコンパクトさだ。ほぼ四角な形状のため乱暴な比較にはなるが、体積的には内燃機の1.5リッターエンジンくらいにみえる。eアクスルを組み合わせてのボリューム感も、ちょうどFF乗用車のエンジンとドライブトレインのそれに近い……。ということで、PCUも含めてCR-Vのボンネットには難なく収まった、そんな印象だ。
ホンダとGMの共同開発となるこのFCスタックは、単に搭載性のみを考慮してこのサイズや形状となったわけではない。今後、トラックや重機といった大型車の動力源のみならず、定置型の発電機などパワーパックとしての活用も視野に入っている。ホンダもすでに山口県などで実証実験を行っているが、今後はこのFCスタックが、モビリティー以外の水素活用のさまざまなニーズに活用される、そういう未来像を描いているわけだ。
話をe:FCEVに戻すと、そのユニークポイントは17.7kWhのリチウムイオンバッテリーを用いたPHEVとしての一面を持ち合わせていることだ。これによって水素切れで不動の文鎮と化してしまうことを防ぐだけでなく、システム全体を電気リッチに保つことでFCスタックの過労保護という副産物も期待できる。外部充電は200V・6.4kWの普通充電に対応しており、約2.5時間で満充電が可能。そして電気だけで走れる航続距離はWLTCモードで61kmだ。加えてFCスタックから電気を調達する「CHARGE」モードや、最大1500WまでのACアウトレットも備えるなど、電気の受給電については多彩な引き出しを備えている。
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現行のラインナップで最良の出来栄え
以前の試乗はクローズドコースゆえ、高速・高負荷領域でのドライバビリティーは確認できたいっぽうで、公道での乗り心地は確かめられなかったわけだが、今回の試乗ではリアルな日常環境でそれを試すことができた。
ベースモデルのCR-Vは、アーキテクチャー的にはCセグメント系プラットフォームのSUVということになるが、e:FCEVの走りはDセグメント級くらいの上質感がある。もちろん、走ってしまえば電動車ならではの優位点でアドバンテージを得ている部分もあるが、逆にFCEV特有のポンプやファンなどの作動音、インバーターノイズといったシステムの稼働音やスイッチング音なども察知できないほど、抑音・遮音がきっちり仕上げられているのには驚かされた。搭載性を無視すれば、Eセグメント級サルーンに積んでも通用する質感だと思う。
“モーター使い”の経験値が表れる速度のコントロール性についても上々だ。動力機性能的には突出したものはないが、発進~中間域ではアクセルの微妙な操作にしっかりスピードの乗りが呼応してくれる。ブレーキもひたすらリニアで、相当微細な踏力調整を加えても、回生と油圧の段付きはまったく感じられない。「ホンダe」や「N-VAN e:」もそうだったが、こと完全電動パワートレインのつくり込みという点について、ホンダのレベルは相当高いところにある。
ともあれ、よくもここまで複雑怪奇なシステムをきれいにまとめたものだと思う。ハード的な欠点は、水素タンクの搭載にともなう車室空間の削減くらいしか思い浮かばない。多芸多才にして、乗り味についても恐らく今日のすべてのホンダ車のなかで最も上質だろう。元ネタたるCR-Vの素性がよければこその話でもあるだろうが、それが確認できないのがなんとも惜しい。ZR-Vの出来からも推されるが、日本では拝めないCR-Vのe:HEVは相当な出来なのではなかろうか。無責任にあおるのもなんだが、ホンダは商品のポートフォリオで少なからず商機を逸しているのではないかと心配になる。
(文=渡辺敏史/写真=郡大二郎/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
ホンダCR-V e:FCEV
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4805×1865×1690mm
ホイールベース:2700mm
車重:2010kg
駆動方式:FWD
モーター:交流同期電動機
最高出力:177PS(130kW)
最大トルク:310N・m(31.6kgf・m)
タイヤ:(前)235/60R18 103H/(後)235/60R18 103H(ハンコック・キナジーGT)
燃費:129.0km/kg(WLTCモードに基づくホンダ測定値)
一充填走行距離:約621km(WLTCモードに基づくホンダ測定値)
一充電走行距離:約61km(WLTCモードに基づくホンダ測定値)
価格:809万4900円/テスト車=809万4900円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2024年型
テスト開始時の走行距離:1726km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--kg(圧縮水素)
参考燃費:--km/kg
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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