「運転の楽しさ」をどう定義する?
2025.04.08 あの多田哲哉のクルマQ&Aクルマのカタログやウェブサイトを見ていると「運転の楽しさ」「クルマの楽しさ」というような文言をしばしば目にします。やや抽象的なポジティブワードで、わかったような、わからないような……。ではその「楽しさ」って、なんなのでしょうか? 多田さんの考えをお聞かせください。
クルマの楽しさとは何だ、みたいな話は禅問答に近いもので、それを検討する会議はトヨタ社内でも、それこそ何十回も行われています。
市場調査も散々やっています。担当者がまず検討して、よくわからないからお客さんに聞いてみようか? という話になり、調査会社に依頼して……とまぁ、そんなことを延々とやっているわけです。で、いまだに決定的な答えは得られず、同じことを繰り返している。
けれど、クルマが楽しいとか運転が楽しいというのは心地いい言葉には違いなく、製品をアピールする場ではそういうワードは必ず登場しますね。そして、いろんな定義を添えては製品に落とし込んでいる。ひと口に“楽しさ”といっても、それは運転者にとってのことだけでなく、同乗者はどう感じるのかなどいろいろな切り口があるわけですが、今回は運転者の話に限りましょう。
まずクルマの印象というのは、道次第で大きく変わります。どの道を、どういう天候のなかで走るかにより、感じ方はぜんぜん違う。クルマの楽しさというのは、まさに道・環境によっているという面があります。
そのため、自動車メーカーは、ジャーナリストその他に評価をしてもらうためにベストな試乗環境を用意しなければならないと考えて、毎度苦労しているのですが……皆さんも、クルマの良しあしを判定するときは、まず“いつもの道”で試してみるとよろしいかと思います。道が異なると評価が一定になりませんからね。
で、私が考えるいいクルマ、運転が楽しいクルマというのは、評価基準が1点に限られています。それは、「ドライバーである自分の目線を、いかに動かすことなく運転できるか」なんです。
コーナリングで横Gがかかったとき、あるいは急な加速・減速に際しても、目線が常に安定していること。運転の主体・原点である自分の目線が安定しているというのは、それだけ正確に操縦できることにつながります。例えば、ある一定量のコーナリングをしようとしても、頭がぐらぐらすると正確な操作はできなくなりますし、乗り心地についても頭がぐらつくから気持ち悪く感じてしまう。操縦安定性でも乗り心地でも、この点がキーになってくるんです。
そういう動きは、ほとんどGがかからないくらいゆっくりと加減速するならやりやすいですよね? しかし、ある程度のスピードで走らせた際も、視線の移動は穏やかなままか。安定した状態でいられるのか? そんなところをチェックしています。
その点でベストのクルマ、つまり“文句なしに楽しく運転できるモデル”は何かといわれれば、具体的には最新型の「ポルシェ911 GT3」を挙げます。
911 GT3はとてつもない動力性能を持ちながら、ドライバーの視線をぐらつかせることがないし、乗り心地の点でも優れている。それは、計測器を使った解析でも数字で証明されています。加えて、自分の体感とシンクロしているので「これはスバラシイ!」と感じられるわけです。
このクルマは道を選ばず、ドライバーを選ばず、どう運転しても期待に応えてくれる。ただ、問題があるとすれば、価格が高い(最新型は2868万円)ということです。
それだけ払えば、そんな満足が確かに得られる。でも、それ以外のクルマは楽しくないのかといえば、決してそんなことはありません。まさにクルマの楽しさというのは、運転している人の主観や思いで大きく変わるのです。
そのなかには、ブランドのイメージも含まれるでしょう。911 GT3とは逆で「値段がすごく安いのにそこそこ走れることによる満足感」というのもある。「86」もまぁ、値段の割にはいいセンいっていると思いますけれど(笑)、じつにさまざまなんです。そして、まさにそのために、自動車メーカーというのは自分のブランド価値を上げるなど、クルマづくり以外のこともがんばっています。
冒頭でも述べましたが、クルマの楽しさや運転の楽しさというのは、定義するのが難しい問題で、禅問答なんです。自動車メーカーの人全員が知りたいテーマだと思いますし、私自身も皆さんの意見をぜひ聞いてみたいと考えています。
「私はこう思う」「これこそが答えだろう」と思われる方は、ぜひご意見をお聞かせください。いつか、それをもとに話を展開したいと思います。
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多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。