第914回:「フォーリコンコルソ2025」見聞録 ―“コンクールの外”という選択―
2025.06.12 マッキナ あらモーダ!仕掛け人は3代目旦那
前回は2025年5月23日から25日にイタリア・コモで開催された「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ」、通称ヴィラ・デステのコンクールをお伝えした。ところが近年、同じ5月の週末、それも同じくコモ湖畔を舞台に、もうひとつの自動車イベントが催されるようになって注目を浴びている。その名を「フォーリコンコルソ」という。
フォーリコンコルソは、イタリア人自動車愛好家のグリエルモ・ミアーニ氏の構想によるものだ。高級紳士服ブランド、ラルスミアーニの3代目経営者である。参考までに彼のモンテ・ナポレオーネ通りのブティックには、車両1台がすっぽりと収まる大きなショーウィンドウが備えられている。2024年のミラノ・デザインウイーク中、そこに発表から間もない「アルファ・ロメオ・ジュニア」が突如展示され、人々を驚かせたのは記憶に新しい(参照)。イタリア自動車業界との強いパイプを感じさせるサプライズだった。
フォーリコンコルソの第1回は2019年にさかのぼり、ショーとツーリングという組み合わせでスタートした。いわゆるコロナ禍の2020年はイタリアと米国でツーリングのみが開催されたが、2021年にショーを再開して今日に至っている。
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逆アリの巣のごとく
Fuoriconcorsoがイタリア語で「競技以外」を意味するとおり、ヴィラ・デステのような古典的スタイルのコンクールはプログラムに含まれていない。代わりに採られているのは、毎年テーマを絞って深掘りする企画だ。以下は過去の歩みである。
- 2019年「1990年代のベントレー・コンチネンタル」「モンツァF1」
- 2021年「ターボ」
- 2022年「ゾンダーヴンシュ」(ドイツ語で特別オーダー。ポルシェのカスタマイズドプログラム「エクスクルーシヴ・マヌファクトゥア」の特集)
- 2023年「空力」
- 2024年「ブリティッシュ・レーシンググリーン」
2025年は「ヴェロチッシモ(velocissimo イタリア語で超高速)」と題し、イタリアにゆかりのあるF1マシンやラリーカーなどの競技用車両を特集。トリノ自動車博物館の収蔵車両を含む43台を収集した。
会場にも特色がある。メインは「ヴィラ・デル・グルメッロ」「ヴィラ・スコータ」という2つの館(やかた)およびその庭園だ。いずれも湖畔の崖に建つことから、つづら折りの坂道をたどりながら、特集やパートナーの車両を鑑賞する。途中には別れ道もあり、ポルシェデザインの腕時計、ラルスミアーニの紳士アパレル、そしてオートモビリア(自動車を題材にしたアート)といったクルマ以外のものも現れる。それらをビジターたちがめぐるさまは、まるで天地をさかさまにしたアリの巣をめぐるアリのごとくである。
推し感覚か
ヴィラ・デステが1999年以来BMWをオフィシャルパートナーとしているのに対し、フォーリコンコルソは毎回さまざまな自動車ブランドを迎えてきた。2025年、その数はアルファ・ロメオ、メルセデス・ベンツ、ポルシェ、マセラティといった主要ブランドを含め10に及んだ。なかでも熱心に参加したのはアルファ・ロメオである。「カーザ・アルファ・ロメオ」と題し、前述のヴィラ・スコータのほぼすべての展示スペースを確保。アレーゼの自社博物館や個人蔵による歴代コンペティションカー15台を並べた。さらに著名出版社のリッゾーリとともに「33ストラダーレ」に関する書籍の発表も行った。
フォーリコンコルソは、新型車披露の場としても使われ始めている。最も熱心なのはザガートで、2024年に「AGTZツインテール」を発表したのに続き、今回はボーフェンジーペン社とともに新作を公開した。BMWの熱心なファンならご存じのとおり、ボーフェンジーペンとはアルピナの創業家である。今回発表した「ボーフェンジーペン・ザガート」は、2022年にアルピナの商標をBMWに売却した同家が新たに取り組んだ、超限定生産計画による一台だ。「BMW M4」をベースに、ザガートのチーフデザイナー、原田則彦氏がデザイン開発に取り組んだ。アンドレアス・ボーフェンジーぺンCEOは、ザガートを選んだ理由として、「輝かしい伝統とともに、自社と同様に少数精鋭であったこと」と筆者に教えてくれた。
ほかにも、1950年代の英国F1コンストラクターの名称をドイツ企業が復活させた「ヴァンオール」は、電気自動車の「ヒョンデ・アイオニック5」をべースにチューンナップを施した「ヴァンダーヴェル」を展示。イタリアのキメーラ、トーテムといったレトロモッド系コンストラクターも自社モデルを展示した。
このようにフォーリコンコルソは、歴史に彩られた格式高いコンコルソ・ヴィラ・デステとは別の魅力を蓄えながら成長しようとしている。100年近く続くショーやイベントが珍しくない欧州で、くしくもこの新興イベントに草創期から立ち会えた筆者としては、若手アーティストの成長を見守るのに似た感覚―アイドル文化の“推し”というのも同じ感覚なのかもしれない―を見いだしつつある。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里 Mari OYA、Akio Lorenzo OYA、ボーフェンジーペン/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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