第916回:「ピッティ・イマージネ・ウオモ」で再会した銘品・自動車柄ネクタイ
2025.06.26 マッキナ あらモーダ!今回のテーマは「自転車」
世界屈指の紳士モード見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ」が、2025年6月17日から20日まで、イタリア中部フィレンツェで開催された。同イベントは毎年1月と6月の年2回開催。108回目を迎えた今回は、約740のブランドが参加し、主に2026年春夏商品がバイヤー向けに公開された。
このイベントでは、毎回特集テーマが設定される。今夏は「PITTI BIKES(ピッティ・バイクス)」、つまり自転車であった。なぜファッション見本市で? との筆者の問いには、プレスリリースが答えてくれている。「自転車は、『個人的でありながら集団的』『高性能でありながらのんびり』『テクノロジーと手仕事の融合』『先進と伝統』『競争と友好』『未来的でありながらヴィンテージ』という、まさに現代の二重性を象徴する存在」であり、それらは服飾が有するものと同じである、という提案だ。
いっぽう、展示会というビジネス的見地から冷静に筆者が観察すれば、服装の世界的なカジュアル化がある。新たな領域の出展者と、それに関心をもつ来場者に訴求する必要に迫られたものといえよう。事実、6月のイベントの出展者数を振り返ると、2023年は825、2024年は790と減少傾向だ。そうしたなか、ピッティのオーガナイザーは数年前から自転車とその関連ファッションに着目。別会場におけるフェアなど、さまざまなかたちでアプローチを試みてきた。
今回、特設パビリオン内には、サイクル用ウエアや自転車ブランド、さらにツアー会社など10のブースが並んだ。ウエアに関していえば、鮮やかさ一辺倒だった従来のデザインを超え、よりシックなものが多数提案されていた。同時に空力性能を追求し、部位によって繊維の種類を巧みに変えるなど、技術で訴求するメーカーもみられた。
空力といえば、ロードバイクのブランド、デローザが展示したジーロ・ディタリア用車両には、フレームにピニンファリーナのサインが記されていた。聞けば、彼らは2016年からピニンファリーナの協力のもと、技術開発を開始。トリノのグルリアスコにあるピニンファリーナの自動車用風洞にも製品を持ち込んでテストしているという。なお創業一族のデジレーさんによれば、ジーロに使われたロードバイクは、後日インターネットを通じ先着順で販売するという。
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“空軍”のフルフェイスも
同様に自転車メーカーであるパッソーニのブースも訪れてみた。彼らは自動車のパガーニ・アウトモービリが採用しているのと同様、カーボンとチタンを組み合わせた素材「カーボチタニウム」を使用。グラベルバイク(舗装路・未舗装路両用の自転車)である「ヴィンチ」のフレームは1.3kgと非常に軽量だ。変速機は数週間前に発表されたばかりのカンパニョーロ製13段である。
なお、「日本のカスタマーには、ホイールはディスクよりスポーク、ブレーキはディスクよりもリム式のほうが好まれます」とスタッフは話す。一定価格以上のモデルを購入する人々は保守的傾向が強いとみた。
顧客に関する話として、スタッフがもうひとつ披露してくれたのは、あるアジアの国のスーパーマーケット・チェーン経営者のエピソードだ。彼は新店舗開店の呼び物にエキゾチックカーのショーを企画。同好の士に呼びかけて集まってもらった。ただし、当日経営者自身が誇らしげに展示したのはクルマではなく、パッソーニであった、というものだ。「スーパーカーの間に、わが社のバイクが、さりげなく置かれていたのです」
ウエアからはそれてしまったが、やはり新しい世界を知るというのは楽しいものだ。
乗り物系ということでもうひとつ記せば、アエロナウティカ・ミリターレの二輪用ヘルメットがあった。Aeronautica Militareとはイタリア語で空軍のことである。イタリア防衛省が関連企業を通じて民間に供与しているライセンスを使用したファッションブランドだ。ほかにも同様に、エゼルチト(Esercito:陸軍。商標は「Esercito 1659」)、マリーナ・ミリターレ(Marina Militare:海軍)がそれぞれのライセンシー企業によってファッションブランドとして存在する。
今回アエロナウティカ・ミリターレが公開したのは、ヘルメットのブランド、アイローとのコラボレーションだ。空軍における3個の師団のイメージカラーを反映したフルフェイスで、そのひとつはピニンファリーナがカラーリングを担当したアクロバット飛行隊「フレッチェ・トリコローリ」(当連載第878回参照)をイメージしたものだ。
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ロバート・タルボット
出展者リストを眺めていて、懐かしいブランド名を発見した。アメリカのロバート・タルボットである。ここからは、しばし私的述懐をお許しいただきたい。時は1980年代末、まだ駆け出しの雑誌記者だった筆者は、東京からカリフォルニアのペブルビーチへとおもむいた。そして、コンクール・デレガンスの会場であるザ・ロッジ・アット・ペブルビーチで訪れたのが、ロバート・タルボットの洋品店であった。
当時執筆した記事を再録すると、創業者ロバート・タルボットはニューヨークの出身だった。大のボウタイ(ちょうネクタイ)好きだったが、第2次世界大戦前に移住した西海岸には気に入るものがなかった。そこで夫人のオードリーが彼や家族、そして友達のためにボウタイを縫った。それが好評を博したことから、1950年に彼女は夫や息子とともに、ガレージを使ってカーメルの町で小さなタイ工房を始めた。ちなみに閑静な住宅地である同町は、1980年代に俳優のクリント・イーストウッドが町長を務めている。
筆者が訪れた当時から、ロバート・タルボットの“名物”は、コンクール・デレガンスにあやかった自動車柄ネクタイであった。流線形前夜の高級車、1950年代のファミリーカー、マッスルカー、アメリカでヒットした欧州製スポーツカー、さらにはインディカー……と多彩なデザインのものがあった。ネクタイとは別に、自動車柄のサスペンダーも売られていた。
そのときにいたスタッフによれば、自動車柄はコンクール詣での際、まとめ買いしていく顧客が多いという。それに合わせて並べるので、「コンクールが催される夏のほうがバリエーション豊富です」と教えてくれた。
当時は円高時代とはいえ、やはり筆者にとっては高級品。清水の舞台を飛び降りるつもりで2本だけ購入し、後年大切に使っていた。
あれから三十数年。ロバート・タルボットはどうなっているのだろうか。今回のピッティ・イマージネ期間中、彼らがフィレンツェ市内のホテルでカクテルパーティーを催すというので出席してみた。
イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」が流れるなか、アレックス・アンジェルシックCEOとクリエイティブディレクターのセバスティアン・ドーリンガー氏が迎えてくれた。
彼らによると2022年、ブランドは創業一族の手を離れ、香港資本の世界的ファッション流通企業、ニュータイムズ・グループの傘下となっていた。会場で聞いたところによると、アンジェルシックCEOの父親は医師で、ロバート・タル
ボット製品の熱烈な支持者だったという。
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国際化のもとでも継承されたもの
ドーリンガー氏に新作を見せてもらう。創業75周年記念の「ヘリティッジ・コレクション」は、主に1990年代中盤の自社デザインを再現したものだ。そのなかの一本「ジャガーEタイプ」をちりばめたものは、1997年のデザインの再現である。
ほかにも2026年春夏のカジュアルシャツとして、無数の色鮮やかな「フィアット・ヌオーヴァ500」ベースのビーチカー「ジョリー」をあしらったものや、「ウィリス・ジープ」をプリントしたものがある。
筆者の目からすると、ヘリティッジ・コレクションのEタイプは対米輸出のため現地の保安基準に準拠したシリーズ1 1/2以降のモデルだ。ヌオーヴァ500のジョリーは大型ヘッドライトを装着したこちらも米国仕様であり、昨今では著名オークションのカタログにもたびたび登場する“ドルチェ・ヴィータ”の象徴だ。欧州車でありながら、自然とアメリカ視点が反映されている。ただしドーリンガー氏によれば、モチーフとするクルマ選びは、感覚のおもむくままのものであるという。
参考までに、ヘリティッジ・コレクションは英国最古のシルク工場で織られ、縫製はイタリアのコモで行われている。
目下、ロバート・タルボットの主要市場は、ゆかりの地である米国に加え、ロシアそして中華圏だという。しかし考えれば、国際企業のいちブランドになったからこそ、イタリアにいる筆者は期せずして再会を果たせたわけだ。同時に、販売テリトリーを拡大しても、このブランドが、新たなオーナーのもと「自動車」を忘れていなかったことに安堵(あんど)の息をついたのであった。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA> /写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA、Tateossian、Robert Talbott/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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