第878回:裏側もすごいんです ピニンファリーナが空軍アクロバット機の機体色をデザイン
2024.09.26 マッキナ あらモーダ!空飛ぶ三色旗
自動車のデザインで有名なトリノのピニンファリーナが、イタリア空軍の曲技飛行隊であるフレッチェ・トリコローリ用航空機の機体色を担当した。
実機は2024年9月12日、北部トレヴィーゾの空軍基地で開催された「フレッチェ・トリコローリ北米ツアー帰還記念式典」で公開された。席上、ピニンファリーナの副会長兼最高経営責任者(CEO)であるシルヴィオ・アンゴリ氏は、「このカラーリングで、私たちは彼らの精神と献身的な姿勢をたたえ、何十年にもわたって彼らの息をのむようなパフォーマンスに寄り添うデザインを施しました」と説明。「ピニンファリーナは、約95年にわたり世界中でイタリアンデザインを代表してきました。その創造性に対するイタリア空軍の信頼に感謝します」と述べた。
フレッチェ・トリコローリ(イタリア語で3色の矢)の正式名称は、第313曲技飛行隊という。1950年代から存在した前身組織カヴァリーノ・ランパンテ(跳ね馬)の流れをくみ、1961年に発足した。1963年には「フィアットG.91」軽戦術航空機を改造した「G.91PAN」を採用。2022年には世界最多の10機によるアクロバット飛行でギネスブックに掲載された。今回、ピニンファリーナがカラーリングを施したのは、従来使用されてきた「アエルマッキMB-339PAN」の代替として導入される練習機兼軽攻撃機「レオナルドM346」である。参考までに、同機を生産しているレオナルド社は、日・英・伊による次期戦闘機の共同開発計画に参画している。
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空気が見える!
古代ギリシア・ローマ神話の登場人物エロース/クピードが射る矢にどこまで影響されたものかは不明だが、イタリア人は矢(フレッチャ、複数形でフレッチェ)を愛する。乗り物の世界もしかり。第2次世界大戦直後のアルファ・ロメオには、金の矢を意味する「フレッチャ・ドーロ」が存在し、2008年に運行が開始されたイタリア国鉄の特急は、赤い矢を示す「フレッチャ・ロッサ」と名づけられている。それにあやかり、筆者も自己紹介で自身の姓“大矢”を「つまりフレッチャ・グランデ」などと説明することがあるが、こちらは今ひとつウケないのが寂しい。
ここからは、実際にピニンファリーナによるカラーリングを観察していこう。同社は「フレッチェ・トリコローリの飛行の美しさと流動性を強調しました」と説明。そのうえで「飛行中、認識可能なグラフィック要素が常に見えるようにする立体的デザインによって、観客にスピード感とダイナミズムを伝えます」という。さらに完成作を「ピニンファリーナとフレッチェ・トリコローリ双方の特徴である優雅さとパワーの完璧な組み合わせであり、イタリア空軍の中核的価値観である勤勉、創意工夫、チームワークを体現しています」と解説している。
ピニンファリーナ社内では、どのような人員構成で開発が行われたのか? 筆者の問いに対して同社は「自動車デザイン、プロダクトデザイン双方のデザイナーを含む、横断的な人員構成でした」と振り返る。
プロセスについても教えてもらう。「彼らは3つのチームに分かれました」。第1チームは「新しい伝統」、第2チームは「スピードの形」、そして第3チームは「イタリア国旗のルネサンス」というテーマに取り組んだ。そしてチームごとに2案を提出したという。
結果として「われわれの国家の誇りと、世界で私たちを代表するシンボルとなっている」という観点から、 「イタリア国旗のルネサンス」が選択されたという。
次に筆者の視点で分析してみる。比較対象として、日本の航空自衛隊が擁する「ブルーインパルス」の3代目機種「川崎T-4」練習機のカラーリングも参照してみた。
細かいところからいえば、機体に記されている文字がある。ブルーインパルスは、垂直尾翼のポジション番号、機体番号、胴体の「Blue Impulse」ロゴ、そして製造番号に用いられている書体、字間、文字サイズがかなり多様だ。それは2024年に流通が開始された日本の新紙幣に用いられたデザインと同様のことといえる。対してピニンファリーナのものは、従来機にも用いられていた「frecce tricolori」ロゴを使用するという制約を受けながらも、巧みに新しいデザインに融和させている。
ピニンファリーナは主翼から下を青(イタリアの旧王室名をとって「サヴォ・ブルー」と呼ばれる)で広範囲にわたり塗っている。これにより、あたかも機体がステルス戦闘機のように薄く見える。ウエストラインを後方に向かって高めに強調することで鈍重な感じを抑えるのは、くしくも1984年にピニンファリーナがデザインしたコンセプトカー「ホンダHP-X」のサイドビューを連想させる。同時に、その上下の明確なコントラストは、アクロバット機という用途上、宙返りした際の機体の挙動を強調するためだろう。
さらに塗り分けについて比較すれば、ブルーインパルスが直線基調で白・青を分けて速度感を強調しているのに対し、ピニンファリーナは緑・赤のラインをキャノピーの隆起に沿って這(は)わせることで、空気流を視覚化している。それは、主翼の直線とキャノピーの曲線という、相反する要素を融合させる役目も果たしている。空気流の視覚化は、機体底部でも手を抜くことなく行われている。イタリアのカロッツェリア界で早くから空力の重要性に注目し、欧州の自動車業界に先駆けて1972年に前述の自社風洞を建設したピニンファリーナのレガシーが感じられる。
実際、後日ピニンファリーナからは「今回のデザイン開発では風洞は使用されませんでしたが、デザイナーはラインを通じてダイナミズムとスピードを強調するカラーリングを実現しようとしました。最終的な結果は、航空機の表面を流れる空気力学的な流れのアイデアを伝えます」と、まさに答え合わせのような解説を得ることができた。
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美しく彩ることに意味あり
曲技飛行隊は、国威発揚や国民の防衛への理解に効果を発揮する。だが、筆者はそれだけではないと考える。かつて筆者がフレッチェ・トリコローリのデモ飛行を見に行ったときのことだ。筆者と一緒に見物していた元高校教師のジョルジョ氏は、アクロバット飛行の技を実況中継のごとく専門用語を用いながら解説してくれた。聞けば彼は、かつて操縦士免許を取得しようと試みたことがあったという。願いはかなわなかったが、フレッチェ・トリコローリは、彼が飛行機への情熱を持続させるきっかけになっていたのだ。
その日、会場となったわが街シエナの飛行場には、航空クラブの本部があって、操縦士免許教室も開講されている。ちなみに、クラブの会長は当連載第819回に登場した自動車教習所の校長ロレンツォ・ブロッキ氏である。イタリアで年間を通じさまざまな式典で3色のスモークを出して飛行するフレッチェ・トリコローレは、新たな生徒が教室の門をたたく勇気をブーストしているに違いない。
曲技飛行隊のデモンストレーションは航空機に対する関心をうながし、ひいては航空機産業への理解にもつながる。それをより美しく演出するという意味で、今回のピニンファリーナの仕事は価値あるものである。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=ピニンファリーナ、航空自衛隊/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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