キャデラック・リリック スポーツ(4WD)
夢と理想の最適解 2025.08.20 試乗記 キャデラックの電気自動車(BEV)「リリック」が、いよいよ日本の公道を走りだした。ブランドの次世代戦略を担う重要な一台は、どのようなモデルに仕上がっているのか? ゼネラルモーターズ(GM)が満を持して世に問うた、電気で走るラグジュアリーSUVを試す。着々と進むキャデラックのBEVシフト
モジュール化の自由度の高さを特徴とする「アルティウム」バッテリーを核とした、ゼネラルモーターズのBEV用アーキテクチャーは、現時点で搭載バッテリー容量にして50~200kWhをカバーすることが可能となっている。つまり、シボレーの「ボルト」のようなB~Cセグメント級のコンパクトカーにはじまり、同「シルバラード」のようなフルサイズピックアップまでカバーすることが想定されているわけだ。それは言うまでもなく、GMのあらかたのプロダクトに適合するということでもある。
リリックはそのアルティウムを軸としたアーキテクチャーで構成されるクルマとしては、車格的にちょうど真ん中に位置づけられるモデルだ。節目としていた2030年以降も内燃機モデルを併売と、BEVシフトは当初より一歩退けた感もあるキャデラックだが、開発の軸足がBEVの側にあることは疑いない。すでに本国では「オプティック」や「ビスティック」「エスカレードIQ」といったBEVモデルを展開している。
日本仕様のリリックの搭載バッテリー容量は95.7kWh。本国仕様は102kWhとされるため、これはSoCベースでのネット値だろう。航続可能距離はWLTPモードで510km。急速充電については日本のCHAdeMOのベンダーもほぼテスト済みで、95%以上で動作確認をとっているという。実際、今回は取材帰りに「海ほたる」の50kW急速充電器を利用したが、30分で約20kWhが問題なくチャージされた。
前後軸に搭載されるモーターのシステム最高出力は522PS、同最大トルクは610N・mと、内燃機でいえば排気量6リッター超級に相当する。アウトプットの数値的な比較でいえば、「シボレー・コルベット」のベースグレード(参照)に搭載される6.2リッターV8 OHVの「LT2」型にほど近い。リアバッジが示す“600”の数字が意味するのも、そういうところだろう。ちなみに日本仕様のリリックのラインナップは「スポーツ」のひとつのみ。本国仕様でいうところの「プレミアムスポーツ」がベースになっていると思われる。
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注目度はばっちり、居住性も(ほぼ)文句ナシ
リリックのスタイリングは、2022年に発表されたラグジュアリーサルーンの新解釈となるコンセプトカー「セレスティック」で示された、新たなデザインランゲージが真っ先に反映されたものだ。クオーターピラーからリアデッキに回り込むようにつながる特徴的なマーカーランプも織り込まれているが、よりキャッチーなのは、縦配列となったヘッドランプ&テールランプだ。1960年代半ばからのキャデラックの象徴となったバーチカルなディテールを、現代的にアレンジしているのだろう。
その存在感は容赦なく好奇の視線を集めるようで、新型車に乗っていて久しぶりにタレントのお守りでもやってるような気恥ずかしさを覚えることになった。今日び、普通の方々はぺったんこのスーパーカーにはなんの興味も示さない。むしろ目を合わせたくないという心持ちが伝わってくるものだが、リリックには独特の誘引力があるのだろうか。
BEV専用プラットフォームゆえの3mを軽々と超えるホイールベースを利して、キャビンの広さはかなりのものだ。下にバッテリーを敷くぶん床面が高く感じるのは確かだが、前後席間はたっぷりあるし、どの席でも爪先のスペースも問題ないレベルが確保されているから、ゆったりとくつろげる。乗降性においても、賓客を乗せるならエスカレードよりこっちかなと思わせるほどだ。ただし、衆目を集める特異なほどにスリークなプロポーションとのトレードオフか、天井の低さがやや気になるところだろう。
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意のままに操れるスロットルの操作性
キャデラックといえばAKGと答えてしまうほど、現行前期型エスカレードのオーディオは素晴らしい音を聴かせてくれたが(参照)、日本仕様のリリックにも14チャンネル・19スピーカーのAKGサウンドシステムが搭載されている。以前、36のスピーカーを擁する後期型エスカレードと聴き比べる機会もあったが、リリックのそれは、ひとことで言えばオーガニックという感じだった。静止時に聴くとあまりにナチュラルすぎてちょっと化調……というか、トーンコントロールをいじりたくなるかもしれない。が、こちらはBEVがゆえ、エスカレードに比べると侵入音の類いはがぜん小さい。そういう、リスニングルームとしての適性を勘案して音量を上げるほどに、じわじわと臨場感が増してくる、そんな味つけにしているのだろうと理解した。もしディーラー等で視聴する機会があれば、味変はちょっと辛抱してボリュームで違いを味わってみていただければと思う。
ボリュームつながりの話になるが、リリックの白眉はアクセルペダルにある。内燃機のボリュームにして6リッター超相当のパワーとトルクを、ちょっと長いトラベルとちょっと重くしつけられたペダルで操りながら、思ったとおりの速度に向けて描いたとおりの加速を得る。その“意のまま”ぶりは、あまたあるBEVのなかでも群を抜いている。それは立派なアンプの大きなノブで、すーっと音量を上げていく気持ちよさにも似たものだろうか。かつてそういう快感を覚えたクルマといえば、ロールスの「スペクター」だったが、リリックはそれに準ずるものと評しても過言ではない。
対してブレーキの操作感は標準的だったが、ここでもインターフェイスでひとつ感心させられたのがパドルの操作性だ。左手側にひとつ、減速回生のコントロール用となるそれは、単純なオン・オフスイッチではなく、わずかにストロークが設けられている。数字にすれば数mmのそれを加減しながら、減速度の調整から停止までを指先で完結できるのだ。人間の指は慣れれば相当繊細な入力も使い分けることができると聞くが、これは突き詰めれば、下肢系のハンディキャッパーにも前向きなニュースになるのではと思う。クルマ好きのオッさんは、つい内燃機のアナログにこだわってしまいがちだが、デジタルが開く新たな可能性には色眼鏡なしで素直に接したいものである。
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ブランドの哲学に親和している
快適性の面では、バネ下の重さかタイヤのクセか、舗装補修やマンホールといった日本の路上でもありがちなささいな凹凸を受けての、トントンという入力音が大きく入ってくるのが気になった。乗り心地的には突き上げなどを強く感じるわけではないので、BEVならではの静かな空間にあって、音で損をしているのがなんとももったいない。自重を支える6穴ホイールをみるにつけ、バネ下を軽くすることはかなり難しいのかもしれないが、タイヤサイズ自体は汎用(はんよう)品も豊富だから、銘柄をいろいろと試してみる手はありそうだ。
ハンドリングは至ってリーズナブルにまとめられている。軽くはない車体を支えるアシとしてはピッチやロールも適切に抑えられているし、パワーをうんとかけても腰砕けのような兆候はない。後軸側によりハイパワーなモーターを配していることもあってか、クローズドコースのペースででもなければ、アンダーステアの傾向を感じることもないだろう。血の気が引くほどの加速や旋回のGを感じることはないが、パフォーマンス的には一生困りませんからという力量は備えている。
前述のスペクターに乗った際には、ロールス・ロイスにとってパワートレインの電動化はいいことずくめと思ったものだが、キャデラックにとっても電動化は同様な効能をもたらすのではないだろうか。もちろん、客筋も用途もロールス・ロイスよりがぜん広いがゆえ、内燃機を保持するという判断は賢明だと思う。が、かつてパワーと質感を求めて多気筒化にまい進したキャデラックの歴史や、ラグジュアリー側に軸足を置くブランドの立ち位置を鑑みれば、モーターの特性がもたらすものは明らかにプラスのほうが多い。時にエスカレードを上回る上質さを感じさせてくれるリリックに乗ると、それを実感させられる。充電器付きの家という高いハードルをクリアされている方は、ちょっと味見する価値のある一台だと思う。
(文=渡辺敏史/写真=郡大二郎/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
キャデラック・リリック スポーツ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4995×1985×1640mm
ホイールベース:3085mm
車重:2650kg
駆動方式:4WD
フロントモーター:交流同期電動機
リアモーター:交流同期電動機
フロントモーター最高出力:231PS(170kW)/1万5500rpm
フロントモーター最大トルク:309N・m(31.5kgf・m)/0-1000rpm
リアモーター最高出力:328PS(241kW)/1万5500rpm
リアモーター最大トルク:415N・m(42.3kgf・m)/0-1000rpm
システム最高出力:522PS(384kW)
システム最大トルク:610N・m(62.2kgf・m)
タイヤ:(前)275/45R21 107V/(後)275/45R21 107V(コンチネンタル・プレミアムコンタクト6)
一充電走行距離:510km(WLTPモード、GM社内測定値)
交流電力量消費率:--km/kWh
価格:1100万円/テスト車=1195万7800円
オプション装備:有償ペイント<クリスタルホワイトトライコート>(20万円)/フルレザーシート(65万円) ※以下、販売店オプション フロアマット(7万7000円)/ETC車載機(3万0800円)
テスト車の年式:2025年
テスト開始時の走行距離:1331km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(5)/高速道路(5)/山岳路(0)
テスト距離:173.1km
消費電力量:--kWh
参考電力消費率:4.4km/kWh
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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