キャデラック・エスカレード プラチナム(4WD/10AT)
デカさを享受せよ 2022.01.14 試乗記 キャデラックの頂点に君臨するフルサイズSUV「エスカレード」。より巨大に、よりゴージャスに進化した最新モデルと付き合ううえで、オーナーが持つべき“心構え”とは? アメリカの自動車文化を体現するラグジュアリーカーの魅力に迫った。トラックシャシーのショーファードリブン
長きにわたりキャデラックのフラッグシップたる地位にいたFRセダンの歴史が途絶えたのは1996年のこと。最後の「フリートウッド」は日本にも「ブロアム」仕様が正規輸入されていたが、そのたたずまいは「ジャガーXJ」と正対にして双璧。合理性を美徳としていたドイツ勢にはマネもできない荘厳(そうごん)さをたたえていた。
そんなフリートウッドを一度は所有してみたいと思いつつ早幾とせ。日本にある希少な個体は軒並みバッタのような色に塗られて夜の道端で跳ね始める始末で、まともな個体といえばハイヤーか霊きゅう車くらいしか残っていない。ならばせめて死んだ後、火葬場まででもフリートウッドに乗せてくださいというお願いの遺言も、個体がお払い箱になりつつある今や風前のともしびかもしれない。
代わって、キャデラックのフラッグシップの座に就いたのがエスカレードだ。21世紀のキャデラックはエスカレードから始まり、エスカレードと共にあらんことはこの20年余で完全に浸透した。トラックベースのワゴンでショーファードリブンもへったくれもないだろうと当初はいぶかしがられたものの、今やそれがかの地の当たり前だ。それに、日本でも今やショーファードリブンの趨勢(すうせい)は「トヨタ・クラウン」から「アルファード」に代わりつつあるわけで、人のことを言えた義理ではない。
デカい、デカすぎる
5代目となる新しいエスカレードは、歴代モデルと同じく「GMT」と称されるゼネラルモーターズのトラック用プラットフォームを用いたボディー・オン・フレームの車型を継承。ただし「T1XX」と呼ばれる最新世代のGMTでは、「シボレー・サバーバン」や「GMCユーコン」などのSUV系に専用設計のマルチリンク式リアサスペンションが与えられており、新しいエスカレードもそれをもとにした全輪独立懸架の、しかもエアサス付きの足まわりとなっている。
全長5400mm、全幅2065mm、そして全高1930mm。正規輸入される新型エスカレードはロングボディーの「ESV」ではなく標準ボディーの側だが、その外寸は長いほうの「ランドローバー・レンジローバー」をものともせず、ロールス・ロイスの「カリナン」をも上回る。特に全長は、日本仕様の値で見ると前型より200mm以上延びており、そのぶん室内スペースは広くなった。2列目をキャプテンシートとする2・2・3座のマルチパーパースビークルとしても、ミニバンに準じた居住性が確保されているし、その状態でもラゲッジスペースには天地を利して722リッターの大容量が確保される。が、その奥行きをみるに、フル乗車時の荷室の実用性は“Cセグメント+αくらい”としておくべきだろう。
それにしてもデカい。日本の路上に置いてみると、長さや幅は無論、高さまで気を使う。乗用車というよりも2tトラックくらいの規格だと思ってインフラに接していないと、思わぬトラップに引っかかりそうだ。
アメリカにはアメリカの“おもてなし”がある
日本仕様のグレードは「プラチナム」と「スポーツ」の2つだが、性能的な差異はない。試乗車はプラチナムの側で、スポーツに対してエクステリアではグリルがバーチカルスリット、トリムやルーフレールが「ガルバノ」なる金属質のフィニッシュ、ホイールがレーザーエッチングを加えたポリッシュドとなる。インテリアはセミアニリンなめしのパーフォレーテッドレザーにストライプウッドと、黒基調で引き締められたスポーツに比べるとオーセンティックな仕立てだ。
加えてインテリアで目を引くのが新しいインターフェイス。メータークラスターとインフォメーションモニターを合わせて38インチ……と数字的に他を圧倒する新型エスカレードのディスプレイだが、それはあくまで対角線の合計値であって、目の前にテレビでも据えられたかのような大仰な話ではない。むしろ、湾曲型OLEDが実現する自発光ならではの明快な視認性や、その上方に映し出されるHUDの情報量のほうがありがたく思う。
運転席に座るとともあれ感じるのは、助手席や後席との距離感が他のクルマとは大きく異なることだ。前席3人乗りを前提としたピックアップトラックにも用いられる骨格ゆえ、運転席・助手席のシート配置は窓寄りとなり、間に据えられるセンターコンソールも広大なことこの上ない。同様に、2列目キャプテンシートの座席間も広々としていて、3列目シートへのアクセスにもまったく困らないほどだ。子供用の座布団くらいにはなりそうなフロントアームレストの下にはペットボトルが6本くらい収まりそうな冷蔵庫があり、なんと冷凍機能も備わっている。日本人的には「誰得だよ?」と思うわけだが、飲み物にはとにかく氷が入ってなければ気が済まないアメリカ人にとっては気の利いたおもてなしということになるのだろう。ちなみに、シフトレバーはピックアップ由来のコラム式から、新型ではバイワイヤのフロア式(センターコンソール式?)にあらためられている。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
潔いまでの物量作戦
搭載するエンジンは第5世代のスモールブロックとなる「L87」型V8 OHV。6.2リッターのキャパシティーやボア×ストロークなどは「シボレー・コルベット」に搭載される「LT2」と一緒で、直噴や気筒休止などの省燃費テクノロジーも同様に搭載されるが、こちらはトラックやバン、SUV等への搭載を前提とした設計となっており、当たり前だが潤滑システムはウエットサンプだ。10段ATとの組み合わせで0-60mph(約96km/h)加速は6.1秒というから、動力性能はこの巨体に対して十二分といえるだろう。
前型とは一線を画する洗練ぶりは、走りだしからありありと感じられる。増加した車重をまったく感じさせず、むしろ転がり出しから滑らかで軽やかだ。パワートレインまわりからの侵入音がしっかり抑えられていることもあって、多段化による変速のビジーさも気にならない。
音という点については、トランスファーまわりからのノイズの侵入も大幅に減少した。“軸もの”のマスが軽くなり精度感が上がったという印象もさておき、先述の10段ATや電子制御LSDの採用など、“歯車もの”の現代化が進んだことも一因として挙げられるだろう。ただし、これらとのトレードオフでロードノイズがやや目立つようになったという弊害もあるにはある。
ノイズレベルが全体に下げられたおかげで、持てる能力がより引き立つようになったのがオーディオだ。先出のエスカレード スポーツのリポートでも触れられているAKGの「スタジオリファレンスシステム」は、“28チャンネル・36スピーカー”とオーディオ素人には文字通りの豚に真珠だが、スマホに入ったデジタルソースもうまくエンハンスしてくれるのだろう。Bluetooth接続でも楽器の一つひとつを際立たせ、オッさんのくすんだ懐メロもキラキラと輝くような音質で鳴らしてくれた。うかうかしてるとこの体験だけで財布を開いてしまいそうな危ない装備で、最後は物量にモノを言わせるところもアメリカ的で感慨深い。ちなみにこのオーディオ、各席に近接したスピーカーを用いて、座席間の会話をサポートする機能も備わっている。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
これもある種のスーパーカー
一方で、四独(よんどく)化による乗り心地の変化は、期待したほどではなかった。リアサスの動きは負荷の小さい低中速域でやや渋く、時折小さな突き上げや横揺れとして伝わってくる。フレーム骨格との組み合わせによるアーム類の取り回しの厳しさ、そして足元の巨大っぷり(22インチホイール+275/50R22タイヤ)をみるに「健闘しているか」と思うところもあるが、エアサスに「マグネティックライド」も動員した高級SUVという記号で測れば、その乗り味はちょっと目が粗い。むしろ負荷の高い高速域やコーナリングなどでは、前型との差が歴然とみえてくる。ピタッと地に足のついたフラットな姿勢や正確な操舵応答性は、今までのエスカレードには望めなかった。
ADAS(予防安全・運転支援システム)のしつけをみても、加減速や車線保持のリニアさにおいて十分頼りがいのあるものになっているから、それらの手助けをありがたく頂戴しながら、ゆったりと高速移動する……という扱いが、やはり最もしっくりとくる。逆に、街なかをこまごまと移動するうえでの面倒は、もちろん普通のクルマの比ではない。そういう意味では、一種のスーパーカーを持つ覚悟が持ち主には求められる。新型エスカレードはそんなクルマだ。それにしても日本のGM、なんともマニアックな品ぞろえになったものである。
(文=渡辺敏史/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
キャデラック・エスカレード プラチナム
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5400×2065×1930mm
ホイールベース:3060mm
車重:2740kg
駆動方式:4WD
エンジン:6.2リッターV8 OHV 16バルブ
トランスミッション:10段AT
最高出力:416PS(306kW)/5800rpm
最大トルク:624N・m(63.6kgf・m)/4000rpm
タイヤ:(前)275/50R22 111H M+S/(後)275/50R22 111H M+S(ブリヂストン・アレンザA/S 02)
燃費:--km/リッター
価格:1490万円(2021年モデルの価格、2022年モデルは1555万円)/テスト車=1501万7700円
オプション装備:なし ※以下、販売店オプション フロアマット<ブラック>(8万6900円)/ETC2.0車載器(3万0800円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:2199km
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:339.1km
使用燃料:55.6リッター(ハイオクガソリン推奨、レギュラーガソリン使用可)
参考燃費:6.1km/リッター(満タン法)/6.5km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。