重量級のEVでも「走りが良い」といえるのはなぜ?

2025.08.26 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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車重2.5tは当たり前という電気自動車(EV)に対しては、とにかく重いという印象があります。そんなクルマが時に「走りが良い」と評されるのはどうしてでしょう。重いクルマ=運動性能が低いという常識を崩すEVの特質について教えてください。

慣性モーメントの話はひとまず置くことにしますが、かつて車重のかさむクルマは、その重さのためにボディーにゆがみが生じ、操縦安定性に悪影響が出るという面がありました。

そのため、ボディー剛性を効果的に上げる技術もなかった時代は、サスペンションを設計意図のとおりに動かすため、とにかく車重が軽くなるようにつくるのが最適解とされていました。それが最も車体の変形抑制につながる、と考えられていたのです。

しかし今は、たとえ車体が重くなろうが、EVのような形態になろうが、ボディーの変形量を設計段階で十分にコントロールできる時代になりました(関連記事)。そのため、ボディーが軽いから、重いからということで走りにさほど影響が出なくなった、というのが、ご質問の答えのひとつです。

2番目は、タイヤです。タイヤが大幅に進化したため、それだけの重量をしっかりと受け止めて、駆動力を路面に伝えられるようになった。ものによっては、幅の広さだけ見ても、まるでひと昔前のF1マシンのようです。内部構造、ゴムのコンパウンドしかり。車重があっても難なくパワーを路面に伝えてくれます。

昔はタイヤが耐えられなくて、例えば、トラックの後輪はダブル(普通サイズのタイヤを横に2本並べて装着)になっていたり、前後に増やして6輪になっていたりということがありました。こうしたことからも「重いクルマはダメなんだな」というイメージが助長されるわけですが、今やタイヤはどんどん良くなって、1輪でもかなりの重量に耐えられるつくりになっています。

こうしたことから、車重による決定的な違いは、もはやない。単純に「軽いのが良くて、重いのは良くない」ということにはなっていないのです。

とりわけEVは、絶対的に重いのは事実ですが、電池を床下に搭載できるので、重心を下げる事が比較的容易です。搭載場所も選びやすいため、前後の重量配分のコントロールにも使えます。走りの根幹にかかわる重心を低めに設定できて、タイヤがしっかりと効果を発揮し、大きな慣性力を受けてもボディーが変形しないとなれば、要素的に、重量には対応できている。なので、EVでも比較的走りが良いといわれているクルマが出てくるわけです。

とはいえ、そこに「車重が1tを切るような昔のクルマの軽快感」はありません。走りの軽快さが感じられるのは、せいぜい1.5tまで。それを超えたあたりから、走りのフィーリングというものは変わってきてしまいます。

よくいわれる“人馬一体感”だって、実感できるのは、1tから1.5tくらいまでが限界ではないでしょうか。重量級のクルマでもハイパワーであれば速いは速いでしょうが、2tを超えてくると、どこか乗せられているような気がするのは致し方ないことです。もちろん、走りの電子制御は満載なので、万が一の状況になってもクルマが何とかしてくれますが、走りの良さの本質が違ってくるのは必然だと思います。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。