第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの
2025.09.25 マッキナ あらモーダ!今も好評な「ジュリエッタ」
イタリアの街角で、すでに廃番にもかかわらず頻繁に目撃するアルファ・ロメオがある。「ジュリエッタ(940型)」である。Cセグメントのハッチバック車として、従来の「147」と交代するかたちで2010年に登場したモデルである。2020年まで製造された。生産台数には諸説あるが、イタリアの自動車誌『クアトロルオーテ』の電子版によれば、2019年までに約46万9000台がつくられたという。
インターネット上でも、ジュリエッタの人気は衰えていない。「開発年次の古さは隠せない」「中古車を探すのだったら、快適性と安全性の面でほぼ同等の147で十分」「ライバル車のほうがオプション装備豊富」といった意見があるいっぽうで、現オーナーの声として、「まだジュリエッタは最高の一台。操縦を楽しみたい人には最適」「車両挙動が秀逸」と、支持する声が数多い。また「最新モデルほど近代的ではないが、キャラクターやデザイン、与えてくれる感動は捨てがたいものがある」「なんといってもメイド・イン・イタリー」といった感想も見られる。
中古車価格も人気を物語っている。ヨーロッパにおける主要中古車検索サイトのひとつ『オートスカウト24』でジュリエッタを検索すると、2019年登録で走行8万kmのモデルが2万ユーロ(約348万円)で売り出されている。
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愛される理由
前述のようなネット上の見解に加え、ジュリエッタ人気の背景には3つの理由があると筆者は観察する。ひとつは車両寸法だ。全長×全幅=4351×1798mmは現行のラインナップと比較すると、「アルファ・ロメオ・ジュニア」より大きいものの、他の3台よりも小さい。イタリアの街なかでの日常使用にはちょうどいい外寸なのである。
エンジンも高性能モデルを除けば、ガソリン/ディーゼルとも100~150PS級が中心だった。これは馬力で年間自動車税が決まるイタリアで、極めて順当なスペックである。さらにイタリアでは1368ccのガソリンターボをベースに、人気のLPG(液化石油ガス)併用仕様なども用意されていた。ネット上でも、シチリアからスイスまで1週間で5000kmを走破したあと、その低燃費に驚いたといったガソリン/LPG仕様オーナーの声が確認できる。
ディーゼル仕様に関していえば、欧州の排出ガス規制に適合しているか否かが、中古車選びの際の大きな問題であることは当連載第918回で記した。ジュリエッタの場合、2014年モデルから段階的に「ユーロ6」に適合していったので、個体の選択さえ間違わなければ、当面の間乗れることになる。
イタリアで初心者用に定められた最高出力105kW(約143PS)、車重1tあたりの出力が75kW(約102PS)を超えないモデルもある。したがって若者にも優しい。
デザインに関していえば「アルファ・ロメオ感」が十分に演出されている。スクデット(盾)型グリルを抱いた前部の造形は明快である。加えて、力強いショルダーラインとゆるやかに下がるルーフラインによって、スポーツ感と軽快感の双方を両立している。室内も「ア・ビノーコロ」(双眼鏡型)と呼ばれるメーターナセル、パスタの一形状になぞらえて「カンネッローニ」と称されるシートなど、古いアルファ・ロメオの伝統を再解釈した、アルフィスタ泣かせのデザインがちりばめられている。
2025年初夏に筆者が知り合ったアルファ・ロメオ愛好者は、自営業なので走行距離がかさむという背景はあるものの、「ジュリエッタばかりを3台乗り継いだ」と誇らしげに教えてくれた。
復活説まで浮上
そうしたなか、2025年夏に“ジュリエッタ復活説”が複数のイタリア自動車メディアによって伝えられた。「BEV(バッテリー電気自動車)への移行が予想以上にゆるいことから、 近い将来、ステランティスが内燃機関とハイブリッドを搭載した新ジュリエッタで、Cセグメントのコンパクト・ハッチバックに再参入する」というものだった。
しかし、それに先立つ2025年1月、アルファ・ロメオのサント・フチーリCEOは、フランスの自動車メディアのインタビューで、そうした計画を否定している。「これまで私は20台のジュリエッタを保有した(筆者注:先代ジュリエッタを含むのか、会社支給のカンパニーカーであったかは明らかにしていない)。今日においても素晴らしいクルマだ」としつつも、ジュリエッタ復活はないとした。理由は「顧客はSUVを、より好んでいる」というものだった。
2025年6月、ミラノ郊外のアレーゼでは、アルファ・ロメオのブランド創立115周年に合わせたファンミーティングが開催され、筆者も取材のため赴いた。同時開催された国際ファンクラブ総会では、代表者がステランティスへの要望として、よりファンの手が届きやすいモデルの開発を挙げた。そのなかでもジュリエッタが例として取り上げられた。
筆者が考えるに、難しいのは日々強化される安全基準への対応である。もはやオリジナルのジュリエッタに近いデザインは実現しにくい。さらに、熱心なユーザーや販売店サイドによる「あのヒット車種をもう一度」という要望にしたがったからといって、成功するとは限らない。2代目「日産バイオレット」および初代「オースター」「スタンザ」が、範とした「ブルーバード(510型)」の存在を超えられなかったのを見れば明白だ。理由は社会情勢の変化や、より新鮮な商品企画で登場するライバル、といった要素が絡んでくるからである。La donna è mobile(女性は移り気)とはジュゼッペ・ヴェルディによるオペラ「リゴレット」の有名なアリアであるが、ユーザーも移り気なのである。
しかしながら、ユーザーの身長と彼らが快適と感じるパッケージング、主要市場における道幅、駐車場の大きさなどはそうそう変化がない。そうした意味で、ステランティスがジュリエッタの人気を無視するのは、あまりにももったいない気がするのである。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA、日産自動車/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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