第953回:「黄金のGT-R」と宅配便ドライバーになりかけた話
2026.03.19 マッキナ あらモーダ!選手団と一緒に帰国
イタリアからほぼ1年ぶりに東京を訪れた。2026年2月下旬のことである。羽田空港で到着ロビーに出た瞬間、おびただしい数の報道陣や一般人が待ち構えていた。「また韓流スターか。間違えられたらどうしよう」などと不遜な思いが頭をよぎった。だがよく考えたら、彼らはミラノ・コルティナ冬季オリンピックの日本人選手たちを待っていたのだった。たしかに筆者が搭乗した便には、団体競技の選手と思われる旅客が多数乗っていた。加えて、その航空会社はチーム・ジャパンの公式エアラインだったらしい。着陸時には「世界の舞台で挑戦し続けた皆さまの姿は、日本中の多くの人々に勇気と感動を届けてくださいました……」といった、普段とは異なる、妙に感情的な機内アナウンスが流れていた。
ということで、今回はイタリア在住の筆者が経験した、2026年仲春の東京を、つれづれなるままに記しておく。未来に本記事を発見した読者諸氏にも「そんなこともあったねえ」と笑っていただけるのならうれしい。
前回(参照)、2025年春に降り立った東京では、大リーグの大谷翔平選手を起用した、さまざまな業界の広告が街なかにあふれていて驚いた。イタリアでは、ここまで大規模に一人のアスリートを使った展開がみられないからだ。そのフィーバーがやや落ち着いたのは、オリンピックのためかもしれない。東京の人々の関心は、いつも新しいものへと誘導されていく。
同時に東京は、訪れるたびに過去のアルバムを開いて突きつけられるようで、恥ずかしさを覚える街でもある。今回それを感じたのは、偶然見つけた「緑色のテレホンカード対応公衆電話」であった。遠く1982年に日本電信電話公社によって導入されたとき、当時高校生だった筆者が住んでいた東京郊外にそれはなかった。そのため、いち早く設置された田園調布駅前まで行き、用もないのにかけてみたのだ。興味がおもむくままに、なんの得にもならないことを後先考えず実行する性格は、あの頃から始まっていたと思うと情けなくなる。まあ、それだから今ごろイタリアにいるのかもしれないが。
年に一度思い出す「あのクルマ」
乗り物の話に移ろう。ある街を歩いていると、背後から勢いよく走ってきたママチャリにぶつかられそうになった。自転車の歩道走行が厳重に禁止されているイタリアにいると、うっかりその存在を忘れてしまう。
汐留・銀座かいわいで気がついたのは、2025年4月をもって役目を終えた東京高速道路、通称KK線だ。近い将来に遊歩道となるまでの一時的な期間とはいえ、都市において、これだけ大規模な道路インフラが機能を終えたまま1年近く放置されているのは、異様な光景だ。加えていえば、高層ビルから見下ろしたとき、荒らされている形跡が見当たらない。他都市ならあっという間に不法侵入されていると思う。
高架下の商店街では、上に自動車が往来していたときと同じように人々が食事に興じている。なぜ撮影機材の売り場はごく一部なのに、某家電量販店が「〇〇カメラ」という店名なのかを知らない、若い東京人は今や少なくないだろう。その後には、“屋上”に自動車専用道路があったことを知らない世代が誕生するに違いない。
自動車専用道路といえば、筆者の投宿先からは首都高が見下ろせた。ある日サイレンがけたたましく鳴り響くので見ると、トラックと乗用車数台がからむ玉突き事故が発生していた。当事者には気の毒だが、警察、救急、そしてレッカー移動に携わる各隊員の無駄のない動きと連係プレイは、演劇を見ているかのようだった。そして処理が終わると、何事もなかったかのようにクルマの流れが元に戻った。イタリアでは、ここまで円滑に事故処理は進まない。
2025年に増して頻繁に見かけるようになった現行「トヨタ・プリウス」や「トヨタ・クラウン」は、街の風景を一気に疑似未来都市に変えてしまう。銀座を歩いていたら「アフィーラ」のショールームを発見した。ソニー・ホンダモビリティのバッテリー電気自動車(BEV)である。開発に携わっている人には大変失礼な話だが、この名前を筆者が思い出すのは目下、新年に一度だ。同車が展示される米ラスベガスの先端技術見本市「CES」のおかげである。今度、東京に戻ったときには、みゆき通りを優雅に流すアフィーラを見たいものだ。
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このお仕事、ご興味ありますか?
二子玉川の玉川高島屋SCでは、入場無料の文字にひかれて「大黄金展」なる催事に足を踏み入れてしまった。純金製品や金の加工品の展示即売会である。数名の警備員が常駐するなか、最初に迎えてくれたのは、前述した大谷投手の等身大の金オブジェだった。2体合わせて消費税込み1億1000万円という。
その会場には、おりんなどの仏具と並んで日産の「スカイラインGT-R」や「フェアレディZ 240Z」、トヨタの「2000GT」や「スポーツ800」を模したモデルカーがあった。1970年代末まで、日本では自動車を購入すると、実車を模した金メッキのシガレットケース(屋根部分が取れてタバコが入るようになっていた)がもらえたものだ。一瞬それを想像したが、こちらの表面は純金製だ。スタッフによると、当然メーカーのライセンスを正式に取得したうえで製作しているという。出展企業のウェブサイトで確認したところ、全長約16.2cm/重量155gのBNR32型GT-Rは1481万7000円である。「黄金のモデルカー」の対象に選ばれることは、企画者・開発者にとってカー・オブ・ザ・イヤー以上に名誉なことではないか。なお、筆者は潜在的顧客とは見なされなかったようで、帰りはスタッフに普通に見送られた。
いっぽうでこのようなこともあった。ある日、街頭で立ってイタリアにないカレーパンを味わっていたら、宅配便の配送スタッフが2人で台車を押しながらやってきた。明らかにベテランと新人の組み合わせだった。先輩は「お客さまのところに行ったら、最初に『遅くなりました』ってあいさつするんだよ」と指導して送り出してから荷物番をしている。聞くと、新人君はまだ採用されて数週間だという。筆者が続けて「宅配便のお仕事は、ひと通りの仕事がこなせるようになるまで、どのくらい期間がかかるんですか?」と尋ねると「1年はかかりますね」と教えてくれた。
ところが会話はそれで終わらなかった。相手は「このお仕事、ご興味ありますか?」と筆者に聞くではないか。慌てて「いやいや、私などはこのとおり、軟弱ですかから」と細腕を見せながら答えても「力は要りません」とにこやかに続ける。あやうく宅配便のスタッフになるところだった。
黄金のGT-Rの客とは見なされなかったが、宅配便には自分のような者まで声がかかるのか。滞在中、筆者が乗った路線バスには、1台の例外もなく「運転士募集」の告知が貼られていた。一部の業界における現代日本の深刻な人材不足を思い知った筆者であった。
後日、イタリアに戻って時差ボケを解消すべく床につくと、電車駅の発車メロディーが耳鳴りのごとく脳裏で繰り返された。もともとその類いはやかましかったが、JR東日本は経費節減などのために“駅メロ”の統一化を進めているというから、さらに頭にこびりつくのだ。それどころか、メロディー直後の「ドアが閉まります」という女性のアナウンスまで頭の中で繰り返される始末。東京の騒々しさは後を引く。対して、イタリアは静かで精神的によい。といって眠りについた翌朝、わが家ではいきなり断水が始まり、久々に味わおうと思っていたパスタがゆでられないばかりかトイレにも行けなくなった。東京滞在中、会った人たちから「日本とイタリア、どちらが住みやすいですか?」という質問を数え切れないほど投げかけられたが、これだから答えに窮するのである。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、高島屋/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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