マセラティMCプーラ チェロ(MR/8AT)
人生はグランドツーリング 2026.05.12 試乗記 イタリアの名門が放つ、ミドシップのオープンスポーツ「マセラティMCプーラ チェロ」。スーパーカーの走りとグランドツアラーのゆとり、そしてぜいたくなオープンエアドライブを同時に楽しめる一台からは、マセラティがクルマに込める哲学が、確かに感じられた。イタリアが誇る2つの名門の類似性
僕がマセラティやアルファ・ロメオといったイタリアのブランドに強い好感を持つ理由は、彼らのクルマづくりの哲学にある。走れば間違いなくスポーティーで、安いアルファでもそこそこ以上に速い。だから、キーを手にしたら胸が躍る。
実のところ、マセラティにしろアルファ・ロメオにしろ、市販のモデルが同じクラスで最も速かったことなんて、歴史上ただの一度もない。ただしそれは、技術の問題ではない。モータースポーツの世界では猛威を振るってきたし、その気になれば最速を可能にする力も十分に持ち合わせていたのに、常に寸止め。きっと刹那的な喜びなんて目指していないのだ。ならばどこを見つめてクルマをつくっているのか。それは楽しさや気持ちよさ、高揚感、つまりはエモーショナルであること、そこに尽きるのだろう。
自分のよく知るアルファなどは、第2次大戦が終わってからこっち、プロダクションモデルのすべてが、誰もが濃厚なエモーションとともに日々を暮らせるようにできていた。しかも、僕たちのような一般庶民でもがんばれば手の届くところにあり続けている。そしてマセラティも、同じように確かな哲学を持ち、そこに根ざしたクルマづくりを延々と続け、同じようにファンを歓喜させ続けている。だから僕も引かれるのだな……。と、MCプーラ チェロに試乗してあらためて実感した。いや、こちらは一般庶民にはなかなか手が届かないという違いはあるのだが。
ご存じの方には釈迦(しゃか)に説法だろうけど、マセラティは1914年の創業。1910年創業のアルファとほぼ同じ時代に誕生しているわけだ。創業から間を置かずにモータースポーツに傾注し、数々の栄冠を勝ち取ってきたことも共通している。ある意味ではライバル関係ですらあった。何度も倒れかけては、そのたびに誰かが手を差し伸べてきた数奇な来歴も、並べたら絵巻物ができるほど数々の逸話を持つところも似ている。その両社が、第2次世界大戦の後、程度の差こそあれ、スピードやパワーに依存しない自分たちの哲学、美学にのっとったクルマを世に送り出し、多くの人たちの心を満たし続けている。この事実はとても興味深いし、とても喜ばしい。
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スーパーカーでありグランドツアラーでもある
マセラティが第2次大戦後に送り出してきたモデルは、いずれも間違いなく高性能ではあるが、それと同じくらい、むしろそれ以上にエレガンスやリュクスが色濃く薫るグランツーリスモだった。クーペはもとより、セダンにしてもSUVにしても、走らせてみるとGTカーとしてのテイストが濃厚だ。過去には「ボーラ」や「メラク」といった、スーパーカーブームのヒーローも存在したが、乗り味はやはり、そのカテゴリーのなかではグランツーリスモ色が強かった。
時を隔てたそれらの後継車ともいうべき、最新のミドシップスポーツカー、MCプーラはどうか? 静止状態から100km/hに達するまでが2.9秒、最高速度はクーペで325km/h以上、オープントップ仕様である今回のチェロでも320km/h以上というパフォーマンスは、完全にスーパーカーの部類だ。とはいえ、そんな性能を一般公道で目いっぱい楽しむなんて、しょせんは無理なお話。ましてや試乗の当日は無情な雨降り。さらには一瞬でも雲が切れたら、コーナーを攻めるよりトップを開けて走りたくなるチェロである。走行モードは「コルサ」や「スポーツ」ではなく、ほとんどがノーマルモードの「GT」、もしくは文字どおりの「ウエット」を選んでの試乗となった。しかし、それだけにMCプーラのグランツーリスモとしての資質の高さを堪能することができた。どんな場面でも扱いやすく、とことん快適で、力強くて無理なく速いけど、むやみにドライバーをけしかけてくるようなところのない穏やかさも持ち合わせていたのだ。
それには、このクルマのスタイリングデザインからくる、大人びた雰囲気も影響しているのかもしれない。
MCプーラ/MCプーラ チェロは、2020年にお目見えした「MC20/MC20チェロ」の後継、マイナーチェンジ版といえるモデルだ。しかし、見た目ではフロントのインテークがエッジの効いたデザインとされ、リアのディフューザーのフィンが増えたことぐらいしか違いを発見できず、精通した人でなければ見分けるのは困難だろう。逆に言えば、MC20がデビューしたときに僕が覚えた好感度の高さは、そのままMCプーラにも当てはまる。
極めてレーシングカーライクなレイアウトだし、フォルムそのものはミドシップのスーパーカー以外のナニモノでもないが、この手のクルマにありがちな冷却孔や放熱孔は必要最低限。形状に派手さもなく、空力のための尖(とが)ったパーツもほぼ見受けられない。とてもスムーズな曲線と曲面を見せながら、極めてシンプルかつエレガントなまとまりをみせている。攻撃的な要素などどこからも感じられないのだ。
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この快適さは一頭地を抜いている
試乗車はパーソナライズオーダーシステムの「フォーリセリエ」をたっぷりと活用した個体で、素晴らしく鮮やかなブルーのエクステリアに、同じくブルーのアクセントがあしらわれたホワイト系のインテリアという仕様だったのだが、いやらしさや子供っぽさはみじんも感じられず、見ていてただただ気分が上がった。元来このクルマが持っている、けれん味のない大人びた美しさのなせる業だろう。華やかではあるけれど、悪目立ちはしない。仮に控えめなボディーカラーをチョイスすれば、日常的にどんなところへも遠慮なく乗って出られそうだ。いや、バタフライドアを開けるのに片側1mほどのスペースを要するから、止める場所に注意する必要はあるけれど。
そのドアをくぐるようにしてシートに収まると、目の前に広がるのは、あらゆるところにアルカンターラが張られた、シンプルにして機能的なダッシュボード。視覚的な“やかましさ”のようなものは、どこにもない。視界もミドシップであることを考えれば良好な部類で、リアビューミラーはデジタル式で広角に設定することも可能だから、死角をかなり減らすことができる。長時間のドライブ、長距離のドライブで神経をすり減らさないですむ仕立てだと思う。
でも雨である。ため息交じりに、しぶしぶ走りだす。スロットルをジワッと踏むと、スルッと滑らかに前に進む。踏み加減に対して過剰さもなければ不足もない、理想的といえる反応だ。MCプーラ チェロの操作に対するクルマの動きは、一事が万事そういう具合で、その印象は後に速度を上げていったときも、パワーやトルクをかけていったときも、変わることがなかった。そんなところからして扱いやすく、気持ちいい。スポーツカーにとって大切な部分だ。
街なかから高速道路にかけての走行では、とにかく乗り心地のよさが光った。ダラーラと共同開発したカーボンモノコックの見事なまでの剛性の高さに加え、そこにマウントされた電子制御サスペンションがよく動く。しかも、とてもしなやかに。もちろんフワフワするような感覚はどこにもなく、路面からの入力は一発できれいに収めてみせるし、衝撃だとか突き上げのようなものが気になるようなこともまったくなく、タイヤが路面にヒタヒタと密着している感覚もはっきり伝わってくる。これだけ快適で走らせやすければ、「今から500km走ってこい!」と命じられてもお安い御用。今どきのスーパースポーツは総じて快適だけど、このクルマは頭ひとつ飛び抜けている。
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気持ちのよい走りを支える優れたドライバビリティー
3リッターV6ツインターボエンジンの「ネットゥーノ」は、最高出力630PSに最大トルク720N・mと、間違いなく強力といえるレベルにある。しかし、その気ならもっとピークを追えるのに、あえて抑えているんじゃないかとも思う。630PSを700PSに引き上げたとしても一般のドライバーには使い切れるものではないし、そもそも使い切れる環境なんて、日常生活のなかには存在しない。そこを熟知しているから、今では同胞となっているアルファ・ロメオ同様、ひけらかすこと以外に価値のない数値よりも、フィールやドライバビリティーといったドライバーの感覚に直結する部分を重んじているのに違いない。
実際、ドライバビリティーは素晴らしい。このエンジンはごく低速域から豊かなトルクを発生するから、タウンスピードでもファミリーセダンのように従順に走ってくれるし、高速クルージングでもなにひとつ不自由を感じることがない。昨今のターボユニットのスーパースポーツは、環境に関するもろもろの規制に対応すべく、ATモードでは極力高いギアを使って、低いエンジン回転で走る設定になっている。それがゆえに、巡行から少しだけ加速しようとペダルを踏み増しても、一瞬タメが挟まることが少なくない。しかしこのエンジンには、それもない。
こうしたところも含めて、エンジンのレスポンスは全域にわたって極めて良好。望んだままに反応してくれる。だから加速も気持ちいい。ぬれた路面を気にしながら、何度か試してみたフル加速では、どこから踏んでも瞬時に、滑らかに回転を高め、高回転域に向かうに従い、鋭さと勢いと力の密度を高めながら、一気に吹けきろうとする。ビートの効いたサウンドも回転とともにそろっていき、さらなる快音へと変貌していく。このときのフィーリングが最高に気持ちいい。いろいろな意味で「いや、もうこれ以上はいらないでしょ」と感じる。
ワインディングロードに踏み込んでも、クルマの各部が操作に対して素直に、狙いどおりに反応してくれるから、扱いやすさと反応の素晴らしさに感心することしきり。路面が路面だっただけに、あまり参考にはならないだろうが、適度にクイックなステアリングの切り込みに対して前輪がしっかり行き先をなぞろうとし、パワーとトルクのかけ具合を調整しやすいエンジンが、後輪をきれいに追従させようとする。その一連の動きがピタリと決まる。
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「大人にこそふさわしい」という言葉の意味
モードを変えて、コーナリング中に探り探りスロットルを強めに入れてみると、後輪はグリップを手放していくのだが、そのときの動きにも唐突さはなく、ステアリングでもスロットルでもコントロールはしやすかった。あくまでも入り口に触れただけだし、速度域が低かったからそう感じられただけかもしれないが、そこから先の領域でも意外や寛容なんじゃないか? という予感がした。総額4000万円を超える個体を大破させるのは嫌だから、ほんのわずかな冒険にとどめたけれど、乾いたサーキットで思いのままに試してみたい気分になった。なにせMCプーラの“MC”は、“マセラティ・コルセ”の略なわけだし。
けれど、本当の意味でMCプーラ チェロの魅力に取りつかれそうになったのは、つかの間、晴れたときにタッチパネルの操作でトップを開け放ち、常識的なスピード域で走っていたときだった。その気になれば目くるめくようなパフォーマンスを堪能できるクルマで、その実力をいつだって発揮できることがわかっているからこそ、気持ちに余裕を持ってのんびりとクルージングし、フィルターなしで風や光や温度や湿度に接せられる。実にぜいたくな時間であり、またそれがどれほど続いても、疲れ知らずでいられる快適さも持ち合わせる。
加齢とともに、刹那のスピードや血管が膨らみそうな高揚感は、“ときどき”だったり“ちょっと”だったりでいいと感じるようになった。あるいは、いつの間にか感覚的にも大人へと成長し、それよりもっと大切なことがあると知ったからか。それは定かじゃないのだが、徳大寺有恒さんの名著である『ああ、人生グランド・ツーリング』を地でいくようなスーパースポーツカーっていいな、と心から思ってしまった。これみよがしじゃないけど、誰にも侵されない気高い誇りに支えられた、心地よい数々の刺激が生み出す途方もないエモーションに満ちた、豊饒(ほうじょう)なグランドツーリング。トライデントのクルマづくりの哲学は、間違いなくそのあたりにフォーカスを当てている。
酸いも甘いも知り尽くした、大人にこそふさわしいのがマセラティ。きっとそれが正解なんだろう。あとは自分がそれに見合った男になるだけだ。その日が来るのはいつなのか、まったく予想もつかないのだけど。
(文=嶋田智之/写真=向後一宏/編集=堀田剛資/車両協力=ステランティス ジャパン)
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テスト車のデータ
マセラティMCプーラ チェロ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4667×1965×1214mm
ホイールベース:2700mm
車重:1560kg
駆動方式:MR
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:630PS(463kW)/7500rpm
最大トルク:720N・m(73.4kgf・m)/3000-5500rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 95Y XL/(後)305/30ZR20 103Y XL(ブリヂストン・ポテンザ スポーツ)
燃費:--km/リッター
価格:3545万円/テスト車=4501万円
オプション装備:3コート塗装-スペシャル-AIアクア・レインボー・グロッシー<フォーリセリエ・ペイント>(305万円)/エクステリアロゴ-ホワイト<フォーリセリエ・ロゴ>(18万円)/トノカバートライデント-AIアクア・マット<フォーリセリエ・リバティ>(162万円)/インテリアカーボンファイバーパッケージ<クラスター、パドルシフト、ドアシル>(72万円)/トランクマット<フロント&リア>(2万円)/ブラックアルカンターラ&AIアクア・ステッチング・インテリア(124万円)/シートヒーター(7万円)/Sonus Faberプレミアムサウンドシステム<12スピーカー>(46万円)/エレクトロニックリミテッドスリップデフ(27万円)/20”ニューホイール<ダイヤモンドカット>(54万円)/サスペンションリフター(39万円)/ドライバーアシスタンスパッケージ<歩行者検知、サラウンドビューモニター、ブラインドスポットアシスト、自動防げんサイドミラー、トラフィックサインアシスト>(83万円)/ブラックブレーキキャリパー(17万円)
テスト車の年式:2025年型
テスト開始時の走行距離:4295km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:399.8km
使用燃料:48.45リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.3km/リッター(満タン法)/7.7km/リッター(車載燃費計計測値)
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◆【試乗記】マセラティMCプーラ チェロ(MR/8AT)
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嶋田 智之
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