スペアタイヤの有無は何を基準に決まるのか?

2026.07.07 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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今や多くのクルマにスペアタイヤは装備されず、パンク修理キットがあるだけです。一方、装着必須の車種もあれば、クルマによってまちまちというものもあります。その有無に、明確な理由はあるのでしょうか?

一般の乗用車の場合、スペアタイヤの装着については、これといった基準やルールがあるわけではありません。

クルマづくりにおいては、スペアタイヤというのは、実は「ものすごく邪魔」なんです。なにせ重くて大きいものですから、そのスペースを確保するというのは、クルマのパッケージングを考えるうえで非常に大きな負担になります。車両を設計する側からすれば「なくなってしまえばいいのに」と、昔からずっと思われてきました。

それでも、タイヤはパンクするものだから仕方ないということでずっと積んできたわけですが、タイヤ自体の進化によって、普通に走っているぶんにはまずパンクしなくなりました。さらに道路環境もどんどん良くなったため、パンクする要因が路面側でもタイヤ側でも減り、何か(縁石など)にぶつかってバーストする以外は大丈夫でしょう、という状況になってきた。

そうなると、まず搭載スペースを小さくできる「テンパータイヤ(応急用タイヤ)」という発想が生まれました。テンパータイヤ自体の性能も進化し、ちょっとしたサーキット走行ができるくらいのテンパータイヤもありましたね。そうした要素も重なり、標準でスペアタイヤを積むクルマはどんどん減っていきました。

その後、テンパータイヤすら邪魔だということになり、緊急用のスプレー(パンク修理剤)で薬剤を注入して穴をふさぎ、一時的に走れればいいという発想になり、それが現在の主流になっています。

そのような状況のなかでも、スペアタイヤを積んでいる車種はあります。ご存じ、「ランドクルーザー」や「ジムニー」などの「特別な道を走るクルマ」です。悪路ではタイヤがバーストする可能性が当然あるため、「どうしてもスペアタイヤを積みたい」というニーズがあるわけです。

日本国内で運転しているとあまり想像できないかもしれませんが、ランクルやジムニーが一番売れている中近東の砂漠地帯などをはじめ、「ここでは確かにスペアタイヤがないと危険だな」という悪路が地球上にはまだいっぱい残っています。そうした輸出向けのクルマでは、今でもスペアタイヤを積むモデルが存在しています。

あとは、あの車体の後ろにタイヤを1個背負っているスタイルが「かっこいい」という、一種のアイコン(ファッション)になっている面もあります。日本で乗っている人の場合、実際にあのスペアタイヤを使ったことがある人はほとんどおらず、スペアは新品の状態のまま売買されていくというケースが多いでしょう。

トヨタの例でいえば、2000年代、ちょうど2000年に入ったころから「スペアタイヤはどんどんなくしていこう」という流れになり、テンパータイヤの開発が進められたほか、万が一パンクした場合、何分で空気を入れ直して走りだせるかという、パンク修理キットの使い勝手についての研究も熱心に行われていました。「パンクしてもこれくらいの手間で済むから大丈夫」とか、「修理工場まで何km走れればいい」とか。そういったさまざまなケースを検討し始めたのが2000年代に入ってからでしたね。

私も当時、テンパータイヤを装着してサーキットでテスト走行をした経験があります。「こんなテストまでやらなきゃいけないのか」と言いながらも、面白いからやってみようと、1輪だけテンパータイヤにして走ってみたりして。

もっとも、それは「トヨタ86」の開発が始まるよりも前の話です。86の時にはもう、テンパータイヤや修理キットで対応するのが完全に当たり前の時代になっていましたから、「スペアタイヤを積む」という発想自体がもうありませんでした。

まとめますと、スペアタイヤの有無は、「タイヤと道路の進化の歴史」、そして「悪路を走る車種における実用性とファッション性」によって決まっているといえるでしょう。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。