第131回:ああ、早くコレを読んでいれば……イタリアの自動車雑誌に学ぶ
2010.02.27 マッキナ あらモーダ!第131回:ああ、早くコレを読んでいれば……イタリアの自動車雑誌に学ぶ
広告が痛い 自動車誌が痛い
この原稿が公開される頃、二玄社の自動車雑誌『NAVI』4月号が発売されているはずだ。本欄の多くの読者がご存知のとおり、『NAVI』誌はこの号をもって休刊する。報道されたところによれば、広告収入の減少が厳しかったらしい。それを裏付けるように、ちょうど本稿を書き始めた月曜日には、電通によって「2009年 日本の広告費」が発表された。雑誌の広告費は前年の4分の3、クライアント業種別では自動車の広告費が30%減だった。これは自動車誌にとって確かに痛い。
イタリアの自動車雑誌も、広告減による減ページ現象が起きている。この国を代表する月刊自動車誌『クアトロルオーテ(QUATTRORUOTE=4輪)』のバックナンバーを、本棚から引っ張り出して開いてみた。
たとえば、ページ数を見てみると5年半前の2004年6月号は410ページある。同誌におけるこの頃の広告は華やかだ。ロレックスやヴェルサーチ、銀行、政府(保健省)、さらにはミハエル・シューマッハがパソコンを打っているUMTSインターネットカードなどなど、自動車以外のさまざまなクライアントが広告を出している。
さらに号を遡ると、ピニンファリーナの広告が入っている号もあった。フォーリセリエ(一品製作)のクルマをオーダーできる人は限られているから、企業のイメージアップ広告以外の何者でもない。こういってはナンだが、こんな即効性不明な広告でさえ入っていたのだ。
それに対して、今手元にある最新号2010年2月号の総ページ数は、36ページ減の374ページだ。もちろん、前述のような突飛なジャンルの広告は、もはや見当たらない。この出版社にとっても、広告減は目下直面している問題なのである。
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テストコースを所有! する出版社
しかし、それでも『クアトロルオーテ』の販売データを見ると驚く。発行元のドムス出版によると、2008年8月号から2009年9月号までの月平均印刷部数が約47万4000部、販売部数は約37万8000部だ。実は2007年の販売部数と比較すると約5万部減ではあるが、日本の多くの自動車誌と比べてかなり良好な数字を保っている。
平均読者層も一番多いのが35歳から44歳の23.6%、次に25歳から34歳の23%と若めだ。日本の自動車誌関係者に会うと、皆決まって読者の高年齢化を嘆くが、この雑誌の場合その心配はしばらくないと思われる(データは基本的にドムス出版資料より)。
参考までにドムス出版は、1928年にミラノに設立された出版社で、『クアトロルオーテ』を含む10誌の定期刊行物をもつ。『クアトロルオーテ』自体は1956年の創刊だ。
この『クアトロルオーテ』人気の秘訣は、ページを丹念に見てゆくと次第にわかってくる。実にバラエティに富んでいるのである。
華やかな新車予想記事を毎号報じるいっぽうで、たとえば2010年2月号では荒廃したデトロイトの町の惨状をドキュメント感あふれる写真で伝えている。また2010年1月号では、「高齢化と運転」といったテーマを採り上げ、実際にお年寄りドライバー5名をテストコースに呼んで実験を行っている。
思えば、2003年にイラク戦争が始まったときには、イタリア軍の装甲車両を数ページにわたって紹介していた。
自動車本体に関する分析もかなり高度なものだ。ボディパネルや内装などをスタジオで取り外し、構造の特徴やパーツの生産国、コストダウンの手法などを紹介する企画もたびたび行っている。
意外に役立つのは、発売後数年経過したモデルの採点企画である。読者ユーザーからの報告や集計結果で構成されている。ボクなども自分のクルマの“持病”が他のユーザーと同じであることを知るたびに「そうよ、そうなのよ」と頷き、次に壊れそうな部分をいたわることができるのだ。
ちなみに巻末には中古車査定目安価格の表があって、自分のクルマの残存価格がひと目でわかるのも助かる。
しかしながら恐るべきは新車のフルテストだ。ドムス出版は自社のテストコースを郊外に所有していて、そこで実施しているのである。さらに、『クアトロルオーテ』はヒストリックカーのコレクションも擁していて、ちょっとしたミュージアムまである。
付録も欧州やイタリアの道路地図など実用的なものが多い。たとえば2010年2月号は、雑誌にプラス2.8ユーロ(約340円)で「緊急用蛍光ベスト」が付いている。このベストは、イタリアでクルマに常備が義務付けられているものだ。なお、「そんなもの要らねえよ」という読者のために、新聞雑誌販売店には、付録抜きバージョンも配本されている。
『クアトロルオーテ』誌の紙質・印刷は日本の一般的自動車誌からすると、明らかに劣る。また、全ページ数のなんと約4割にあたる150ページは、新車のスペック、価格表と先ほどの中古価格査定表で占められている(2010年2月号)。だが、記事の内容の充実度は多くの読者の興味をくまなくカバーするものだ。まさに自動車雑誌『CAR GRAPHIC』と創刊当初の『NAVI』、ついでに『JAFメイト』を足して3で割り、スーパーチャージしたような雑誌だといえる。
それでいて、定価は通貨ユーロが導入された2002年に4.3ユーロ(約530円)に決定されて以来、8年間据え置きである。実はユーロ導入以前の価格8000リラも、換算すれば4.13ユーロだから、さらに長期間変わっていないことになる。5ユーロ札はユーロ紙幣のなかでもいちばん小額だ。それでお釣りがくるのは、なんともトクした気になる。
後悔すること
もちろん「『クアトロルオーテ』を手本にしていれば『NAVI』休刊は避けられただろう」などと安易なことを書くつもりはない。日本とイタリアでは雑誌流通の形態も違えば、市場も読者も違うからだ。日本語という言語の壁からくるマーケットの狭さというハンディも無視できない。
それに、神田神保町の出版社が八王子あたりにテストコースやミュージアムを持つことなんて夢の話だ。
ただし、二玄社OBの端くれとして、ひとつ反省というか後悔することがある。ボクが在籍していた時代から、社内には今回採り上げた『クアトロルオーテ』をはじめ、世界の自動車誌があふれていた。それらの多くは出版社同士で刊行物を交換する習慣があるため、毎月送られてくるのだ。にもかかわらず、そうした雑誌を熟読といえるまで目を通したことは、8年ちかくも在籍していて一度もなかった。
いっぽうフリーとなった今日、イタリアやフランスの自動車雑誌を自分の財布からおカネを出して買っている。そうして手に入れた雑誌は元をとるべく、フライドチキンの骨と骨の間までしゃぶるがごとく自然と熟読してしまう。
人間なんでもタダで手に入ると、そのありがたみが薄れてしまう。ああ、あの頃今のように海外の自動車誌をもっと読んでいれば、たとえ微力でももっといいアイディアが涌いていたかもしれないと思うと、悔しくてならないのである。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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