トヨタ・カムリ ハイブリッド“Gパッケージ”(FF/CVT)【試乗記】
洗練の果て 2012.01.04 試乗記 トヨタ・カムリ ハイブリッド“Gパッケージ”(FF/CVT)……350万750円
高い燃費性能をうたう「カムリ ハイブリッド」で長距離ドライブを決行。東京から福島までの往復約800kmで、その走りと燃費を試した。
みんながほめるクルマ
大変に評判がいいのだ。「トヨタ・カムリ ハイブリッド」に乗った人が、口々に走りの洗練ぶりをほめる。トヨタの世界戦略車で北米での人気が高いとはいえ、日本では全然売れていない地味なセダンである。いったい何がクルマ好きの心をつかんだのだろう。
外見は、なかなか悪くない。高級なセダンです、と主張しているようだ。空力を考えると工夫の幅は小さく、例えばフロントフェンダー前部の形状などはこうするしかない。それでも、はっきりとエッジを際立たせたフォルムは、先代型よりもクールさを前面に押し出す。前のめりな姿勢はスポーティーさを強調する。それでいて、安心感のあるデザインなのだ。トヨタのセダンなのだから、奇矯なところがあってはいけない。枠を外さないことも、続けるうちにひとつの方向性にも見えてくる。
ただ、デザインが絶賛ポイントではあるまい。ほめられているのは、走りなのだ。日本で販売されるのはハイブリッドモデルだけなのだから、そのシステムのデキが重要なファクターとなる。動力性能や気持ちよさだけでなく、燃費性能も良くなければ価値は半減する。しっかり計測するため、ロングドライブを敢行することにした。
しかし、試乗に与えられた日程が日曜日だった。観光シーズンの休日に箱根や秩父などの関東近郊に出掛けたら、間違いなく渋滞にハマって距離は伸びないだろう。比較的混雑の少ないと思われる、東方面を目指すことにした。首都高から常磐道に乗り、福島に向けて走った。マルチインフォメーションディスプレイで航続可能距離を表示させると、900キロを超えている。そんな長距離を走れるのだろうか。燃料タンクの容量は、65リッターである。
軽々しさは一切ない
思惑通り高速道路はガラすきで、ついつい飛ばしてしまう。料金所からの加速は爽快そのものだ。アクセルを踏み込むと、エンジンがいい仕事をしているのを感じるとともに、それ以上の余得にあずかっていることがわかる。システム出力は205psだというが、数字を超えるトルク感なのだ。
あまりにすいているものだから、やんちゃにぶっ飛ばすフェラーリがいたりして、道をゆずった後うっかり追いかけてみたくなる。もちろん追いつくことはできなかったが、そんな気持ちになるのだ。価格が違うのだから当然だけれども、「プリウス」とは別次元の速さだ。しかも、滑らかで上質な加速が味わえる。ハイブリッドらしい走りというよりも、ガソリン車のいい部分にプラスして特別な何かを加えた感じである。
ついでにプリウスとの比較をすると、乗り心地はまったくの別物である。プリウスはいいクルマだと思うけれど、あの乗り心地に関してはなかなか擁護する気になれない。ハイブリッドでは「レクサスCT200h」も頑張っていたが、それをはるかに上回るしっとり感だ。路面の荒れを愚直なまでに乗員に伝えるのがプリウスだったが、これは高級な印象だ。軽々しさは一切ない。
常磐道の広野ICで一般道に降りた。これ以上は行けないのだ。原発事故の警戒区域に入り、閉鎖されている。この時点で、平均燃費を確認した。231.1km走行して、リッター15.1kmという成績である。ちょっと期待はずれだ。ほとんどが高速道路での走行だったのに、JC08モードで23.4kmという数値を大きく下回る。しかし、考えてみれば、すいているからといって飛ばし過ぎたのだ。ハイブリッドの長所をまったく生かせない走り方だった。反省するとともに、リッター15.1kmは少し前なら立派な燃費だったなあと、エコカーが当たり前になって感覚も変わってきてしまったことに気づいた。この時点で、航続可能距離は664kmとなっている。
山道でも印象は良好
一般道を通って、南相馬市まで行くことにした。警戒区域を大きく迂回(うかい)していくため、深く内陸部に入り込んで山道を走ることになる。全然知らない道を、ナビをたよりに走るのだが、指示されるのは快適なドライブに向いた道ばかりとは限らない。そもそも、箱根のように観光用に整備された道は多くはないのだ。
山道でも、印象の良さは変わらなかった。かなりきつい勾配にもたびたび遭遇したが、そんなものは苦にもしない。スロットルペダルへの入力に対するレスポンスがいいから、コーナーが楽しみになる。少し重めの操舵(そうだ)感が、ワインディングロードでは信頼度を高める。燃費など気にせず、楽しんで走ってしまった。
エコカーの習いとして、メーターには瞬間燃費計が装備されている。最大30km/リッターまでの目盛りが切られたこの燃費計だが、表示の仕方に工夫があった。内側に指針があり、外には光るバーが伸び縮みしているのだ。バーは瞬間燃費を示しており、指針はそれまでの平均燃費を表している。リアルタイムの燃費を基準となる数字と常に比べながら走れるのは、なかなかのアイデアだ。
山道を降りてから市街地も走り、合計で一般道を286.2km走行した。燃費を見ると、16.3km/リッターとなっている。なんと、高速燃費より向上していた。燃費に悪そうな山道が多かったが、回生ブレーキを働かせる場面も多かったのが功を奏したのだろうか。表示された航続可能距離は、353kmである。
渋滞で真価を発揮
松川PAから東北道に乗り、東京へと向かった。すでに夕刻が迫り、交通量が増えている。往路ほどの速度は期待できない。そんな中で、あらためてこのクルマの静粛性の高さを実感した。よほど加速する場面でなければエンジン音は気にならないし、風切り音も少ない。ハイブリッドカーの美点のひとつは静かさだから、新しいカムリにはさまざまな静音装備が取り入れられたらしい。ウインドシールドは風切り音低減仕様で、フェンダーにもロードノイズを防ぐ工夫が施されているという。
確かに、静かである。この空間なら、オーディオにとってもいい環境だ。しかし、だんだんある音が耳についてきたのだ。ほとんど気づかないほどの、かすかな音である。低速でゆっくり加速した時など、遠くから「キーン」と高い音が聞こえてくるのだ。最初は空耳かと思ったが、確かに聞こえる。一度気になりだすと、どうしても耳から離れない。
多分、インバーターから出る高周波音なのだろう。静粛性が高まったことで、このわずかな音が聞こえてしまうのだ。もちろん、この音を消す努力がなされたのは間違いない。他社のプラグインハイブリッド車のプロトタイプに乗った時、大きな高周波音が車内に侵入していて、製品化までにこれを消していくのが大変なのだとエンジニアが話していた。ハイブリッドカー作りには、ガソリン車にはなかった苦労も付け加わるらしい。
帰り道は多少の渋滞はあったものの、まったく動かなくなるほどの状況には遭遇しなかった。最悪でも10km/hから20km/hぐらいでは流れていたのだ。首都高の西池袋のランプを出たところで、最後のルートの燃費確認をした。264.9km走って、この区間の平均燃費はリッター19.4kmである。航続可能距離は120kmも残っている。これはほめていい数字だろう。トヨタのハイブリッドは渋滞に強いことで知られるが、期待以上だった。
走りもいい、燃費もいい、さして弱点の見つからないクルマである。多くの人がほめるのも無理はない。洗練という意味では、かなり高得点だと思う。洗練は得てしてアピール点にはならない。それでも、日本のもの作りの方向性はこれでいいはずなのだ。道は険しいが、すべての人がひれ伏すほどの洗練を、さらに目指していってほしい。
(文=鈴木真人/写真=峰昌宏)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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