第51回:スマート発売10周年! イタリアで起こる「スマ・スマドライバー」現象とは?
2008.07.26 マッキナ あらモーダ!第51回:スマート発売10周年!イタリアで起こる「スマ・スマドライバー」現象とは?
MoMA入りも果たし
「スマート・フォーツー」がこの7月、誕生10周年を迎えた。
仏ハンバッハの工場でスマート1号車をラインオフしたのが1998年の7月2日。以来今日までに、37カ国で90万台が売れた。
現在スマートは、ニューヨーク現代美術館に展示されている現行生産車で唯一の自動車である。輸出国も拡大中である。今年2008年初めにアメリカ上陸を果たしたのに続き、中国でも2009年中頃から発売予定だ。
さらに、2010年にはいよいよ電気自動車仕様も登場する。こちらは、すでにロンドンの法人ユーザーのもとで実験が開始されている。
トヨタの「iQ」や、フォルクスワーゲンの「Up!」、「トポリーノ」の名で登場すると噂されているフィアット製シティカーなど、全長3m弱のライバル組が登場する前夜に、スマートはその地位を着々と固めている。
![]() |
大矢アキオは見た
幸いボクは、スマートのサクセスストーリーをイタリアで目のあたりにすることができた。
イタリア人の前に初めて姿を現したのは発売前年の1997年、ボローニャモーターショーだった。
初めてのキャッチフレーズは「reduce to the max」。数台が用意されたブースでは、多くの来場者が興味深げに乗り込んだ。予約開始は翌1998年の7月10日で、10月から納車というスケジュールが組まれていた。
しかし蓋を開けてみると販売台数は意外に伸び悩んだ。たしかに剛性を大胆に強調するデザインは、ミドルエイジ以上のイタリア人には少々インパクトが強すぎた? が、それは取るに足らぬことだった。
それよりも問題だったのは、鳴り物入りのガラス張りタワー式ガレージを備えた専売ディーラー「スマートセンター」が、一部主要都市だけにしかないことだ。
多くの人はスマートに興味があっても、どこで買えるのかわからなかったのだ。
ちなみに多くの読者が記憶していると思うが、プロジェクト開始時からのパートナーであり、スウォッチで知られるSMH社が離脱したのもこの時期である。
だがダイムラー・クライスラー(当時)は、ある決断を下した。スマートを全国のメルセデス・ディーラーでも販売することにしたのだ。
今やメルセデスショールームの一角にスマート用コーナーがあるのは当たり前の光景になったが、当初メーカーとしては、スマートを併売することでメルセデスのプレスティッジを維持できるか心配だったに違いない。
しかし結果としてスマートは広く認知されることになった。さらにメルセデス・オーナーがセカンドカーとして購入するという相乗効果も発生。やがてイタリアはドイツに次ぐ世界第2位の巨大販売市場になったのだ。
手元にある最新データでは、5月の登録台数は3344台。クラス内で「フィアット・パンダ」、同「500」の国産勢に次ぐ堂々3位である。1999年に月3ケタ台を彷徨っていたのからすると大きな違いだ。
意外な需要
イタリアやフランスでスマートは、クルマ界にさまざまな新しいムーブメントも起こした。
スマートに広告を貼り付けて走ればオーナーにお小遣いが入るシステム(今月トヨタが発表した「カーバイト」に似たビジネス)や、スマートの側面にレンタカー会社の巨大広告が書いているかわりに激安の「5ユーロレンタカー」は、以前本欄で紹介したとおりだ。
いっぽう最近イタリアの街角では、綺麗なデコレーションを施したコーヒー豆屋さんのスマートが多い。これには理由がある。
彼らのお得意様であるバール(イタリア式喫茶店)は市内の至るところに立地している。そうした店に営業マンが御用聞きとして回るのに、コンパクトなスマートはもってこいなのである。
シエナ出身の元F1パイロット、アレッサンドロ・ナンニーニが経営するコーヒー豆屋さんも、少し前から写真のスマートを使っている。いつか社長本人が、これでカッ飛ばしている図を見られるかと思うと楽しみだ。
![]() |
連鎖が始まった
スマートといえば、もうひとつ面白い現象がある。
現代イタリア人のクルマ買い替えを観察していると、「連鎖の法則」が存在するのがわかる。
イタリア車からドイツ車に乗り換えた人は、ずっとドイツ車に乗り続ける。同様にイタリア車から日本車に一度乗ると、たいてい次も日本車だ。その逆は極めて少ない。
同様に最近は、初代スマートに乗っていた人が、続々と2代目スマートを購入し始めたのだ。ボクが知る人だけでも、近所の電気屋さんを含め、3人はいる。
それを眺めていて思い出したのは、旧「フィアット500」である。
イタリアで60代前後の人たちに500の保有歴を聞くと、「ええと、最初が白で次が黄色で、その次が……」と指折り数えながら数える人が多い。多くの人が複数台乗っているのだ。
都市の戦国状態といえる駐車場で、ちょっとしたスペースがあればすぐに停められる。古都では、中世の古い物置にすっぽり収まってしまう。そうした旧500の便利さを買った多くのユーザーが、何台も乗り続けたのである。
スマートは、旧500のそうした美点を見事に受け継いでいる。それこそ、初代から2代目へと乗り継ぐ理由だろう。
将来「俺、スマート○台乗り継いだぜ」と自慢する、筆者が勝手に名づけて「スマ・スマドライバー」が続々誕生するに違いない。
(文=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA/写真=Daimler、大矢アキオ)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。