第33回:『偉大なる失敗作』ホンダ1300(1969〜1972)(その2)
2006.09.13 これっきりですカー第33回:『偉大なる失敗作』ホンダ1300(1969〜1972)(その2)
拡大
|
拡大
|
■凝りに凝った高性能エンジン
1968年10月、その年の日本の自動車界における最大の話題だった噂のホンダ大衆車は、「ホンダ1300」という素っ気ない車名を与えられて発表された。
一見したところオーソドックスな4ドアセダンだったが、ホンダの主張によれば「2000ccクラスのパワー・1500ccクラスの居住性・1000ccクラスの経済性」を持ちあわせた「世界をリードするスーパーセダン」。たしかにその中身、とりわけエンジンは予想に違わず独創的だった。
ホンダの創業者であり、1300開発の陣頭指揮を取った故・本田宗一郎は、「水冷だってラジエターを空気で冷やすんだから、結局は水を媒介とした空冷にすぎない。だったら最初から空冷のほうが合理的」という信念のもと、F1マシン(「RA302」)にまで空冷エンジンを持ち込んだ熱烈な空冷原理主義者だった。よって1300のエンジンも空冷であろうことは事前に予想されていたわけだが、前述したとおりDDAC(デュオ・ダイナ・エア・クーリングシステム=一体式二重空冷)と呼ばれる凝りに凝ったその構造は、世界でも例を見ないものだった。
「N360」など2気筒エンジンの軽を除けばこれも国産では初めてだった、横置きされて前輪を駆動する直4SOHC1298ccエンジンのアルミ製のシリンダーブロックとヘッドは、やはりアルミ製の「エアジャケット」ですっぽり覆われていた。このエアジャケットとブロック/ヘッドの間を、ちょうど水冷エンジンにおける水路を冷却水が通るように、シロッコファンによって強制的に送られた空気が通過して冷却するのである。また走行中には、導入された外気によってもエンジン外壁は冷却される。これらの強制空冷と自然空冷をして、DDAC(二重空冷)というわけである。
空冷エンジンではオイルによる冷却も重要だが、1300では潤滑機構にこれまたF1マシン譲りのドライサンプを採用していた。市販車、それも実用サルーンでは極めて稀な例だが、ウェットサンプと異なりオイル撹拌をしないためパワーロスがなく、オイルの劣化も少なく油温が安定し、またオイルパンがないぶんエンジン高を抑えられ、重心が低くなるという利点も生まれた。
拡大
|
拡大
|
拡大
|
■間違いなく世界最強エンジンだったが……
水まわりのメインテナンスが不要でトラブルフリーという空冷の美点はそのままに、エンジンが二重壁を持つゆえ泣き所である騒音は水冷並みに抑えられたというのが、ホンダが掲げたDDACの最大の長所だった。
だがその反面、複雑な構造ゆえに大きく重くなり、コストも上昇した。つまりはシンプルで軽量、低コストが特徴の一般的な空冷とは、正反対のエンジンとなってしまったのである。
肝心の性能についていえば、当時のホンダ車の通例にしたがって高回転・高出力型であり、標準のシングルキャブ仕様で最高出力96ps/7200rpmと発表された。これは1.3リッター級の実用サルーンとしては間違いなく世界最強で、ホンダの主張どおり他社の1.8〜2リッター級に匹敵する数字だった。
同級の代表的な実用車だった「ブルーバード1300」がSOHCシングルキャブで72ps、もっともハイチューンだった「アルファ・ロメオ1300ジュニア」が、DOHCエンジンにツインチョーク・ウェーバー2基を備えて89psだったといえば、ホンダ1300がいかにパワフルだったかがおわかりいただけるだろう。
パワーユニット以外にも前述したエンジン横置きによる前輪駆動、クロスビーム式後輪独立懸架などのユニークな機構を備え、特許・実用新案の出願が203件にも達したという、まさにホンダの技術の結晶だった1300。発表直後に開幕した第15回東京モーターショーにはシングルキャブエンジンの標準型のほか、「TS」と名乗る4キャブエンジンのスポーティモデル、そして5ドアバンの3種類が参考出品され、翌69年春に発売予定と告知されたのだった。(つづく)
(文=田沼 哲/2004年11月)

田沼 哲
NAVI(エンスー新聞)でもお馴染みの自動車風俗ライター(エッチな風俗ではない)。 クルマのみならず、昭和30~40年代の映画、音楽にも詳しい。
-
第53回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その4「謎のスプリンター」〜 2006.11.23 トヨタ・スプリンター1200デラックス/1400ハイデラックス(1970-71)■カローラからの独立1970年5月、カローラが初めて迎えたフルモデルチェンジに際して、68年に初代カローラのクーペ版「カローラ・スプリンター」として登場したスプリンターは、新たに「トヨタ・スプリンター」の名を与えられてカローラ・シリーズから独立。同時にカローラ・シリーズにはボディを共有する「カローラ・クーペ」が誕生した。基本的に同じボディとはいえ、カローラ・セダンとほとんど同じおとなしい顔つきのカローラ・クーペに対して、独自のグリルを持つスプリンターは、よりスポーティで若者向けのムードを放っていた。バリエーションは、「カローラ・クーペ」「スプリンター」ともに高性能版の「1200SL」とおとなしい「1200デラックス」の2グレード。エンジンは初代から受け継いだ直4OHV1166ccで、「SL」にはツインキャブを備えて最高出力77ps/6000rpmを発生する3K-B型を搭載。「デラックス」用のシングルキャブユニットはカローラとスプリンターで若干チューンが異なり、カローラ版は68ps/6000rpm(3K型)だが、スプリンター版は圧縮比が高められており73ps/6600rpm(3K-D型)を発生した。また、前輪ブレーキも双方の「SL」と「スプリンター・デラックス」にはディスクが与えられるのに対して、「カローラ・クーペ・デラックス」ではドラムとなっていた。つまり外観同様、中身も「スプリンター」のほうがよりスポーティな味付けとなっていたのである。しかしながら、どういうわけだか「スプリンター1200デラックス」に限って、そのインパネには当時としても時代遅れで地味な印象の、角形(横長)のスピードメーターが鎮座していたのだ。
-
第52回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その3「唯一のハードトップ・レビン」〜 2006.11.15 トヨタ・カローラ・ハードトップ1600レビン(1974-75)■レビンとトレノが別ボディに1974年4月、カローラ/スプリンターはフルモデルチェンジして3代目となった。ボディは2代目よりひとまわり大きくなり、カローラには2/4ドアセダンと2ドアハードトップ、スプリンターには4ドアセダンと2ドアクーペが用意されていた。このうち4ドアセダンは従来どおり、カローラ、スプリンターともに基本的なボディは共通で、グリルやリアエンドなどの意匠を変えて両車の差別化を図っていた。だが「レビン」や「トレノ」を擁する2ドアクーペモデルには、新たに両ブランドで異なるボディが採用されたのである。カローラはセンターピラーのない2ドアハードトップクーペ、スプリンターはピラー付きの2ドアクーペだったのだが、単にピラーの有無ということではなくまったく別のボディであり、インパネなど内装のデザインも異なっていた。しかしシャシーはまったく共通で、「レビン」(型式名TE37)および「トレノ」(同TE47)についていえば、直4DOHC1.6リッターの2T-G/2T-GR(レギュラー仕様)型エンジンはじめパワートレインは先代から踏襲していた。ボディが大型化したこと、および双方とも先代ほど簡素でなくなったこともあって車重はレビン930kg、トレノ925kgと先代より60〜70kg前後重くなった。
-
第51回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その2「狼の皮を被った羊(後編)」〜 2006.11.10 トヨタ・カローラ・レビンJ1600/スプリンター・トレノJ1600(1973-74)■違いはエンブレムのみ1972年3月のレビン/トレノのデビューから半年に満たない同年8月、それらを含めたカローラ/スプリンターシリーズはマイナーチェンジを受けた。さらに翌73年4月にも小規模な変更が施されたが、この際にそれまで同シリーズには存在しなかった、最高出力105ps/6000rpm、最大トルク14.0kgm/4200rpmを発生する直4OHV1.6リッターツインキャブの2T-B型エンジンを積んだモデルが3車種追加された。うち2車種は「1600SL」と「1600SR」で、これらはグレード名から想像されるとおり既存の「1400SL」「1400SR」のエンジン拡大版である。残り1車種には「レビンJ1600/トレノJ1600」という名称が付けられていたが、これらは「レビン/トレノ」のボディに、DOHCの2T-Gに代えてOHVの2T-B型エンジンを搭載したモデルだった。なお、「レビンJ1600/トレノJ1600」の「J」は「Junior(ジュニア)」の略ではないか言われているが、公式には明らかにされていない。トランクリッド上の「Levin」または「Trueno」のエンブレムに追加された「J」の文字を除いては、外から眺めた限りでは「レビン/トレノ」とまったく変わらない「レビンJ/トレノJ」。だがカタログを眺めていくと、エンジンとエンブレムのほかにも「レビン/トレノ」との違いが2点見つかった。
-
第50回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その1「狼の皮を被った羊(前編)」〜 2006.11.6 誕生40周年を迎えた2006年10月に、10代目に進化したトヨタ・カローラ。それを記念した特別編として、今回は往年のカローラおよびその兄弟車だったスプリンター・シリーズに存在した「これっきりモデル」について紹介しよう。かなりマニアックな、「重箱の隅」的な話題と思われるので、読まれる際は覚悟のほどを……。トヨタ・カローラ・レビンJ1600/スプリンター・トレノJ1600(1973-74)■スパルタンな走りのモデル型式名TE27から、通称「27(ニイナナ)レビン/トレノ」と呼ばれる、初代「カローラ・レビン1600/スプリンター・トレノ1600」。英語で稲妻を意味する「LEVIN」、いっぽう「TRUENO」はスペイン語で雷鳴と、パンチの効いた車名を冠した両車は、2代目カローラ/スプリンター・クーペのコンパクトなボディに、セリカ/カリーナ1600GT用の1.6リッターDOHCエンジンをブチ込み、オーバーフェンダーで武装した硬派のモデルとして、1972年の登場から30余年を経た今なお、愛好家の熱い支持を受けている。「日本の絶版名車」のような企画に必ずといっていいほど登場する「27レビン/トレノ」のベースとなったのは、それらが誕生する以前のカローラ/スプリンターシリーズの最強モデルだった「クーペ1400SR」。SRとは「スポーツ&ラリー」の略で、カローラ/スプリンター・クーペのボディに、ツインキャブを装着して最高出力95ps/6000rpm、最大トルク12.3kgm/4000rpmを発生する直4OHV1407ccエンジンを搭載したスポーティグレードだった。ちなみにカローラ/スプリンター・クーペには、1400SRと同じエンジンを搭載した「1400SL」というモデルも存在していた。「SL」は「スポーツ&ラクシュリー」の略なのだが、このSLに比べるとSRは装備が簡素で、より硬い足まわりを持った、スパルタンな走り重視のモデルだったのである。
-
第49回:『唯一無二』日野コンマース(1960-62)(その4) 2006.9.13 新しいコンセプトのトランスポーターとして、1960年2月に発売された日野コンマース。だがそのセールスははかばかしくなかった。
-
NEW
アルファ・ロメオ・ジュニア(後編)
2025.11.23思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が「アルファ・ロメオ・ジュニア」に試乗。前編では内外装のデザインを高く評価した山野だが、気になる走りのジャッジはどうか。ハイブリッドパワートレインやハンドリング性能について詳しく聞いてみた。 -
三菱デリカミニTプレミアム DELIMARUパッケージ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.11.22試乗記初代モデルの登場からわずか2年半でフルモデルチェンジした「三菱デリカミニ」。見た目はキープコンセプトながら、内外装の質感と快適性の向上、最新の安全装備やさまざまな路面に対応するドライブモードの採用がトピックだ。果たしてその仕上がりやいかに。 -
思考するドライバー 山野哲也の“目”――フォルクスワーゲンID. Buzzプロ編
2025.11.21webCG Moviesフォルクスワーゲンが提案する、ミニバンタイプの電気自動車「ID. Buzz」。“現代のワーゲンバス”たる同モデルを、フォルクスワーゲンをよく知るレーシングドライバー山野哲也はどう評価する? -
第854回:ハーレーダビッドソンでライディングを学べ! 「スキルライダートレーニング」体験記
2025.11.21エディターから一言アメリカの名門バイクメーカー、ハーレーダビッドソンが、日本でライディングレッスンを開講! その体験取材を通し、ハーレーに特化したプログラムと少人数による講習のありがたみを実感した。これでアナタも、アメリカンクルーザーを自由自在に操れる!? -
みんなが楽しめる乗り物大博覧会! 「ジャパンモビリティショー2025」を振り返る
2025.11.21デイリーコラムモビリティーの可能性を広く発信し、11日の会期を終えた「ジャパンモビリティショー2025」。お台場の地に100万の人を呼んだ今回の“乗り物大博覧会”は、長年にわたり日本の自動車ショーを観察してきた者の目にどう映ったのか? webCG編集部員が語る。 -
「アルファ・ロメオ・ジュニア」は名門ブランド再興の立役者になれるのか?
2025.11.20デイリーコラム2025年6月24日に日本導入が発表されたアルファ・ロメオの新型コンパクトSUV「ジュニア」。同ブランド初のBセグメントSUVとして期待されたニューモデルは、現在、日本市場でどのような評価を得ているのか。あらためて確認してみたい。
